24 過保護な騎士は外出を認めないようです
「いいか、ルルーティカ。何があっても屋敷からでるなよ?」
「え……えっと、」
アンジェラに言われて、ルルは食堂の椅子に座ったまま目を泳がせた。
彼女の手には、お茶を飲みほしたカップと空になったケーキ用の小皿がある。ちょうど午後のお茶の時間を終えたばかりだ。
晩餐会の夜から、五日が経とうとしている。
ルルが魔晶石を通して見た、兄イシュタッドがいた場所は、恐らくユーディト地区だと思われた。
突撃しようにも、たった三人ではろくな捜索はできないので、慈善訪問という体であちこちに顔を出せるように準備をすすめているところだ。
気がかりなのは、その間、カントで問題が起こらないかということ。
(ガレアクトラの軍人は、あの晩餐会の夜を境に、たびたび酔っぱらって暴れたり、フィロソフィー人を見下すような発言をしたり、あちこちで騒ぎを起こしているわ)
ジュリオがそうであるように、ガレアクトラ帝国の軍人たちもまた、聖教国フィロソフィーを愚か者の集まりのように考えている節がある。
軍人たちの思想は、特に顕著だ。
彼らは『枢機卿団はジュリオ王子を聖王にすると決めた』と、発表もされていないことを宣いながら、我が物顔でカントを
誰に迷惑をかけても気にしない。まさに王様気取りである。
「表に顔を出さないと、どんどんジュリオ側の策略にはまっていく気がするの。積極的に教会への慈善訪問をつづけるべきではないかしら?」
「ダメだ。ノワールも言ってただろ。ガレアクトラ軍人が、どこでルルーティカにちょっかいを出してくるか分からないって。ユーディト地区に行くまえに怪我でも負わされたら、イシュタッドを探す計画がつぶれちまうぞ。せっかく、どこにいるかのヒントが得られたのに」
魔晶石からルルが受け取った兄の情報は断片的だった。
それでも、崩れかけた建物から、ユーディト地区ということだけは分かった。今まで、まったく手がかりがなかったと思えば大進歩である。
「それにしても、わたしは魔力を失っているはずなのに、どうして見えたのかしらね。教会裏にあった飛来地での光もそう。発露する条件があるとしたら知っておきたいわ。アンジェラは何が原因だと思う?」
「ルルーティカの体のことは、ルルーティカが一番よく知ってるはずだ。お前が分からなければ、あたしだって分からない。この世は分からないことだらけで嫌になるぜ。今だって、なんで枢機卿団がジュリオを推してるのかさっぱりだ。あんな鼻持ちならないキザ野郎のどこがいいってんだよ。ルルーティカの方が絶対にいいのに」
納得できない顔でワゴンを押していくアンジェラを見送って、ルルは一人考えた。
(ユーディト地区は、主席枢機卿マキャベルの故郷だわ。お兄様を探すついでに、彼がジュリオ王子を推挙するのはなぜなのか、そちらも探ってみましょう)
柱時計を見ながら待ったが、ノアが現われなかったので、ルルは自分の足で自室に向かった。
晩餐会を境にして、ノアはルルのそばに寄りつかなくなってしまった。
毎日、何かと理由をつけて用事をこなすようになったのだ。今は、訓練のためと言って、キルケゴールに騎乗している。
(嫌われたわけではないだろうけど……。ちょっと寂しい)
ノアとは毎日くっつきすぎだったから、常識的な距離が戻ったにすぎない。
けれど、彼がぎこちない言い訳を並べるたびに、ルルの心には寒風が吹いた。
真白いローテーブルに、革張りのトランクをのせたルルは、衣服やアクセサリー、金貨を入れた袋などを周りに集めた。
ユーディト地区への訪問は三日間の予定だ。
同じドレスを着回すのはそれぞれの訪問先によろしくないので、『ご立派なルルーティカ王女』に見える装いを考えて荷造りする。気が重い作業だ。
薄い緑色のドレスを体に当てて、姿見に映したルルの耳に、ここにはいないノアの声が聞こえる。
――ルルーティカ様はそのままで十分に王女らしいです。
「そうは言っても、わたしが着飾るとノアは喜んでくれるはずだわ」
純白の婚礼衣装を身につけたときに見た、照れて赤くなるノアを思い出したら、急にやる気がみなぎった。
ルルは、持てるドレスを全て引っ張り出して、コーディネートを決めていく。
(少しでも、ノアに綺麗だと思ってもらえたらいいな)
そう考えたら気分が晴れて、楽しい荷造りの時間になったが、トランクがはち切れそうなほど持ち物でいっぱいになったのは言うまでもない。
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