第30話 遭遇する1

 クリスティンは少し休んで体力が快復した。

 宿屋を出て、隣を歩くメルを見ると彼の頬は随分赤い。クリスティンもたぶん赤くなっていると思う。


「暑いわ」


 メルは行列のできているアイスクリーム屋を指さす。


「買ってまいります。冷たいものを食べれば、身体が冷えていいと思います。お待ちください」

「ええ」


 クリスティンがメルを待って木陰で佇んでいると、見覚えのあるたんぽぽ色の髪の少女が視界の端にうつった。


(ヒロイン……!)


 路地に入って、すぐ見えなくなったので、誰と一緒かまではわからなかった。

 行列に並んでいるメルに視線をうつす。

 順番が来るまで、まだしばらくかかりそうである。


(今、誰のルートなの……? やっぱり気になる……)


 クリスティンの運命は、ヒロインの相手により異なる。

 誰かだけを確認して、すぐ戻ろうと路地に足をむけた。

 

 角を曲がる彼女の背がみえる。

 ついていくと、彼女は小さな雑貨店に入った。

 店内に入れば、気づかれてしまうかもしれない。

 身をひそめ、出てくるのを待つ。

 外で待機しているとソニアが出てきた。彼女一人だ。


(おかしい……)


 相手はまだ店に?

 ソニアは道の奥へと進んでいく。

 クリスティンは躊躇ったが、彼女のあとを追うことにした。

 店には一人で入り、相手とどこかで待ち合わせをしているのかもしれない。

 彼女は更に細い道に入って行き、きょろきょろしている。


(ひょっとして……迷子になったんじゃないの?)

 

 学園で道に迷い、心細くしているときと様子が同じだ。

 声を掛けようと、クリスティンが物陰から出ようとしたとき、柄の悪い男たちが建物から現れた。

 彼らはソニアの前に立ち塞がり、下卑た笑みを浮かべる。


「お嬢ちゃん。こんなところで、何してる?」


 ソニアはびくっと、肩を揺らせた。


「わたし、大通りに出る道がわからなくなってしまって……」


 やはり、道に迷ってしまったのだ。


「教えてやるよ。こっちだ、来な」

 

 大男はソニアの腕を掴んで、奥へと連れ込もうとする。

 大通りに出る道とは逆だ。

 ドジッ娘ソニアも、おかしいと気付いたようで、首を何度も横に振った。


「いいえ、大丈夫ですから。離してください」


 手を解こうとするが、逆にぐいと強く掴まれる。


「ひとの親切は素直に受けるものだぜ」

「そうだ、そうだ」


 周りの男たちはにたにたと笑い、薄汚れた建物にソニアを引きずりこもうとする。

 クリスティンは焦りつつ、ひとつのことに思いあたった。

 

 ──これはゲームイベントにあった。

 

 街で男に絡まれたヒロインを、そのとき一番好感度の高いキャラが助ける。


(誰が現れるの……?)

 

 クリスティンはそわそわと待つ。

 だが、辺りにはソニアと無頼漢以外誰もいない。人が来る気配もない。 

 好感度が皆同じ場合は、王太子アドレーが現れたと思うけれど……。

 しかし場所は、ここではなく海の傍だったような気もする……。


「嫌、誰か、助けて……っ!」

 

 大男達のねぐらにソニアは連れ込まれてしまった。

 クリスティンは困惑したが、これ以上待てない。

 このままではソニアが危険だ。

 ポケットから目元部分を隠す仮面を取り出してつけ、走った。

 開いた扉から、建物の中に入る。

 

 泣き喚くソニアを、奥の部屋に強引に入れようとしていた男たちに、声音を変え、叫んだ。


「やめろ!」


 スウィジンに習っていたお陰で、難なく低い声が出せるようになっていた。

 男達は、突然現れたクリスティンに、怪訝な顔をする。


「あ? なんだてめぇーは?」


 クリスティンは彼らの前に進み出る。


「その娘から手を離せ。嫌がってるだろう」

「あ? 正義のヒーロー気取りのボーヤか?」

 

 男達は、馬鹿にするように、げらげら笑った。

 ソニアを掴んでいる男が、他の二人の男に顎で指示する。

 

「そいつに世の中の厳しさを教えてやんな」

 

 二人の男は、両手の指をぽきぽき鳴らしてクリスティンに近づいてくる。


 クリスティンは冷笑した。


「それを教えるのはこちらだ」


 一人目の脳天を足で蹴り上げ、もう一人の鳩尾を拳で殴りつける。

 王家の刺客を想定し、メルに護身術を習ったので、男達の動きをひどく鈍く遅く思う。

 瞬殺で二人の男をのすと、リーダーの大男は、驚愕したようだった。

 しかしすぐに怒りでその顔は真っ赤に歪む。


「てめぇ……!」


 ソニアから手を離し、大男はどすどすと近づいてくる。

 クリスティンはソニアに言った。


「あなたは今のうちに逃げて。道を右に進み、次を右、左の順に曲がって」

「は、はい!」


 ソニアが出て行ったのを確認し、大男に視線を戻す。

 男はナイフを取り出して、クリスティンに仕掛けてきた。

 ナイフを躱し、男の首元を思いきり殴りつけると、大男は呻いて気絶し倒れた。

 得物を持っていたとしても、凄腕のメルとリーに鍛えられたクリスティンにとって呆気ないほど弱い相手だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る