第42話 叶わぬ恋1
発作を起こしたその人物の仮面を、息苦しいだろうと、ソニアは取った。
顔を見たかったというのもある。
仮面の下にあったのは……なんとクリスティンの顔だった。
ソニアが憧れ、恋焦がれていた美少女。
クリスティンがソニアを窮地から救ってくれたヒーローだったのだ!
(同一人物だったんだわ! 二人のひとに惹かれていると悩んでいたのに……!)
惹かれるのは当然だ。
ソニアは感激で涙が出そうになった。
発作の様子は甘美で、恍惚としてしまうほど、身震いしてしまうほど、悪魔のように魅惑的だった。
苦しげに開かれた薔薇の蕾のような唇。蒼白になっている麗しい顔。
うっすらと滲み、光る汗。
僅かに乱れたダークブロンドの間からみえる、細められた紫色の瞳は、艶めき、翳りが増している。
(なんて……なんて、綺麗なかたなの……!)
不謹慎だが、苦しんでいる麗しいひとを前に、ソニアはどきどきと鼓動が早鐘のように打ちつけ、その唇に口づけをしたくてたまらなくなった。
余りに神々しく、恐れ多く、唇に触れることはできず、その滑らかな頬に口づけをおとした。
その後、ソニアはクリスティンへの想いが高まり、どうしようもなくなり、寝ても覚めても彼女のことを考えるようになった。
精神的にも身体的にも自分を救ってくれたクリスティン。
できることがあるなら、なんでもしたい。尽くしたい。
彼女のために生きたい。
愛しすぎて、溺れてしまいそうだ。
授業で魔力を扱った際、額に花の紋章が浮かび上がったのは、そんなときだ。
ソニアはクリスティンへの愛によって『花冠の聖女』として覚醒した。
王宮に呼ばれ、ソニアは生い立ちを詳しくきかれた。事実関係を照らし合わせ、王女であることが判明したのだった。
今まで両親だと思っていたのは、血の繋がらない他人だったのだ。
先の王妃と王女は馬車の事故に遭って、崖からおち、川に流された。
王妃の遺体は発見されたものの、王女はずっと見つからなかった。
だが状況が状況だけに、亡くなったものと思われていた。
しかし王女は生きていた。
川に流されていた赤子を、ソニアの育ての親が助けたのだ。
ソニアの着ていた産着を彼らは取って置いていて、それが王女のものと同じであり、ソニアが王女である決め手となった。
正式に、王家の人間として認められ、従兄弟にあたる王太子との結婚話が突如進みだしたのである。
クリスティンに結婚の意思がないにしても、彼女が婚約していた相手と結婚など絶対に嫌だ。
この身を神に捧げるといえば、王太子との婚約は立ち消える。
ソニアは誰とも結婚する気がない。
役に立てるなら、愛を教えてくれたクリスティンのために力を全部使いたい。
彼女に想いを告げることができ、ソニアは幸せだった。
恋を叶えるのは、きっと無理だろうけれど……。
※※※※※
「クリスティン様のことを『花冠の聖女』は本当にお好きのようですね」
リーとの稽古を終えたクリスティンは、学園にある教会に寄った。
メルは男性だとバレてしまったので、現在男子寮にいる。
それで帰る前、ここで話をすることにしたのだ。
教会は、ステンドグラスが煌めき、しんと静謐な空気に満ち、誰もいなかった。
「一体何故なの……」
クリスティンは椅子に座って項垂れる。
心底、わからない。
ヒロインが攻略対象ではなく、悪役令嬢に恋をすることになったのか……。
クリスティンの横で、メルは淡く息を零した。
「それは……クリスティン様のなさったことを考えれば、おかしなことではないと思いますが」
「わたくしのしたこと?」
「はい」
何かいけないことをしてしまったのだろうか……。
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