16 秘められた力が輝きだすようです

 慈善訪問を終えたルルは、ノアとアンジェラをともなって教会の裏に回った。


一角獣ユニコーンの飛来地になっているのね」


 キルケシュタイン邸の敷地のように草原が広がっていて、泉で水を飲んだり丸くなって眠っていたりする一角獣が十頭ほどいる。

 聖教国フィロソフィーではよく見られる光景だ。しかし、何かがおかしいとルルは引っかかった。


「ここにいる一角獣たちは、みんな角が欠けてるわ……」


 大人の一角獣も、子どもの一角獣も、額に生えた角が途中で折れている。

 ノアは、彼らの角を指さして「人間の仕業です」と教えてくれた。


「一角獣をつかまえて、途中までのこぎりを入れて折るのです。魔力のもとである角がなくなると、一角獣は空を飛べなくなってしまいますから、ここは天へ帰れなくなった彼らの、地上での居場所ですね」


 イシュタッドが『一角獣保護法』に熱心だった理由が分かった。いくら魔晶石が高値で売れるからって、空を飛ぶための角を取り上げるなんて酷い。

 人間にしてみたら、足をもいでしまうようなものだ。


 近づいてきた子どもの一角獣をなでると、自ら頬をすり寄せてきた。彼らは人懐っこい生き物なのだ。それを利用した人間の業を思うと、居たたまれなくなる。


「人間が酷いことをしてごめんなさい。これからのフィロソフィーは、あなたたちが傷つけられない国を目指していくわ」


 野性だが毛並みはすべすべしている。ルルが繰り返しなでていると、ゴテゴテした金色の装飾がついた豪奢な馬車が乗り入れてきた。


「へぇ、ここが一角獣の飛来地か」


 下りてきたのは、ガレアクトラ帝国の第四王子ジュリオだった。彼を次期聖王にと推すマキャベル枢機卿もいる。

 

「ジュリオ王子殿下、マキャベル主席枢機卿。ごきげんよう」


 ルルが腰を落として挨拶すると、ジュリオはキザな手つきで長い前髪を払った。


「どこかに引きこもってばかりいるものだと思っていたよ、ルルーティカ王女。教会を慈善訪問するだなんて。僕があちらこちらに呼ばれるので、不安になってしまったのかな?」

「いなくなった兄の代わりをしているのですわ。ジュリオ王子殿下の影響ではございません」

「強がらなくてもいいのに。ねえ、マキャベル?」

「お言葉の通りです」


 マキャベルはジュリオに合わせて愛想よく笑ったが、老獪した目つきはごまかせない。誰も見ていなかったら始末してやるのに、といった風にルルからは見えた。


「ルルーティカ王女殿下にも、立場というものがありますからね。王位継承の決着がつくまでは、たとえ劣勢でも認められないのでしょう。修道院にお籠もりで世間知らずなうえ、『王族なのに魔力がない』という噂も聞こえてきます。見栄を張らなければ、とうていジュリオ王子殿下と張り合えないのですよ」


「そんな子にも、近衛がいるなんて不思議だよ。聖教国にならって信者とでも言うべきかな。それとも、その男、ひょっとして恋――?」


 急にジュリオの声が聞こえなくなった。

 ルルの耳を、ノアが両手で塞いだからだ。


「??」

「――失礼しました、ルルーティカ様」


 手を離したノアは、威嚇するようなするどさで、ジュリオを睨んだ。


「ルルーティカ王女殿下に、無礼な発言は控えていただきたい」

「いっぱしの騎士きどりか。君がもちあげている聖女さまは、聖王にはなれないよ」

「なれないのは貴殿の方だ。ルルーティカ様は、心優しく素直で清らかでいらっしゃる。聖王にふさわしいのはこの方だ」


 ノアとジュリオの間に、剣呑な雰囲気がただよう。ジュリオが引き連れてきた軍人たちが剣に手をかけたので、アンジェラがルルを背にかばった。

 ジュリオは、分かってないなと肩をすくめる。


「心が優しくては、国をよりよく導いていくのは困難だよ。それと比べて、僕なら上手にやっていける。戴冠したあかつきには、『一角獣保護法』なんてすぐに廃止するからね。国をゆたかにするために、魔晶石の採取と輸出はこの国には必要だよ」


「お言葉ですが、ジュリオ王子殿下。そうやって人間の利益を優先させて魔晶石をとってきたから、一角獣の飛来数が減ったのですわ」


 ルルが反論すると、ジュリオは不可解そうに首を傾げた。


「減って何が悪いの? 飛来数が少なくなって、とれる魔晶石の数が少なくなったら、価値が高まる。いいことづくめじゃないか?」

「それでは、一角獣が絶滅してしまいます」

「絶滅してもいいじゃないか。それまでに十分な量の魔晶石がとれて、世界に流通していれば人間には何の問題もない。そうだろう?」


 ジュリオには一角獣への愛情がない。彼にとって一角獣は、国に祝福をもたらす聖獣ではなく、利益を生み出す商品なのだ。


(この人に国を任せたら、大変なことになるわ)


 利益を生み出せなくなった聖教国フィロソフィーを、ジュリオが守っていくとは思えない。ジュリオが聖王になった時点で、ガレアクトラ帝国への従属は決まったようなものだ。


 ルルは悪寒に身を震わせた。

 それを一笑して、マキャベルはジュリオに説明していく。


「この飛来地にいるのは、空を飛べなくなった個体だけです。自由に触れても逃げられることはありません。背に乗ってみてはいかがですか?」

「背に乗れるのかい! ずっと乗ってみたかったんだ。じゃあ、この子にするよ」


 ジュリオは、ルルにすり寄っていた一角獣の折れた角をつかんだ。

 一角獣が嫌がって逃げようとするのを、側仕えの軍人たちが抑える。


「ジュリオ王子殿下、乱暴はお止めください。嫌がっているではありませんか!」

「僕を嫌がるなんて不敬だ。しつけがまるでなっていないね」


 ジュリオは、騎士から鞭を受け取ると、いきおいよく振り上げた。


「この機会に教えてあげよう。人間には従うものなのだとね!」

「やめて!」


 ルルが体を滑り込ませて一角獣をかばう。

 鞭が振り下ろされた途端、全身から閃光が放たれた。


「うわっ!?」


 あまりのまばゆさに、ジュリオと軍人はよろけて座り込んでしまった。驚いて立ち尽くすルルは、自分の体を見下ろした。


(何が起きてるの?)


 ルルの体の表面をビリビリと力がほとばしっている。ノアから魔力を分け与えてもらっていないにも関わらずだ。

 こんな事態は、あの事故以来なかったのに。


 軍人に抱えられたジュリオは「魔力を失ってなんかいないじゃないか!」と騒ぎ立て、マキャベルは眉間に皺を寄せてルルを観察している。


 アンジェラは、興奮した様子で「やっつけちまえー!」と拳を突き出し、その隣でノアは黙っている。いまいち感情の読めない視線に、ルルの胸がざわついた。


(ちがうの、ノア。嘘を吐いていたわけではないのよ)


 やがて光が収まった。

 ジュリオは、よほどびっくりしたのか、軍人に命じて馬車まで担いでもらい、足早に退却していった。追従するマキャベルは、物言いたげな表情をしていたが、ついぞルルに声をかけることはなかった。


「……魔力は、ないはずなのに」


 ぼう然とするルルに、守られた一角獣が顔をすり寄せてきた。

 パシャパシャという音が聞こえて振りかえると、教会の前にいた記者が建物のかげにいて、ルルーティカを激写していた。

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