第85話 その報せは新時代を告げるFanfare

 捕らわれの身から解放されて間もないにもかかわらず、ハーピー一族の士気はすさまじかった。


 それもそのはず、なぜなら「ラッフィナートの王子がギーアからリオーネを奪還した」という事実は、世界中に大きな波紋を呼ぶと確信していたからだ。


 世界の情報網を握る種族として、こんな特大のスクープを盛り上げないわけにはいかない。


 そう考えれば、疲弊した心と身体は解放されたその日の宴会で全て吹っ飛んでしまった。


 更にその翌日には、ハーピー達は族長であるフェデッラ主導のもとで世界中にこの報せをばらまく準備を始めたのだった。


 そうして迎えた数日後。


 「リオーネ奪還」並びに「人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの独立宣言」の報せは、ハーピー一族によって瞬く間に世界中を駆け巡った。


 その報道を前にした世界の反応は実に様々だ。


「リオーネが奪還されたってー!」

「あの鬱陶しいギーアのちょっかいもこれで終わりだな」

「ざまあみろってんだ、ギーアの奴らめ!」


 ギーアに対して反感を持っていたエルフたちが住まう国――ラッフィナートからすれば、こういう反応が出たのは言うまでもなかった。


 しかし、その一方で人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの独立宣言に対して戸惑いの声も上がっている。


「リオーネが独立!? どういうことだよ!!」

「しかも宣言したのはフィガロ王子って……」

「いったい何をお考えなんだ、あの人は!?」


 この時点ではまだ、フィガロは独立した理由をおおやけにはしていなかった。


 その為、彼の行動を疑う声もラッフィナート国内に出始めていた。


「そういえば……フィガロ王子ってノエミ陛下と仲が悪いって聞いたことあるわ」

「まさか……王座を狙うために独立宣言したんじゃ……」

「馬鹿者! 滅多なこと言うもんじゃない、曲がりなりにも親子なんだぞ!!」

「でも、他に理由がある!?」

「いいじゃん! 面白くなってきたよ、これ!」

「何が面白いだ、馬鹿野郎! 前代未聞の大事件だろうが!!」

「いずれにせよ……この急な独立宣言は、世界に混乱を招くぞ……」


 侃々諤々と次々に飛ぶラッフィナートのエルフ達の意見は賛否両論に満ちていた。


 似たような反応はギーアとはまた別の人間が住まう国、ツーガントでも見受けられた。


 特に王族や貴族の間では如実に動揺が走っていた。


「何だ、この人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくというのは! 狙いは一体何なんだ!?」

「分かりません……しかし、ラッフィナートの王子であるフィガロが現地であるリオーネをギーアから解放したというのは事実です」

「あのならず者国家から解放したというのか。それだけの戦力がいるというのか!?」

「現に解放されていますから、真実と見る他ないかと」

「ならばその力を対帝国に用いればよいものを、わざわざ独立させた本当の狙いは一体何なんだ!?」


 ぎゃあぎゃあと似たような言い合いを王族たちが続けていたその時。


「静まれ、皆の者」

「つ、ツーガント王……!」


 しゃがれ声ながらも威厳を思わせるツーガントの王の一声に、一同は即座に黙り込んだ。


「今は引き続き、帝国との戦いに集中しておればよい」

「しかしツーガント王、新興国の名に『魔』という文字が入っている以上……帝国との何かしらの関係を疑うべきかと!」

「いずれにせよ、何かしらの動きは見せるべきかと存じます!」


 側近たちの意見に耳を傾けたツーガント王は、暫し考え込む様子を見せた後自身の意見を一同に告げる。


「儂の意見は変わらぬ。今は帝国に集中すべきじゃ」

「ですが……!」

「万が一、その連合国が我らに危害をもたらそうとした時……初めて行動を起こせばよい。今はとにかく帝国との戦いに集中せよ、隙を見せたが最期……我等は瞬く間に滅ぼされてしまうのだからな」

「ははっ!!!」


 ツーガントは、最終的に王の一声によって中立的な立場となって静観する道を選ぶこととなった。


 その一方で、ラッフィナートに属している一部の他種族の集落は違った観点でこの騒ぎを見ていた。


 いずれもギーアからトラブルを持ち込まれ、頭を抱えている部族たちだ。


 その一つであるオーガ一族は、人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの独立宣言に強く注目していた。


「ギーアに隣接するリオーネが独立……か。これ、見方によってはいい考えかもしれませんよ」

「……どういう意味じゃ、クロッカス」


 荘厳な和風のやしろの中。


 年老いたオーガに呼ばれたクロッカスという名のオーガは、自身の青い髪をいじりながら続ける。


「我々オーガ一族は度々ギーアからちょっかいを受けていたでしょう。リオーネを勝手に占拠したアイツ等からさあ」

「フンっ、その度に返り討ちにしてきたじゃろうが」

「でも堂々巡りで奴らもちょっかいをかけてきた。何だかんだ言ってギーアの奴らも元はツーガントの人間なんですよ、諦めの悪さなんて正にその代名詞だ」

「そんなことはどうでもいい、早う結論を言わんかい。リオーネの独立をお前はどういい考えに見たんじゃ?」

「そんなの決まってるでしょう、オダマキ族長」


 髪をいじり続けていたクロッカスは、そこでいじるのをやめて面と向かって族長であるオーガのオダマキに告げる。


「俺たちオーガ一族もこの連合国に加わってみてはどうでしょう?」

「何じゃと?」

「俺の見立てでは、この独立は恐らく……ギーアに対する牽制と見ました。奴等は色々とやり過ぎた、腹の中で不満がたまっている種族も多くいるはず。連合国はそんな奴らを束ねて、ギーアに睨みを利かせたいんだと俺は見ました。ならば少しでも早く取り入ってしまえば、オーガ一族はより安定した生活を――」

「ならんわ、馬鹿タリが!!」


 クロッカスが続けている途中で、オダマキが一括してそれを黙らせてしまった。


「そんな真似さしてみろ! 人間よりも遥かに優れた魔人のオーガが『エルフの軍門に下った』と舐められるじゃろうが!!」

「……族長、時代は変わっていくもんです。そんなプライド如きで生きていけるほどこの世界は甘くない、より良い方向にシフトチェンジしていく柔軟さも必要ですよ」

「ならんならん、絶対に許さん! ギーアの人間さ攻めてきたら引き続き返り討ちにすればいいだけじゃ!!」

「あー、そうですか……分かりました」


 頑なに拒むオダマキの態度に、クロッカスは呆れた様子で踵を返す。


「とりあえず提案はしときました。検討だけでも頼んますよ」

「オイ、何だその態度は! 待てクロッカス、オイ!! ワシの言葉はオーガ一族全員の声じゃぞ、聞いとるのか!!」


 がなり立てるオダマキの怒鳴り声を背に受けながら、クロッカスはやしろを後にする。


 そうしてオダマキの声が聞こえなくなった境内付近で、クロッカスは舌打ちしながら遠慮のない罵声を飛ばす。


「なーにが『舐められる』じゃ、アホンダラ!! ギーアに攻め込まれてる時点でとっくに舐められてんの分かっとろうが、ボケがぁ!!」


 怒り任せに吐き捨てながら、クロッカスは近くにあった岩を殴りつけて破壊してしまうのだった。


「……ったく、あのクソ老害め。そうやって自分の意見は正しいって言い張って、俺の娘を『呪われた子』呼ばわりしやがったこと……俺は忘れてないからな」


 忌々し気に脳裏に浮かぶオダマキの姿を思い出しながら、クロッカスは歯を食いしばる。


 すると――。


「ちょっとお前様、大丈夫? また族長と揉めてきたのっちゃ?」


 境内にある置物の影から、幼さと大人っぽさが入り混じった紅髪のオーガの女性がパタパタと巫女服の袖を揺らしながら駆け寄ってきた。


「ああ、サルビア。ごめんな、驚かせちまったか?」

「わだすは大丈夫さ。それより今度は何で揉めてきたのっちゃ?」

「……ほら、あれだよ。今日の新聞で話題になってる、人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこく。あの国に加わってみたらどうだ、って提案したら……まーた怒鳴り散らかしやがって、あの野郎!」

「仕方ないっちゃ、お前様。あのろくでもないやぐでもねー族長ならそう言いかねないべ」

「分かってるよ、分かってんだけど……俺らの子供の時でも同じだったじゃないか。あのクソジジイは自分の意見が絶対だと断言してやまねーからさ、だから尚更……」


 そうして続けようとするクロッカスを、サルビアはぎゅっと抱きしめた。


「無理しないでけさいん、お前様」

「サルビア……」

「あの時は互いに追い詰められてた……言わばわだすも同罪だっちゃ。だからお前様一人で背負わないでけろ、クロッカス……」


 一陣の風が吹きつけ紅葉が吹き荒れると同時に、クロッカスの胸の中でサルビアは瞳に涙を浮かべながらそう告げる。


 決して許されてはいけないことをしてしまった二人は、その過去を戒めるように抱きしめあった。


 そして、クロッカスは紅葉が舞い散る中その娘に答えを求めるように空を見上げて呟く。


「なあスミレ、教えてくれ。お前ならこんな時、どう判断するんだい……」


 *


 ラッフィナートの各種族たちがざわめく中、隣国にあるギーアは特に強い影響を受けていた。


 リオーネの解放と共に奴隷商達が根こそぎ叩き潰された事実は、甚大な実害となって降り注ぐ。


「畜生、奴隷商達が全員パクられちまった!!」

「ありったけの大金叩いちまったってのに!!」

「せっかくの奴隷天国の先駆けが……!!」

「エルフや魔人の奴隷取引はこれからどうなるんだよ!?」

「クソッタレ……ラッフィナートの王子が、調子付いたことしやがって!!!」


 ギーア国内のあちこちで顔を真っ赤にして罵詈雑言を飛ばしているのは、リオーネにいた奴隷商と契約を結んだ取引先だった。


 そしてその取引先の中に、一際凄まじい怒りを見せる魔女がいることも忘れてはならない。


「……は? 今、何て言ったのさ?」

「さ、先ほどハーピータイムズにて発表されました……。リオーネは解放され、そこにいた奴隷商はもれなくラッフィナート本国へと連行の後……漏れなく厳罰に処されてしまったとのことで……」


 ギーア中枢部の宮殿にある一室。


 窓から街を一望できるほどの景観のいい部屋の中にいる仮面舞踏会風のマスクを着けた魔女相手に、伝令役の男は声を震わせながらありのままの事実を伝えた。


 声が震えていたのは他でもない、魔女の機嫌を損ねたら部屋の中で息絶えているエルフと同じ末路をたどりかねないと分かっているからだ。


 彼らは魔女の魔法術マジックスキル研究の犠牲になった、実験生物モルモット達だ。その大半が楽譜記号のフェルマータをアレンジしたような円状の模様をいくつも身体に浮かべながら絶命している。


 下手をしたら自分もそうなりかねない、かといって事実を誤魔化すわけにもいかない。男は可能な限り、素直に且つ期限を損なわせないように言葉を振り絞った。


 ところが魔女はその一報を聞いた瞬間、即座に不機嫌そうな声色で尋ね返してきた。


「事実なの、それ」

「じ、じじ……事実です……。も、最早奴隷取引は……実質終了に……!」

「じゃあ何か、もうこれ以上僕様の魔法術マジックスキルを試せる実験生物モルモットは手に入らない……ってことだよね?」

「は、はは……はは、はい……」


 魔女の声色は酷く冷淡なものだった。


 しかし、男は分かっていた。彼女は怒りを抑えている。今にも爆発しそうな怒りを。


「ふざけるなよ……金と引き換えに最高の素体を用意するって約束したじゃんか、あの極貧デブエルフ領主め。それを弱冠百十歳程度のエルフの王子と地元の貧民共にやられやがって……今月分とこれからの実験生物モルモットはどうすりゃいいんだよ!?」

「し、しかしエキマ様。奴等は末端とはいえ、ギーアの人間相手に圧勝しております。呑んでかかると……」

「……あ?」


 ぎろりと睨みつける魔女――エキマの睨みに、男は戦慄する。


 気を遣ったつもりが裏目に出てしまった。


 即座に謝ろうとその時、エキマの杖の先端が男の胸部に突き付けられた。


「続けなよ」

「え……!?」

「呑んでかかると何だって? 言ってみなよ、ほら」

「そ、それは……あの……」

「……はい、時間切れ。聞かれてすぐに答えられない奴は実験生物モルモットにでもおなりよ」

「ひっ……! お、お待ちください! どうかそれだけは――」


 男が懇願したその時――。


症例ファル致死性発疹アゥシュラーク


 エキマの詠唱と共に彼女の杖の先端が青黒い光を解き放つ。


 そして間もなく、杖を突き付けられた男の部位からおびただしい数の発疹が瞬く間に広がっていった。


「あぎゃあああああああああああっ!! 痛い痛い痛いいいいいいいいいいいっ!!!」


 発疹がもたらす激痛に、男はのたうち回りながら泣き叫ぶことしかできなかった。


「その発疹は死ぬまで増殖しながら激痛を与え続ける、最終的には気道も塞いじゃうかもね。精々せいぜいいい死に様のデータになることを祈るよ」

「ぞ、ぞんなああああああああ……あ……かか……」


 絶望に満ちた表情で窒息していく男を尻目に、エキマは残酷に言い捨てて自室を後にした。


 そして廊下に誰もいないことを確認すると、響き渡るように怒りを爆発させる。


「僕様の邪魔をしやがって、愚民エルフ共があああっ!! たかが末端冒険者共を消したくらいで粋がりやがって、ああ忌々しい!! 今すぐにでも乗り込んで、全員僕様の実験生物モルモットにしてやらないと気が済まないよ!!!」


 鼓膜が破れそうな金切り声と共に、白いブラウスとダークブルーを基調としたローブを着込んだエキマの怒りは収まることを知らない。


 すると――。


「駄目よ、エキマ。落ち着きなさい」


 そんなエキマを見かねてかスキンヘッドのいかつい男性が歩み寄ってきた。


 冒険者ギルド国家をまとめ上げるギルドマスターである、ディーツである。


 上品な女性口調だがその声は野太く、戦士の出で立ちがよく似合う筋骨隆々な肉体から発せられるオーラは並々ならぬ存在感を醸し出していた。


「どうしてだよ、オジサマ! ギーアのビジネスの一つが潰されたんだよ!? 黙って見過ごすつもりかい!?」

「いいから先ずは話を聞きなさい。それと、オジサマって呼ばないの。『お姉さま』よ」

「……分かったよ、ディーツお姉さま」


 ディーツに噛んで含められたエキマは、渋々ながらも気持ちを無理やり落ち着かせた。


「少し、散歩しましょうか。もっと気持ちが落ち着くわよ」


 エキマがある程度落ち着いたタイミングを見計らい、ディーツは彼女と共に廊下を進みながらくだんの騒動について話していく。


「あなたの怒りはごもっともよ、エキマ。私達にとってリオーネは奴隷売買の中心地、そこを潰された……どころか独立宣言までされたんだもの。私にとっても予想外だし、度し難い怒りを覚えてるわよ。おかげで休暇中のシュトルツちゃんも呼び戻さなきゃいけない事態になっちゃったわ」

「だったら何で止めるのさ、お姉さま」

「答えは簡単、私達ギーア側に非があるからよ。元々あのリオーネは、帝国との戦いに集中しているラッフィナートの目を盗んで、『スラムの治安維持』を大義名分に低ランクの冒険者たちが勝手に植民地にした結果……奴隷商売の中心地になってしまったんだもの。好き勝手した落とし前は、表向きだけでも取らなきゃ顔が立たないわ」

「そんなの現場にいる冒険者に擦り付ければ……って、ああそうか。そいつ等は奴隷商と共に粛清されたんだっけ?」


 恨めし気にエキマが尋ねると、ディーツは深く頷いた。


「とりあえず、私はこれからリオーネ……じゃないわね。人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくに向かう準備を整えるわ、あなたは戻ってくるシュトルツちゃんと一緒にギーアに残ってもらえる?」

「はあ!? 冗談じゃないよ、お姉さまが行くなら僕様も行かせてもらうよ! 行くってことは報復に向かうってことでしょ!」

「……話聞いてなかったの、あなた?」


 呆れた様子でため息を付きながら、ディーツは改めてエキマに告げる。


「私はこれから表向きの謝罪と賠償責任の交渉をしに向かうのよ。いずれにせよ、末端の冒険者とはいえ……いともたやすくリオーネを奪還した連合国と真正面から戦うのはよくないわ」


 気を遣ってディーツが言ったその時――。


「……僕様が奴らに及ばないとでも?」


 氷のような冷たい声色でエキマが口を開いた。殺気と共に放たれたその言葉は、すれ違った人間が立っていられなくなるほどの悪寒を感じさせるほどに強烈な圧だった。


 しかし、ディーツはそれに一切動揺することなくむしろ彼女を落ち着かせるべく穏やかな口調でこう言った。


「安心なさい。誰も奴らに及ばないなんて言ってないわ、むしろ……あなたがその気になればこの世界すら滅ぼせるでしょ?」

「そこまで分かってんなら、何で行かせてくれないのさ」

「だからこそよ。あなたの力は帝国との戦いに備えて温存しなきゃいけないの、こんなくだらない身内同士の争いで使うわけにはいかないわ」

「納得いかないなあ。僕様の力を見せつける絶好のチャンスなのに」

「我慢なさい。時が来たらあなたの実力を見せつける出番はあげるから」


 あやすようにディーツがそういうと、エキマは悪魔のような笑みを浮かべて尋ねる。


「……そこまで言うんなら、何か考えがあるんだよね?」


 エキマの悪魔的な笑みに呼応するように、ディーツもまた狡猾な笑みをもって答える。


「もちろんよ、力で相手をねじ伏せるならやり方はいくらでもあるから。実力で敵わないのなら、今度は財力でねじ伏せればいい。アルーシャ財閥の力があれば新興国を手にするなんて造作もないわ」

「……あー、あの魔術書や魔道具事業メインの魔力総合提案財閥か。クヒヒヒ、それなら安心だね」

「だから今は安心なさい、エキマ。連合国とは穏便に交渉してくるから」

「了解したよ、その時が来るのを楽しみにしてるね。クヒヒヒヒ……!!」


 他勢力が様々な見解を示す中、ギーア上層部は真綿で連合国の首を締める侵攻計画を企み始めていた。


 そしてこの企みは三ヶ月後の未来に訪れる、ギーアと人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの数年単位にわたる小競り合いを告げる序章となる。


 *


「……以上が、僕らの考える計画になります」


 各国が人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくに対して様々な見解を示す中、フィガロはラッフィナートの樹木城じゅもくじょうにて今後の計画について女王であるノエミに説明していた。


 フィガロの側には誇太郎が、そしてノエミの側には彼女の親友であり誇太郎が忠誠を誓うサキュバスロード――フェリシアの姿があった。


 フィガロの説明と彼が用意した資料を一通り確認したところで、ノエミは関心した様子で口を開く。


「なるほどね。ギーアに睨みを利かせながら、最終的に打倒帝国の勢力に引き入れる為にリオーネを独立させた……と。二百人にも満たない連合国の人口で可能なのかしら?」

「それは心配いりませんよ、母上。先ずは少しでもギーアへの睨みを強めるべく、周辺の部族との併合を考えてはります」

「併合ですって?」

「ええ」


 併合というワードにぴくりと反応したノエミに、フィガロは得意げに舌を回らせる。


「ギーアに反感を持つ種族は連合国の住人やハーピー達だけやあらへん、オーガにドワーフ、元素精霊エレメンタルスピリットと実に多種多様や。彼らの力があれば人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくとして新たに再興させるのはもちろん、ギーアへの牽制も見込めるはずや」

「なるほどね、確かに悪くない話だわ。ギーアのことを貴方に任せるなら、私は心置きなく帝国との戦いに集中できるもの」

「ありがとうございます、母上。認めていただけてホンマ嬉しい限り――」

「ただ一つだけ、忠告させてもらうわ」


 上機嫌な態度を見せたフィガロをノエミはぴしゃりと黙らせ、鋭い瞳でこう告げる。


「ギーアはツーガントと比べて身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルを持つ者が少ない人間の国でありながら、私達エルフや帝国魔人と互角に渡り合える力を独自の技術力や文明で築き上げた異例づくしの国よ。パオロを庇うつもりはないけれど、彼もきっと……ギーアの得体のしれない力を知ってしまったからこそ、やむなく道を踏み外さざるを得なかったのかもしれないわ」

「……何が言いたいんですか、母上?」

「最悪の場合……今まで築き上げてきた大切なものを根こそぎ奪われる危険性があるってこと。ましてや新興国ともあれば、今以上にいざこざを持ち込まれる可能性もあるでしょうね。あなたはそこのところ考えてるの、フィガロ?」

「当たり前やろ」


 真剣な眼差しで問うノエミに対し、フィガロもまた力強い瞳をもって返答する。


「そいつらに好き勝手させへん為に僕らがおるんよ。もうこれ以上、リオーネ改め人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの住人達に苦労はさせへん。皆が楽しく生きられる新時代を手に入れる為にも、どんなやからが来ようとも……必ず守り切ってみせます。僕らなりのやり方で」


 フィガロの返答にノエミはもちろん、フェリシアも目を丸くした。


 その瞳の奥にあるフィガロの理想は、揺るぎない決意がみなぎっているのだろう。


 それを感じたノエミは、期待に満ちた微笑みを浮かべる。


「分かったわ。そこまで言うのなら……フィガロ、ラッフィナートの女王として命じます。人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの主として、民の幸せを守りながらギーアを帝国包囲網に加えなさい」

「謹んでお受けいたします」


 覚悟に満ち溢れたフィガロの受諾を聞き届けると、ノエミはフェリシアに視線を向けて尋ねる。


「フェリちゃんからは何か質問とかある?」

「……あるな、フィガロとコタロウ……それぞれに一つずつ」

「ええよ、フェリちゃん。遠慮なく聞いて?」


 フィガロからも質問を促されると、フェリシアはため息交じりにこう尋ねる。


「……コタロウを引き抜くつもりか、フィガロ? 悪いがそのつもりならあたしは反対だぞ」

「引き抜くつもりはあらへんよ。ただフェリちゃん、母上とコタロウ君の顔合わせの時もそうやったけど……そんなにコタロウ君を取られるのが嫌なん?」

「タイミングが悪いから言ってんだよ、馬鹿。こっちは魔獣季まじゅうきが迫ってきてんだ、そこんとこ忘れてねーだろな?」


 不満気に問うフェリシアに、フィガロは「あー」と大事なことを思い出したようなリアクションを取る。


「そっか……そっちその時期やったか」

「そうだよ。別にお前が興した新興国の手伝いにコタロウを派遣することは構わない。むしろ、最終的にギーアを味方に引き込んで帝国に立ち向かう地固めを作ってくれるんなら……あたしとしても文句はねーよ。ただ、今すぐはどうしても時期が悪すぎる。これから魔獣季まじゅうきが来る以上、お前に協力できんのは……三ヶ月くらい待ってもらう必要がある」

「三ヶ月かぁ……しゃあないな」


 やれやれとため息を付きながらも、フィガロは納得の姿勢を見せて告げる。


「分かった。じゃあコタロウ君、色々振り回して申し訳ないけど……しばらくはフェリちゃん所に戻ってもろて大丈夫かな?」


 その問いに対する誇太郎の答えは聞くまでもなかった。


「……分かってるよ、フィガロ。元々そのつもりだったし、そもそも俺の主は今も昔もフェリシア様のみだ。あの時結んだ契りがあるとはいえ……これだけは絶対に譲らないからな、それは忘れるなよ?」

「ごめんて。じゃあフェリちゃん、僕への質問はこれでええのかな?」

「ああ。後コタロウ、お前は後で個別に聞きたいことがある。いいな?」

「しょ、承知しました。よろしくお願いいたします」


 誇太郎の返答を確認し、フェリシアはノエミに視線を合わせて尋ねる。


「ノエミ、一室だけでいい。どこか空き部屋貸してくれねーか?」

「いいけど……あっ、もしかしてフェリちゃん。サキュバスだからイケナイことしちゃう気なの?」


 クスクスとサキュバス顔負けな笑顔で微笑むノエミに対し、フェリシアもまた悪戯っぽく舌を出してこう返した。


「さぁてね、想像に任せるよ♪」

「もう意地悪、教えてくれたっていいじゃない」

「お前こそ女王なんだからちったぁ慎ましさっての意識しろよ、ニッヒヒ♪」


 フェリシア達が会話を交える一方、フィガロも別れ際の誇太郎に最後のやり取りを交える。


「ほなコタロウ君、そっちも頑張ってな。君が頑張っとる間に、こっちもしっかりまとめ上げとくから」

「そっちこそ無理はすんなよ、フィガロ」

「分かっとるよ」


 そのやり取りを最後に、誇太郎とフェリシアは王室を後にして城内の兵士と共に樹木城じゅもくじょうの空き部屋へと連れられていくのだった。


 *


 空き部屋へ向かう道中、フェリシアは何も言葉を発さなかった。いつもならば一仕事終える度に積極的に労いに来るフェリシアだったが、今回はそれがない。


 許可を得ないままフィガロと勝手に色々進めたことに不満を感じているのか、そのことを誇太郎が尋ねても彼女は一切答えなかった。


 そんな無言のやり取りを続けるうちに、誇太郎達は樹木城じゅもくじょうの兵士が案内した空き部屋へと辿り着いた。


 兵士が一礼しその場を去っていくのを見送り誇太郎が部屋に入ったその時だった。


「コタロウ、こっち向いてくれるか?」

「ど、どうされました?」


 長いことだんまりを決めていたフェリシアが誇太郎を呼びつけた。


 何だろうと思い振り返った次の瞬間、サキュバス特有のフェリシアの尻尾が誇太郎の胴体をぐるぐる巻きに捕らえた。


 完全に雁字搦めに捕まえたのを確認すると、フェリシアは背を向けながら勢いよく尻尾を戻して自身の尻に誇太郎を押し付ける。


「んむううううっ!」


 弾力性の強い尻に顔を押し付けられ、誇太郎は思わず鼓動が高鳴る。そうなるのも無理はなかった、フェリシアの尻に押し付けられた後は誇太郎のお気に入りの性癖が待っているからに他ならない。


 それを証拠付けるように、フェリシアが「ふんっ」と息むと――。


 ぶぶううううっ! ぶぷううっ!! ぶううっ!! ぶびびびいいいいいいっ!! ぶっぼびっぶりっぶうううううっ!!!


 恥じらいの欠片すら思わせない豪快なオナラをこれでもかというほどに解き放った。


 ガスの濃度、音の大きさ、そしてその悪臭。


 全てにおいて誇太郎が画策した「ご放屁計ほうびけい」と比べても、別次元レベルのオナラだった。


「……あー、スッキリした。話し合いの時ずっと我慢してたから大変だったんだよな、ニッヒヒヒ♪」


 爽快感に満ちた表情を浮かべながら、フェリシアは尻尾を操って誇太郎を尻から離そうとする。


 しかし、当の誇太郎はむしろまだ足りないと言わんばかりに必死にフェリシアの尻に顔を埋めながら鼻を激しく鳴らしてオナラを堪能している。


「ようやくいつものお前に戻ってきたな。どうだ、あたしのオナラで頭冷えたか?」

「むしろ久々過ぎて下半身が温まってしまいましたよ、不意打ち半分で性癖刺激するのはおやめください……」


 顔を赤らめながら告げる誇太郎だったが、その表情はやはり満足気に口角を吊り上げていた。


 そんな彼を見て、フェリシアは安心したようにため息を付く。


「悪かったな。数日振りにお前の顔見たら、余りにもおっかねえ形相だったから……ついな」

「そ、そんなにおっかなかったですか……?」

「ああ。まるで、何人もの人を殺めてきたような殺戮者のようにな」


 フェリシアのその言葉を受けると、誇太郎は受かれていた様子はどこへやら瞬く間に表情が能面の如く強張る。


 その様子を見てフェリシアは本土で起きている現状を誇太郎も知ったことを予測し、それを踏まえた上でやや重々しく口を開く。


「……コタロウ」

「何でしょうか?」

「さっき、ノエミの前じゃ『一つ』聞きたいことがあるっつったが……ありゃ嘘だ。一つじゃ足りねえ、お前に聞きたいことがいくつかある。全部答えてくれるな?」

「……もちろんです。逆にこちらからも伺いたいことがございますが、フェリシア様もよろしいでしょうか?」

「いいぜ。それじゃあ、先ずはあたしから質問するぞ」


 そう言いながら一呼吸入れて、フェリシアは改めて尋ねる。


「どれだけ知った、本土の現状のこと?」

「本土の現状……」


 そう呟きながら、誇太郎の脳裏に過ぎったのは邸宅の地下で見た帝国魔人の集団自決の光景だった。


「……正直、言いたいことが多すぎて。どこから話せばよいか……」

「ゆっくりでいいぞ。お前が見てきた光景一つずつ、順を追って話してくれりゃそれで充分だ。時間かけてもいい、だから全部話せ」


 諭すようにフェリシアに肩を持たれ、誇太郎は安堵のため息を付いた。


「承知しました、お心遣いありがとうございます」


 そう前置きし、誇太郎は改めて自身が体験した本土の現状を報告していく。


 思い返せば今回の一件はロッサーナの故郷であるスラム街、リオーネの解放に向かったところから始まった。


 ただ単に島内で身に着けた力をもってリオーネを解放すればいい。この時はその一心で向かっていたが、そこで見た現場の真実は残酷なものだった。


 本土に訪れる前にフェリシアとロッサーナからある程度の情報は聞かされていたが、実際に現場に訪れると事前情報以上の残酷さが誇太郎に突き付けられた。


 ノエミの命を受けたとはいえ自治領の民を奴隷にしてギーアに売り飛ばすことで資金を得ていた領主パオロの存在、そんな領主の護衛の為に集ったギーアの中に現世界げんせかいから召喚された切鎌性餌きりがましょうじという極悪非道の死刑囚がいたこと。


 そして、奴隷を解放したと思った矢先に目の当たりにしたアロガンシア帝国の魔人達の集団自決。更にそこで知ったのは、帝国魔人たちが集団自決するに至った「死ぬるものこそ、滅ぶものこそ幸福になれる」という帝国の破滅的な思想。


 わずか数日という短期間に味わうには、余りにも濃厚な経験を誇太郎は味わった。いずれも楽しい経験をしたとはお世辞にも言えず、辛く歯痒い現実を突き付けられるのみだった。


 特に帝国の思想を改めて知った時は想像以上の残酷さと、その思想に抗うという姿の見えない敵に挑む途方のなさには圧巻せずにいられなかった。


 思い返せば思い返すほど、その重厚な経験は誇太郎の心に様々な傷を刻ませるものとなった。


「……以上が、俺が本土で知った現状でした」


 振り絞るような声で誇太郎が言い終えると、フェリシアは眉間を抑えながらうつむいていた。


「フェリシア様……?」


 大丈夫だろうかと誇太郎が気にかけた瞬間、フェリシアは突如誇太郎を抱き寄せた。


「フェリシア様!? 何を――」

「……悪い、辛い思いをさせちまったな」


 誇太郎の髪を撫でながら優しく抱きしめるフェリシアの声色は、かつてない程に慈愛且つ悲痛に満ちたものだった。


「まさかここまで大事になるなんて思ってなかったし、帝国の思想もこんなに早く知るなんて思わなかった。もっと段階を踏んで教えるべきだったのに、色々と辛い思いをさせちまった。すまなかった、コタロウ……」

「……大丈夫です、フェリシア様。ただ……そのことで一つ気になることがございました、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「いいぞ」


 フェリシアから質問の許可を受け、誇太郎は一つ心にあった疑問を改めて投げる。


「フェリシア様は……どうして帝国の思想を今まで教えてくれなかったのですか? この世界に来る前に俺の両親と面談した時も、帝国の思想のことは濁してましたよね。あれは……一体どういった意図があったのですか?」

「その理由は、お前に『感情色エモーションカラー』を与えた理由に繋がってくる」

感情色エモーションカラーと? それが、教えてくれなかった理由と一体どう繋がるのですか……?」

「簡単な理由さ」


 そう前置きし、フェリシアは理由を告げる。


「お前の感受性が人一倍強いからだよ」

「か、感受性って……たったそれだけの理由でですか!?」

「馬鹿、感受性舐めんな。お前の感情色エモーションカラーは、戦闘時に感情を爆発させることで色んな付与を得られるって言ったろ?」

「ええ。それがどうかしたのですか?」

「あの効果はな、誰にでもできる芸当じゃない」

「と、申しますと?」

感情色エモーションカラーの力を引き出すには、持ち主の感受性が強くなけりゃ成り立たねえんだ。だから仮に感情の起伏が弱い奴が感情色エモーションカラーを受け取ったとしても、何の力も引き出せない。まあどの道そんな奴は心力型を操ることなんざできねーだろうが。

 だがコタロウ、お前は違う。お前の感受性は、あたしが今まで見てきた奴らの中でも比べ物にならないくらいに強い。それこそ、ただの能力程度だった感情色エモーションカラーに意思を宿らせてしまうほどにな」

「なるほどでございます……」


 フェリシアにそう諭されると、誇太郎は不思議と納得できた。


 しかし、そんな誇太郎に対しフェリシアは厳しい表情で「ただし」と一呼吸はさんで続ける。


「その感受性は感情色エモーションカラーに無限の可能性をもたらす一方、力の暴走を招く危険な一面もある。感受性の強い奴は、良くも悪くも周囲の環境に影響を受けやすい。ましてや、厭世的な本土の環境ならば尚更悪影響を及ぼしかねねえ。それはコタロウ、お前がその身をもって知っているはずだ」


 フェリシアからの容赦のない指摘に、誇太郎は返す言葉も出ずに頷く他なかった。


「だからいつ……帝国の思想のことを教えるか、あたしはずっと悩んでたんだ。いずれ帝国に弓引くことになる以上、この残酷な真実をいつ教えるか……いや、教えてしまっていいのか……ずっと悩んでたんだ」

「そんな……お気を遣わせてしまったようで申し訳ありません、フェリシア様」

「いや、お前がいいならいいんだ。ただ……それを踏まえた上で、これだけははっきり聞かせてもらう」


 再度一呼吸置くと、フェリシアはかつてない程に真剣な眼差しで尋ねる。


「フィガロのクソガキに現人神アラヒトガミになるって言っちまったそうだな」

「はい」

「そうか……、じゃあ改めて聞くぞ。どんな修羅の道でも突き進む覚悟はあるか?」

「似たような質問をダヴィデ殿にも聞かれましたが、なぜまた……?」


 淡々とした誇太郎の問い返しに、フェリシアはやるせない表情で答える。


「……お前が人殺しを行った時点で、修羅の道に入っちまったからだよ。ロッサーナから聞いたぞ、現世界げんせかいの元死刑囚を『ケジメ』という形で殺したこと。お前、それがどういうことか……分かってんのか?」

「……お言葉ですが、なぜ今更そんなことを? そもそも『生殺与奪の権利』を出してくるならば、この世界に来て受けた課題の時点で俺はたくさんのスライムや野良ゴブリンを屠ってきました。それと何が違うというのですか?」


 淡々と答える誇太郎に、フェリシアは彼の胸倉を掴みながら容赦なく叱り飛ばす。


「馬鹿野郎、下級魔物や動物を相手取るようなものじゃねーんだぞ! 人であっても魔人であっても……一度修羅の道に入ったら二度と抜け出せねえ、抜け出そうとしても殺した記憶は一生お前の心を蝕み続ける。現人神アラヒトガミになったらそれを遥かに超える苦難を味わうことになるんだぞ、お前はそれを踏まえた上で修羅の道を進もうと決めたのか!? いや、決めちまってよかったのか!?」


 崖から身を投げて新たな人生を掴ませたのに、敢えてこんな苦難に満ちた道を歩ませてしまっていいのか。


 そう思った瞬間、フェリシアは魂を込めて叱らずにはいられなかった。誇太郎の両親からも太鼓判を押され見守り育てていくと決めた以上、折角手にした第二の人生だけは彼自身の意思で決めさせるべきだと決めていたからだ。


 それ故、フィガロから半ば強引に誘い込まれるような形でこのような修羅の道を歩ませるわけにはいかなかった。誇太郎自身の幸福を探求させるためにも、フェリシアは改めて誇太郎の意思に魂を込めて問いかける。


 そして、そんな彼の口から返ってきた言葉は力強くも危険な予感を感じさせるものだった。


「……少なくとも、俺はよかったと思っております。あの腐れ外道は現世界げんせかいはもちろん、この世界でも同様の罪を反省することなく犯してました。だから死んで当然、これは確定事項です」

「コタロウ……お前……」

「それに……フェリシア様、これを見てください」


 そう言いながら誇太郎はフェリシアに背を向けると、スーツを脱いで上半身裸になった。


 そうして露わになった誇太郎の背中には、六つの翼を生やした巨大な人型の西洋龍―――初代アロガンシア帝国の魔帝王、クリンシアの刺青が刻み込まれていた。


「その刺青……シャロンが言ってた話は本当だったんだな」

「ええ。リオーネの件はもちろん、ダヴィデ殿にこの刺青を彫ってもらう直前で……俺は初めて帝国の残酷な思想を知りました。

 そこで俺はこう思ったんです。何が正しくて何が間違っているか分からないこの戦乱の世界の中で、フェリシア様が掲げる『誰もが充実した人生を送れてそれぞれの幸せを手にする』理想を啓蒙すべきだと。フィガロが人魔妖精連合国じんまようせいれんごうこくの独立を宣言した時が、そのスタートラインだと俺は思いました。連合国で現人神アラヒトガミとして活動していくことで、『それぞれの幸せを手にできる新時代』を築き上げていくことが……フェリシア様の理想を叶える最良の手段だと思いました。

 そして、その活動を阻害するもの……特に理不尽に人の幸せを踏みにじる腐れ外道は、徹底的に排除いたします。これはどんな種族であろうと関係ありません、フェリシア様の理想と連合国の名を穢そう者は……等しく地獄に叩き落とすつもりです。これが、今新たにできた俺のやりたいこと……いいえ、フェリシア様の侍としてやるべきことと見定めました」

「コタロウ……」

「たとえその過程で『外道』とそしられようとも、冷血漢と揶揄されようとも……俺は俺のやり方で、現人神アラヒトガミとして活動していくつもりです。背中に彫ったクリンシアの刺青は、その覚悟の象徴としてダヴィデ殿に彫ってもらいました。苦難に満ちた修羅の道なのは百も承知です。フェリシア様、あなたが救ってくださったこの命にかけて……修羅の道を極めてご覧に入れましょう。覚悟ならとうに出来ております」


 一通り語り終えた誇太郎の目つきは、濁りと澄みが入り混じった奇妙なものとなっていた。


 踏み越えてはいけない一線を超えてしまったとしても、それを「正しいこと」と思って行うと決めた心に一切の迷いはないという、どこか歪んだ純粋な気持ちがそれを現しているのだろう。


 その覚悟の籠った表裏一体の誇太郎の眼差しを前に、フェリシアは深くため息を付いた。


 そして、改めてフェリシアは最後にこう告げる。


「……そこまで覚悟決まってんなら、これ以上下らねえことをいうつもりはねーけどよ。これだけは絶対忘れんなよ」

「はい」

「……世界は灰色に染まるぐらいがちょうどいい」

「灰色に染まる……と申しますと?」

「世の中、白黒はっきりつけられねえこともあるって言いてえんだ。例えばそう、お前が楽しんでた創作物の界隈でも、灰色な世界がちょうどいいってのは何となくイメージできるだろう?」


 そう尋ねられ、誇太郎は暫し考える。


 すると、とあるワードがフェリシアの掲げる「灰色に染まる」という意味に極めて近いことを思い出した。それが脳裏に過ぎった瞬間、誇太郎はパズルのかけたピースが埋まったような感覚で納得する様子を見せる。


「なるほど……そういうことですか、フェリシア様。ただしかし、まだこの世界におけるグレーゾーンは……イメージが付いていないので何とも」

「だから、これからお前がそれを見極めていけばいい。自分の目で色々見て、色々経験して……妥協できたら妥協して、死んで当然と断言できるなら……そん時はしかるべき対応を取りゃあいい。ただ、極端に考えすぎるな。灰色に染まるくらいがちょうどいいってのは、そういうことだよ」

「……肝に銘じておきます」


 そう言いながら、誇太郎は厳粛な面持ちで跪いてフェリシアに固く誓いを立てるのだった。


 固く忠誠を誓う誇太郎を見受けた所で、フェリシアは頭を掻きながら言う。


「誓いを立ててるところ悪いんだけどよ、島に戻ったら別件でやらなきゃいけないことがあるの忘れてないよな?」

「大丈夫です、覚えております。魔獣季まじゅうき……でしたっけ? 初めて体験する出来事だと思いますが、改めてどういったものでしょうか?」


 そう返す誇太郎に、フェリシアはニッといつもの明るい笑顔を浮かべて告げる。


「まあ、一言で言やぁ魔物や魔獣が大量発生する時期だな。詳しいことは島に戻ってから担当が話すよ。これ以上ここで話してたら、外で待たせてる奴らとノエミに迷惑掛かるだろ?」

「……それもそうですね」

「よーし、そうと分かったら行くぞ! お前の新たな目的の為にも、魔獣季まじゅうきじゃあ頑張ってもらうからな!」

「承知しました、未来の為に微力ながら奮わせていただきます!」


 フェリシアの激励に奮い立たされながら、誇太郎は意気揚々と先んじて部屋を後にした。


 次いでフェリシアも部屋を後にし、二人は樹木城じゅもくじょうの外で待つ魔王軍の一部隊のもとへと向かっていく。


 その道中、フェリシアは誇太郎の背を見ながらある思いにふけていた。誇太郎の見せた表情が脳裏に過ぎり、思わずフェリシアの顔に曇りが見える。


 ――たった数日のうちにえげつねえ覚悟決めやがって。だけどコタロウ、その目は危険だ。そのままじゃお前はいつか、先代現人神アラヒトガミと同じ末路を辿りかねない。だから……いざって時は、あたしがお前を止めてやる。それが魔王として背負う、あたしの覚悟だ。


 拳を強く握りしめ、フェリシアもまた覚悟を決めた。


 フィガロの鶴の一声により訪れた新時代の産声は、激動の時代となってここから大きくうねり始める。


 ただ一国、戦乱をもたらした現況であるアロガンシア帝国を除いて。

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