第16話 一昔前のオタクは信頼出来る

「ひっ……」


「ん?」


「人殺し!! 委員長の人殺しィ!!」


 俺は泣きそうになりながら委員長に向かって叫んだけど……代わりに返ってきたのは、委員長の冷ややかな視線であった。


「……何を言ってるんだ藍野? これはマネキンだ」


「えっ?」


「マネキン。美術部から借りて来たんだ」


 呆れたように委員長は言って、手に持ったソレを俺に見せつけてくる。ああ……言われて見れば確かにこれは作り物だわ。


 ……でも。でもよ。扉開いてすぐに、生首掴んだ人が立ってたら驚くじゃん。人間ってそういうものなんだよ? 委員長知ってる?


「……委員長。委員長のことを人殺しって言ったのは謝りますけど……でも急に現れたらびっくりするのは当然じゃ──」


「ほいっ」


 ……喋っている最中、委員長は俺に向かって生首(マネキン)を空中に放ってきやがった。


「んぎゃぁー!! 投げないでよ!!」


 そして委員長の投げた生首(マネキン)はゴロゴロと俺の足元に転がる……やめてよ。マジで呪われそうじゃんか。


 そして俺をビビらせて上機嫌に戻ったのか、委員長は珍しくクスクスと笑って。


「まぁお遊びはこのくらいにしておいてだな。藍野、このマネキンにペイントして、もっとグロくして欲しいんだ」


 そうやって俺にお願いしてきた。


「えっ……えぇ。これでも充分恐ろしいですよ?」


「もっと怖くしたいんだよ。それで……藍野だけじゃ大変だろうから、もう1人手伝わせるようと思うが……大丈夫か?」


「あ、はい。それは良いんですけど」


 出来れば他の作業がしたいですよね。それは許してはくれませんか。くれませんよね。ハイ。


「よし。それじゃあ草刈くさかり、こっちに来てくれ」


 そして委員長がとある人物の名を呼ぶと……向こうで作業をしていた少年が反応し、立ち上がってテクテクと俺の前にやって来た。


 その少年は見たところ少し小太りで、丸いメガネをかけていた。髪の毛も何故かテカテカで……ちょっと昔のオタクみたいな雰囲気を醸し出している。


 ……まぁ、見た目で判断するのは止めるって決めたし、変な偏見を持たないようにしておこう。


 そして委員長が簡単に紹介をしてくれる。


「まぁ知ってると思うが、草刈は美術部員だから……藍野の足を引っ張るようなことはないと思うぞ」


「はぁ。そうなんですか」


 ごめん、存じ上げてなかったわ……そして草刈と呼ばれた少年も口を開くのだった。


「我の名は草刈篤史くさかりしげふみでごさる! よろしくでありますぞ、藍野氏!」


「よ、よろしく……」


 しゃ……喋り方、一昔前のオタクじゃねぇか!


 ──


「藍野氏、黒と赤の絵の具を我に貸して頂きたいのでござるが!」


「うん……いいよ」


「おお、感謝しますぞ!」


 草刈と作業をして数十分は経った。それで分かったことだけど…………この人『本物』だ。


 キャラ付けでこんな喋り方をしていると思っていたけれど……違う。これが彼の普通の喋りなのだ。


 ……いや、普通じゃないけどさ。それでも彼からは演じているような雰囲気は全く感じないんだよな。何でなんだろう。


「いやはや、藍野氏はホントに器用ですな。何かプラモ作りとかやっていらっしゃるのかな?」


「いや……別に」


「そうなのですか。実は我、美少女フィギュアなる物を制作するのが趣味でしてな!」


「……そうなんだ」


 それに……自分から話題を振って、全く喋らない俺を気遣ってもくれている。いやホントにごめんな、俺が会話下手クソで。


「しかし、藍野氏はスゴい力をお持ちですなー。我に分けて欲しい位でござるよ」


「……」


「あっ、ミスったでござる! これは二宮氏に怒られるでござるなぁ……!」


「……」


 というか……全然見た目とかの話じゃないんだけどさ、草刈ってどことなくヒナノと似ているよな。


 まだ話したばかりで、そんな詳しくは分かんないけど……明るくて、こんな俺にも優しく接してくれて……スゲェいい人だよな。


 そんな奴が……どうしてわざわざこんな俺なんかを気にかけてくれるんだろう。


 それを言ってしまったらヒナノだってそうだ……マジックしか取り柄のない俺に、わざわざ構ってくれて。一体俺はヒナノに何を返してやれるんだろう……


「……藍野氏! おーい藍野氏!」


「えっ? うわっ……!? な、何をやってるの!?」


 目の前を見て驚いた。草刈が……絵の具で自分の顔にヒゲみたいなのを描いていたのだ。しかもさっき絵の具を混ぜて作ったであろう血の色で。


「くっ、草刈君……? どうしてそんなこと……?」


「いやはや……『藍野氏の心、ここに在らず』と言った感じでしたので、元気付けようとしてみたのでござるが……もしや、つまらなかったでありますか?」


 草刈は不安そうに尋ねてくる……でも顔に描かれた落書きの方が気になってしまって、思わず俺は笑ってしまったんだ。


「ははっ……ううん。とっても面白いよ」


「ほっ、ホントでありますか!」


 すると草刈の顔がパーッと明るくなる……この時に俺は、草刈のことを信頼出来る人だと直感したんだ。


「えっと……ごめんね草刈君。ちょっとある人のことを考えててさ……でももう大丈夫だから」


「ほほう、そうでござるか!」


 そして……ヒナノだって、こんなネガティブな俺なんかは見たくないだろう。


 それにきっと……ヒナノだって今は部活を頑張っているんだ。なら…俺だって……同じように頑張ろう。


「じゃあ草刈君。別々にやるんじゃなくて……一緒に協力して、同じものを2人で作っていこう!」


「勿論おっけーですぞ! 藍野氏!」

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