~第四章 プライドと鬼~
夏休みも中盤の稽古。
「基本の面打ち、はじめ!」
「ヤァァアー!」
稽古に加わるようになった稔は、気迫を発した。
「メェェーン!」
『バクゥゥッ!』
稔の竹刀が相手の『面』にめり込む!
杏は、その『面打ち』を見る。
やはり、稔の上達は群を抜いていた。
真っ直ぐで凄い威力の、天性の『面』。さらに、彼の真面目な性格に由来する基本への忠実さも加わり、一ヶ月も経たずして『面打ち』の完成度は極めて高いものとなっていた。
こいつのこの『面』は、誰にも負けない武器になる。
後は、『試合』。試合で勝てるようになるには……。
「桜、稔! この後、試合してみなさい」
基本稽古後の小休止、突如杏が言った。
「試合……」
稔は、目を丸くした。
自分が今できるのは、基本の技だけ。それを、どのタイミングで、どのように打つのか全然分からない。そんな状態で、試合……?
桜もまた、仰天していた。
桜は道場……いや、市民小学三年生の中で最強の剣士。それどころか、小学六年生までの剣士でも、まともに相手になる者はほとんどいない。そりゃまぁ、確かに稔の『基本の面打ち』が凄いのは認める。桜も見ていて、その威力に圧倒され驚いている。でもまだ、それだけ。最強の小学生剣士、桜の相手になる訳がない。
お姉ちゃん……何考えてるの?
「さぁ、始めた、始めた!」
訳の分からないまま、二人は試合開始線で向かい合い、蹲踞(しゃがんだ状態での礼)をした。
「はじめ!」
審判は、杏一人だけ。稔の初練習試合……稔 対 桜戦が始まった。
「ヤァアー!」
桜が気迫を発した。稔は、まだオドオドしている。
(さぁお二人さん、私を楽しませてちょうだい)
審判をする杏は、うっすらと笑いを浮かべていた。
「メェーン!」
桜の『面』。稔は、ギリギリ、何とか躱した。しかし、そこからの連続技。
「コテェ! メンメェーン!」
『引き小手(ぶつかった状態から体を引きながらの小手技)』からの『面』の二連打。稔は防戦一方だ。
サクラが舞うような動き。桜の剣道は、華麗だ。小学生剣士は、誰もが翻弄される。
誰も捉えることのできない花びら。それが繰り出す強靭な技……。
勝負がつくのは時間の問題……誰もがそう思った。
しかし……打ち合っているうちに、桜は感じた。
(何かがおかしい……)
桜はいつも通り、稔を翻弄……桜の『技』に稔が気を取られる時にできる、一瞬の隙を狙っていた。しかし、完全に稔の隙をついたと思ったのに、躱される……。
こいつ、初心者?
確かに、こいつの体捌き、竹刀捌き、足捌き……どれを見ても、初心者だ。なのに、何故、私の『技』を見切れる?
桜は、躍起になった。
「コテ、メン、メンッ、ドォオ!」
怒涛の連続技の後、一気に間合いを遠ざけた。不意をつかれた稔の『小手』……右手首は、がら空きになる。
(これで、どうだ!)
桜はそこへ軽やかに飛び込む!
「コテェ!」
しかし……何と、空ぶったのだ。
(うそ! さっきのが躱せるはず……)
その瞬間!
「ドゥァアァー!」
稔が凄まじい気迫と共に振りかぶる!
(クソッ……『面』じゃ、間に合わない)
桜は瞬時に体勢を立て直し、手首を返す!
「ドォオ!」
「胴あり!」
桜の一本勝ち……しかし、いつもクールに勝つ桜の息は上がっていた。
「あんた、珍しく苦戦したじゃない」
試合後。杏が目を細め口角を上げ、ニヤついて桜に言った。
「別に……ちょっと、やりにくかっただけよ」
桜はムスッとしている。
「ま、あそこで、あの『面』に反応できるのは、流石ね」
杏はしかし、不敵な笑みを浮かべた。
「でも、あんたがあそこで『面』を打っていたら……どっちが勝ってたかしらね」
悔しいが、桜は答えられなかった。『面』を打ったら負ける……そう思ったから、『胴』で応じたのだ。
すると、杏の顔から笑みが消え、真剣な顔になった。
「これから、本当にあんたの『敵』になるのは、稔のような相手。あんたのような動きができなくても……真っ向から中心をとった真っ直ぐの『面』を打つ奴。それだけ、覚えときなさい」
桜は、グッと唇を噛み締めた。
(悔しい……!)
それは、久しぶりの感情だった。
自分には、最強の小学生剣士としてのプライドがある。それが、剣道を始めてまだ半月ほどの奴に負けそうに……
「地稽古!」
小休止の後、試合形式の稽古が始まる。桜は、真っ先に稔の元へ行った。
「地稽古、お願いします!」
戸惑う稔に、桜は言った。
「さっきの試合の続きよ」
(そう!)
杏はニヤッと笑った。
稔のもう一つの武器、『目』……相手の動きを見切る動体視力は、想像を遥かに超えていた。もしかしたら、相手の『心の隙』を見透かすことができるようになるかも知れない。
それに対し、桜の『剣舞』は相手を翻弄する剣。誰も捉えることのできない華麗な動きは、稽古を重ねれば重ねるほど、速さに磨きをかける。
これほど『相性のいい』組み合わせはない。
(あんた達は、お互いでお互いを高めることができる相手。どんどん打ち合って、どんどん強くなりなさい。桜の『プライド』か、稔の『鬼』か……どっちが勝つか、楽しみだわ!)
杏はいつもの、小悪魔な笑みを浮かべたのだった。
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