凍えるほどにあなたをください
長月瓦礫
凍えるほどにあなたをください
サツキは腕を伸ばし、深呼吸する。どうも勉強は苦手だ。
さぼっていた分を取り戻すだけで大変なのに、普段使わない脳みそを使うからか、余計に疲れてしまう。
食堂も暖房が効いており、上着もいらないくらい暖かい。
それにも関わらず、二人以外誰もいない。
サツキは頬杖をついて、向かいに座る友人を見る。
握っているペンは変な方向に走り、集中しているようには見えない。
「何なんだかなあ……」
こっちは必死こいて勉強していたというのに、のんきなもんだ。
現在はダイバーの免許を取るために勉強をしている。
体よく聞こえるが、さっそく船を漕いでいる。
免許取る前に溺れてどうすんだよ。先行きが不安だ。
それにしても、金髪とは思い切ったものだ。
ついこの間まで、黒髪だったのに。
本人の抵抗はほとんどなかったとはいえ、家族はさぞかし驚いただろうな。
「ヘイ! 起きろ!」
プリン頭のてっぺんに鉄拳を下す。
鳥みたいな声を上げて、周囲を慌てて見回す。
「え、え? どうかした⁉︎」
「どうかしてんのはオメーだろが。途中で寝やがって」
口をぽかんと開けて、じっと見つめている。
見事なあほ面だ。
「……寝てないよ?」
「絶対に寝てただろーが。その文字なんだよ、読めないんだけど」
「これは、その……母国語だよ」
「オメーの出身どこだよ。
とにかく、休憩な」
立ち上がり、飲み物を買いに行く。
目が覚めたようで、テーブルを片付けていた。
写真でも撮っておけばよかったかな。
眺めているだけでおもしろかったから、思いつきもしなかった。
ノートの文字を消す友人を見ながら、適当に考えていた。
「ほい、コーヒー」
「どーも」
コーヒー代を受けとる。缶を開け、一口飲む。
この独特な香りと熱さが体を駆け巡る。
「あー……寝起きに効くわー……」
「やっぱり寝てたんじゃねーか」
図星だったようで、激しくむせた。
「大丈夫、この後はちゃんとやるから」
そういうからには、寝ていた分を取り戻すつもりなのだろう。
一体何が、コイツをそこまで動かすのだろうか。
「何でダイバーになろうと思ったんだ?」
「ん? えーっとねー……」
ふと思っただけだ。特に何か考えていたわけじゃない。
視線があちらこちらにさまよっている。めずらしい反応だ。
いつもなら即答か変な冗談のどちらかで、返答に迷うことがほとんどない。
何か言い訳でも考えているのだろうか。
「いいよ、聞いたアタシが悪かった」
「待って、そういうことじゃなくて」
「答えられないんだろ?
別に無理して知りたいとも思わないしな」
どうも地雷を踏んでしまったようだ。
冗談が多くて分かりづらいが、たまに奥深くに眠る本性が見えるときがある。
海の底に沈んでいくような表情だ。
そのときだけ、光の届かない冷たい闇の中にいる。凍える分には一向にかまわないが、溺れるつもりはない。
「なら、アタシは人工呼吸のやり方でも覚えようかね」
「どういう意味だよ!」
「オメーみたいなボンクラはすぐに海の藻屑になっちまいそうだからな〜」
「これでも泳ぎは得意なんだけどなあ……」
頭をかきながら、不満そうに口をとがらせた。
冷たい海に溺れたら、何度でも助けてやるよ。
恥ずかしくて言えない言葉をコーヒーと一緒に飲み干した。
凍えるほどにあなたをください 長月瓦礫 @debrisbottle00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます