第7話 堪えないで

「こんなところで、何をしてらっしゃるのですか」

「……ええと……」


 偶然居合わせ、のぞき見していた。

 とも言えず、クリスティンは誤魔化した。


「……さっきまで薬草園にいて。この辺りにも薬草を植えてみたらどうかしら、なんてことを思いながら歩いていたの」

「それは難しいかと思います。旦那様と奥様の強い制止が入ります」

「そうね」


 薬草園の拡張は禁止されていた。

 秘かに少しずつ広げていたら、気づいた両親に、これ以上は駄目だ、何をしているのだと叱られたのだ。

 この格好に対しても眉を顰められている。


(……よほどさっきの彼女のほうが、綺麗に、身なりがきちんとしていたわ……)


「クリスティン様?」

「……何?」


 メルはクリスティンに問いかける。


「ひょっとして今、ご覧になっていたのですか」


 どきっとした。


「……。あの……偶然通りがかって、それで……」

「そうですか」


 クリスティンは訊こうかどうしようか迷ったが、結局口にした。


「メルは、女性から好意を寄せられることが多いわよね。今まで誰かとお付き合いしたことはあるの?」

「ございません」


 その言葉にクリスティンは心底安堵したが、不思議にも思う。


「どうして?」

 

 これまでクリスティンが知っているだけで、何件も告白されており、綺麗なひとがいた。


「今告白してきたひとも、可愛かったし。屋敷で恋愛禁止ってわけではなかったでしょ?」


 有力貴族に仕える者自体、上流階級出身の者が多い。

 きっと今のメイドもそうだろう。


「私は仕事が第一でした。それに」


 彼はクリスティンに視線を返す。


「私はもうかなり前から、クリスティン様を想っていましたので……。他のひとには全く目が向きませんでした」


 クリスティンは心臓が跳ねた。


「……わたくし、泥をつけて、こんな格好をしたりして……女性としての魅力がないのに?」


 メルは驚いたように瞬く。


「非常にクリスティン様は魅力的です……! どんな姿をしていても、誰よりも魅力があります」


(なら、どうして……)

 

 彼は微笑んで、腕を伸ばした。


「失礼します」


 メルはクリスティンの耳朶に手を置く。


「土が耳に」

 

 彼のぬくもりを感じ、クリスティンはメルの綺麗な瞳を見つめた。


「頑張ってこれから魅力をつけようと思うわ」

「駄目です」

「え」


 ぴしゃりとメルに言われ、クリスティンは疑問を抱いた。


「なぜ?」

「クリスティン様は、一度物事に取り組みだすと、極めてしまいますから……。これ以上魅力をつけられると、困ります。私以外が、クリスティン様を見るのは嫌です。今でも魅力的すぎますのに……」


(なら、どうしてもっと親密に過ごしてくれないの?)


 釈然とせず、メルを見ていると彼は目尻を朱に染めた。


「そんなに見ないでいただけますか……。学園なら、まだ自制できるのですが、気持ちを堪えられなくなります……」

「堪えないで」


 健全な年頃の恋人同士で、将来を誓い合ってもいる。 


「堪えたりなんてしないで」

「クリスティン様……」 

 

 メルの整った顔が近づいてくる。目を閉じた瞬間。


(────っ)


 胸に鋭い痛みを覚え、クリスティンは前かがみになった。

 発作の前兆だ。 


「クリスティン様、発作ですか……!?」

「ええ……」


 メルはクリスティンの肩に手を置き、顔を覗き込む。

 いつも薬を携帯しているのだが、こんなときに限ってなかった。

 彼は自身の服のポケットから、包み紙を取り出した。


「発作のお薬です。お飲みください」

「メル……薬を……?」

「ええ。常に持ち歩いております」

「ありがとう」


 クリスティンはメルから薬を受け取り、それを口に入れた。

 これで数分もすれば、発作は収まる。

 しかしその間は、地獄の苦しみだ。


「私が代わりに、その苦痛を引き受けることができればよいのですが……」


 彼は悔しげに言い、クリスティンを抱え上げた。


「メル……後少ししたら、自分で歩ける……」


 しかしメルは三階にある部屋まで、クリスティンを抱えて運んだ。

 

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