第5話 レッスン

 早速、王宮の広間でダンスのレッスンを始めた。

 壁には鏡が張り巡らされており、動きを確認するのによい。

 

 左手を伸ばし、クリスティンの指を軽く包む。

 右手は彼女の背に添わせ、流れるように踊る。

 テンポの速いものも、ゆったりしたものも、彼女はうまくステップを踏む。


「うん、いいね。余韻のある柔らかなステップだ」


 運動して血色の良くなった彼女の肌は健康的で、艶めいていた。 

 最初は、身体に力が入りすぎていたが、何度か繰り返しているうちに、ごく自然となった。

 勘が良く、リズムを取るのが上手だ。


「滑らかで、優美な動きだよ」

「ありがとうございます、アドレー様」

 

 彼女とのダンスはうきうきする。

 今度開催される舞踏会で、彼女と踊るのが楽しみだ。

 

 クリスティンは今、運動を好んでいる。

 しかしアドレーとダンスするときは、瞳は輝きを失い、表情は強張って見える。

 きっと気のせいである。


(ダンスの動きのように、気持ちも柔らかく、心ももっと開いてほしい)


 


 レッスンが終わったあと、アドレーは彼女と王宮の庭園で過ごした。


「ねえ、クリスティン」


 アドレーが哀しげに見つめると、彼女はカップを置いて、こちらに可憐な眼差しを向けた。


「アドレー様?」


 アドレーは憂慮していることを口にした。


「君はもう『花冠の聖女』が現れ、私がその少女に惹かれるとは思っていないよね?」


 クリスティンは首を左右に振った。


「……思っておりますわ。ゲームのヒロイン……いえ、アドレー様の運命のお相手。必ず現れるのですわ。その少女は『花冠の聖女』として覚醒をし」


 アドレーはテーブルの上に手を置いた。

 彼女は真剣な表情で、さも未来をみてきたように話す。


 アドレーはクリスティンの話を余り真面には聞いていないのだが、彼女によれば、伝説の『花』魔力の『花冠の聖女』が現れ、アドレーがその少女に惹かれるらしい。


 恐らく悪夢でもみて、その印象が強く心に残り、忘れることができないのだろう……。


「クリスティン……」


 アドレーは腕を伸ばし、彼女の手に、自らの手を重ねた。


「どうすれば、わかってもらえるのだろう? 私は──」


 するとメルがすっと現れ、クリスティンのカップに紅茶を注いだ。

 なんと間が悪い。アドレーは咳払いし、クリスティンから手を離す。


「メル、ありがとう」

「いえ」


 クリスティンがほっとしたように礼を言う。

 メルはクリスティンに微笑んだあと、アドレーを見、下がる前に、何か言った。


「……クリスティン様の見られた未来が本当なら、アドレー様はとんでもないひどいタラシだな……」


 聞こえなかったが、立ち去る彼の背中から、不穏な気配を感じる……。


(……?)


 

 瞬間、一つの声がその場に響いた。


「アドレー、クリスティン」


 振り向くと、親友のラムゼイがいた。

 魔術剣士リーと、クリスティンの義兄スウィジンの姿もある。

 非常に嫌な予感がし、アドレーは眉間に皺が寄る。


「おまえたち、どうしたんだ……!?」


 ラムゼイはにやりと笑った。


「クリスティンから、ダンスのレッスンをこの土日に受けると聞いた。なら、オレが王宮に来て彼女に魔術を教えればいいと思ってな」


 アドレーは、文句を言おうと、椅子から立ち上がる。

 二人の語らいを邪魔するようなことはやめてもらいたい。

 が、クリスティンが、ラムゼイに頭をさげた。


「ラムゼイ様、ありがとうございます。助かりますわ」

「構わん」


 ラムゼイは唇に笑みを刷く。


「…………っ!」


 アドレーは言葉を飲み込んだ。

 彼女が、魔術を学びたいと熱心に思っていることを知っている。


(……仕方ない……)




 ──それでいっとき、クリスティンと過ごすのを諦め、勉強の為の部屋を手配した。

 ラムゼイが本を手に、クリスティンを連れて去っていくのを、口惜しく見送る。

 意気消沈していれば、一歳下の能天気なリーが言った。


「まあまあ殿下。おれ達と、お茶でも飲みましょう! おれたちも、王宮に泊まりますんで!」

「なんだと!?」

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