18 諸事情によりエスコート役を急募します

「――と、いうわけなのよ。ヴォーヴナルグ聖騎士団長」


 ジュリオが主宰する晩餐会に出席すると決めたルルは、応接間でヴォーヴナルグと対面していた。

 キルケシュタイン邸にはじめて入った彼は、魔法で今にも崩れそうに見せかけている外観との違いに驚いていたが、ルルから事情を聞くとキリリと表情を引き締めた。


「ジュリオ第四王子とそっちを推してる枢機卿団に舐められない装備でのぞみたいってんだな。分かった。全面的に協力する」


「ありがとうございます。ご用意いただきたいのは、八名の人員です。ノアが身につけているのと同じ、黒い騎士服を仕立ててあるので、サイズが合う団員をお貸しください。当日は、わたしの護衛をしていただきます。報酬は後日お支払いします」


 ルルの斜め後ろに立って、手を背中で組んでいたノアは、さらに条件を付けた。


「金貨で雇われたと吹聴しない、口がかたい者をお願いします。黒い団服に興味がある者でしたらベストです」

「そんなのにこだわってんの、お前くらいだと思うぞー。うちにいるときも『白い団服はダサいので、黒に変えてください』ってイシュタッド陛下に詰め寄っては、笑い飛ばされてただろう」

「そんなことがあったの?」


 ノアはただの下っ端団員ではなく、兄イシュタッドに意見するような立場にいたらしい。驚くルルに、ヴォーヴナルグは呆れ顔で説明した。


「こいつ、イシュタッド陛下に気に入られてたんだよ。養成学校を卒業するとすぐに聖騎士の叙任式が行われるんだが、そこで『貴方は聖王の器ではありませんが、ルルーティカ様に仕えるまでの余興として従って差し上げます』って言い放ったんだ。教師も先輩騎士も同期も凍りついて、聖堂中が静まりかえるなか、任命してた陛下だけが大笑いしてな。『それまで頼む』って聖騎士団に迎え入れたんだよ」

「ずいぶん派手にやらかしたのね、ノア……」


 そんなノアを迎え入れたイシュタッドも相当な変わり者だ。

 ノアはむっとして反論する。

 

「私は本当のことを申し上げただけです」

「人間てのは、本当のことはあんまり言わねえんだよ。素直すぎると敵ができる。主人を守るためにも気を付けろ」


 ヴォーヴナルグは先輩顔で忠告すると、ルルに視線を戻した。


「他に手伝えることはあるか? イシュタッド陛下が帰ってこなかったら、俺は聖騎士団を追われる身だ。今のうちに出来ることは何でもやってやる」

「ありがとうございます。実は、ここからが一番のお願いなのですが……」


 ルルの言葉が以外だったらしく、ヴォーヴナルグはぽかんと口を開けた。


「俺でいいのか?」

「団長がいいのです」


 ルルはにっこり笑って「準備して参ります」と部屋を出た。



◇ ◇ ◇



 キルケシュタイン邸の一階ホール。蓄音機から流れるワルツの旋律に合わせて、ルルはヴォーヴナルグと手を取り合って踊っていた。


「まさか、ダンスの相手を頼まれるとは思わなかったぜ」


 晩餐会では、社交ダンスも行われる。これこそ『ルルーティカ王女はダメ人間』ムーブをかますための余興だろう。


 エスコート相手を見つけられず、誰にもダンスに誘われず、惨めに壁の花になっているのを嗤われるだけならまだいい。

 ノアやアンジェラといった近衛と踊ってしまうと、一部の崇敬者を取りこんで王女の体裁を保っているだけだと誤解されかねない。


 ルルをエスコートする相手は、普段から『ルルーティカ王女』に付き従っていない人間が好ましい。聖教国フィロソフィーでひとかどの人間であれば、いっそう。


 そこでひらめいたのが、兄イシュタッドが信頼していた聖騎士団長だった。

 兄の腹心という立場と、ルルーティカ王女とほどほどに近い関係性、団長としての権威。さらに屈強な見た目は、陰口をおさえる抑止力になる。


「引き受けてくださって感謝いたします。わたしは、ダンスがあまり得意ではありませんので、踊り甲斐はないかもしれませんが……」

「細いヒールで足を踏まれなきゃ十分。王女殿下のお相手なんて光栄だ。だが、本当にいいのか?」


 ヴォーヴナルグは、気まずそうに背を丸めた。

 

「さっきから、隅に控えてるノワールが、ギリギリ歯をくいしばって、血の涙を流しているように見えるんだが……」

「え?!」


 ルルは、ぱっとヴォーヴナルグから離れた。蓄音機のそばにいたノアは、さすがに血の涙を流してはいなかったが、射殺しそうな視線をこちらに向けている。


「ノワール! そんなに踊りたいなら、王女のダンス相手はお前がやるか?」


「いいえ。ルルーティカ様が団長を指名されたのには、やむにやまれぬ理由がありますから。団長がルルーティカ様の可愛らしい手を包んでいるのが憎いとか、腰に添えている手を切り落としてやりたいとか、思いっきりヒールで足を踏まれてしまえばいいなんて思っていません……決して……」


 ノアが剣に手をかけたので、ヴォーヴナルグは両手を挙げた。


「臨戦体勢に入るな、コラ。ルルーティカ王女、今日はここまででいいか? このままじゃ切られちまう」

「はい。ありがとうございました」


 ヴォーヴナルグを玄関まで送ったルルは、隣に立ったノアに話しかけた。


「団長が味方になってくれて良かったわ。ダンスも何度か練習もしてもらえることになったし、おかげで転ばずに済みそうよ」

「…………ルルーティカ様」


 ノアは、ルルの手をぎゅっと握った。


「当日、私はアンジェラと護衛に回ります。団長は強いので側近として信頼できますが、雇いの八名では戦力面で心配が残りますので」

「そうしてもらえると安心だわ。どこで暗殺者に狙われるか分からないものね」

「ですが、」


 ノアは、ルルと向かい合った。

 大きくて薄い手の平が、そっとルルの頬に当てられる。

 

「本当は、貴方を誰とも踊らせたくありません」

「!」


 むき出しの独占欲に、ルルはびっくりしてしまった。

 うるむ赤い瞳には、普段のノアが決して見せない、大人びた欲望が宿っている。淡泊な彼が、こんな表情をするとは思わなかった。

 どうしたらいいのか分からなくて、ルルは赤くなった顔をうつむける。


「つ、次の機会があったら、ノアと踊るわ」


 すると、ノアはクスリと笑った。


「……はい。上手にエスコートできるように練習しておきます」


 ルルはドキドキしながら、しばらく彼に頬をなでられていたのだった。

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