精霊たちの森

紅蛇

はじまり

 ある日のこと。

 ミーシカ・ヌミシカは、お母さんにお使いを頼まれました。

「ミーシカ・ヌミシカ、今日は畑仕事はしなくていいわ。私の代わりに、おばあちゃんのところに行ってくれるかしら」

 薬草ばたけで猫と戯れていたミーシカはどろんこでした。お母さんは微笑ましい娘たちの姿を見つけ、持っていたカゴを掲げました。

 今日はケーキを届ける日です。

「どうしてお母さんじゃないの?」

「お隣のギョルゲの奥さん、体調が悪いんですって。その付き添いよ」

 お母さんは村一番、植物にも病気にも魔法にも何にでも詳しい人でした。体調が悪ければ皆、「ブレジトゥアーレ・スモキナ魔女の家族に頼れ」と口を揃えて言うのでした。ミーシカ・ヌミシカは、賢くて優しいお母さんを誇らしく思っていました。

「どうして体調が悪いの?」

 ミーシカが質問します。

「子どもが産まれるからよ」

 お母さんが答えます。

「体調が悪くなるのにどうして子どもを産むの?」

 ミーシカが質問します。

「愛よ。さあ質問は後回しに、行ってくれるわよね」

 お母さんは娘たちと同じ色をした瞳で見つめています。おばあちゃんもお母さんもミーシカ・ヌミシカも。みーんな、目の中に森があるみたいでした。お揃いの緑。

 彼女たちの自慢でした。

「ピシカはどうするの?」

 ミーシカ・ヌミシカのコマドリ色をした三つ編みで、猫のピシカが遊んでいます。

 ピシカは、お話でしか聞いたことのない東洋の生き物みたいでした。ティグルとら柄とお母さんは言っていました。ミーシカ・ヌミシカはピシカの不思議で柔らかなしましまを撫でるのが大好きでした。何度もしましまを数えようと奮闘しましたが、数えようとするたび、ピシカはするりと逃げてしまうのでした。

「もちろんピシカはお家に残るわ。さあ行ってちょうだい」

 ミーシカ・ヌミシカは、お母さんが大好きでしたが、おばあちゃんがちょっぴり苦手でした。

 おばあちゃんは森の奥深くに住んでいます。彼女たちは代々、森に住む魔女の家族なのでした。おばあちゃんは家族で一番偉い人で、森の精霊たちからお言葉を受け取る役目をもっています。おばあちゃんが死んでしまったら、今度はお母さんでした。ではお母さんが死んでしまったら、誰がやるのでしょう。

 ミーシカ・ヌミシカは双子の女の子でした。一人でもあり、二人でもありました。

 日がのぼり、光の精霊たちがあくびをするまで、ミーシカが起きました。星々がかがやき、曙の精霊たちが目覚めるまで、ヌミシカは起きるのでした。ミーシカが起きているときはヌミシカが眠り、ミーシカが眠っているときはヌミシカが起きました。ミーシカはお喋りが大好きでいつも元気いっぱい。ヌミシカは無口でいつも眠そうに月を見上げていました。二人は一心同体でした。

 二人は正反対な性格をしていましたが、お互いを信頼し合っていました。それでも村の人々は無口で何を考えているのかわからないヌミシカを恐れ、彼女たちの名前を呼ぶときは決まって「ミーシカ」とのみ呼んだのでした。ミーシカはそのことに納得しませんでしたが、お母さんは「大人しくしなさい」とミーシカの口を閉じさせるのでした。

「コリヴァ? それともコゾナックケーキ?」

 ミーシカはピシカを撫でていた手を止め、お母さんを見上げました。

「両方とも入っているわ。さぁ、夜になるまで届けてちょうだい」

 ミーシカはピシカの桃色お鼻にキスをして、立ち上がりました。部屋に急ぎ、着替えました。いとこから貰ったお下がりの白いイエブラウスは、赤い花柄の刺繍がされています。白いスカートに、黒いエプロン。コマドリ色のあたまに、野苺のような真っ赤なバティークずきんを被りました。最後にミーシカは少し悩んでからヌミシカのお気に入り、おじいちゃんのぶかぶかベストを羽織りました。

 そして意気揚々とケーキと葡萄酒の入ったカゴを持ち、森へ足を踏み入れました。

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