第9話 二人の夜

 今スウィジンにメルは退室したと説明したので、部屋にいることを知られれば、怪しまれてしまう。

 これ以上、メルへの風当たりが強くなると困る。

 スウィジンは扉を開け、中に入ったあと、出てきた。


「散らかってないじゃないか」


 どうやら、メルは隠れてくれたらしい。


「……ノートを机の上にそのままにしていましたので。お兄様、人が悪いですわね。部屋の散らかりようを確かめようとなさるなんて」

「おまえが、この間、おかしな冗談を言っていたから。まさか、メルと隠れて部屋で何かしているなどとは思わないけれど、少し気になってさ」

「メルはすぐ退室したと先程申し上げましたわ。それで何の用ですの、お兄様」


 スウィジンは寝台傍の椅子に腰を下ろした。

 

「僕は朝方まで屋敷を留守にするから、それを伝えにね。今夜、晩餐会に呼ばれていて」


 スウィジンは吐息をつき、緩く両腕を組んだ。


「公爵家の跡取りとして、必要な社交で欠席できない。僕がおらず心細いかもしれないけれど、平気?」


 別に心細くもなんともない。

 というか、この部屋からすぐ出ていってもらいたい。


「明日には戻るよ。おまえは休日の間ゆっくり休みなさい。発作のあとはだるいだろう」

「ええ、気にかけてくださって、ありがとう」

「大切な妹を心配するのは当然さ」


 スウィジンはクリスティンの頭を撫でる。

 腹黒な兄が、どこまで本気で心配してくれているのかは謎である。

 スウィジンが退室するのを見送り、続き部屋にクリスティンは行った。


「メル」


 彼はいなかった。窓から出ていったようだ。

 彼の身体能力なら、三階から降りることも難しくはないだろう。

 クリスティンは切ない息をついた。 




 夕食を摂ったあと、メルがクリスティンの部屋を訪れた。


「クリスティン様……昼は失礼しました。体調はいかがでしょうか」

「大丈夫」

「良かったです。では」


 頭を下げて、退室しようとしたメルの手首をクリスティンは掴んだ。


「待って」

 

 恥ずかしいのを堪えて、言葉にする。


「あのね……今夜、わからないように部屋にきて。お兄様は明日までいないし。あなたと過ごしたいの」


 メルは赤面した。

 

 そのとき、ノックの音が響いた。


「クリスティン様、就寝の準備にまいりました」


 メイドである。


「……夜に、また参ります」

 

 メルがそっと囁き、メイドと入れ替わりに、部屋を出た。

 

 


 夜更け、クリスティンは室内をそわそわと歩いた。

 鏡の前に立ち、白のワンピース型の寝衣姿を眺める。

 どこか、おかしくはないだろうか。

 

 すると窓のほうから、かたんと音が聞こえた。

 視線を向ければ、メルが窓から室内に入ってくるところだった。

 彼はこちらに歩み寄りながら、問うた。


「クリスティン様、もう体調はよろしいですか」

「ええ。すっかりよくなったわ」

「安心しました。……私は、帰ります」

「え?」


 窓のほうに行こうとしたメルをクリスティンは慌てて止めた。


「来たばかりなのに、また……。どうして帰るの?」

 

 メルは熱く瞳を光らせて、掠れた声で告げた。


「幼い頃から、お仕えしているクリスティン様と、夜に二人でいると……」


 彼はクリスティンを潤んだ瞳で見つめる。


「我慢できません……」

「だから、我慢なんてしなくていいから」


 彼は頬を上気させた。


「…………帰ります」

「……帰ってしまうの?」

「はい。こんな状況でいると、本当に理性がもちません。失礼します」


 そうして、メルは窓から去っていった。




※※※※※




(押し倒してしまいそうだった)


 二年間待つと決めたのに、そうできなくなりそうだ……。


 メルはクリスティンの部屋に行き、ナイトドレス姿の彼女を見て、身が沸騰しそうだった。

 とてつもなく魅力的だ。


 入浴して血色の良くなった肌、艶々とした唇。

 ダークブロンドの美しい髪を梳いて、指に絡めたくなる。

 魅惑的な体型も、一目瞭然だった。

 女神のような彼女の傍に近づけば、甘い香りがし、理性は吹き飛びそうだった。

 

 夜、寝台のある部屋に、愛する相手と二人きり。

 部屋から出るしかなかった。

 あのままでは彼女を抱きしめ、朝まで離せなくなっていたかもしれない。

 

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