空腹コンビと仮面の従者

ガサリ・・・ガサリ・・・

ソイツはゆっくりと歩を進める。海が近くにないこの地域では、誰もが自分を狙ってくるからだ。

ガサリ・・・ガサリ…

ソイツは日陰を求めて歩く。太陽が照っているこの時間帯は、長いこと日に当たっていると命にかかわるからだ。

ガサリ・・・ガサリ・・・

前方にちょうどいい葉の影を見つけた。今日はここで休むとしよう。ソイツが葉に向かって駆け出した瞬間…。


「いたっ!!」


という声とともに、大きな生物にソイツは捕らえられた。そのまま透明な容器に入れられてしまった。


「カナさん!僕の方は必要数集まったので、そろそろ切り上げましょう!」


「ん、おっけー!」


シロウがガラス瓶に入れているのは白い塊。足と手が付いており、うごうごしている。


「僕は…塩6匹、砂糖4匹ですね。カナさんは捕まえられましたか?」


「塩2匹と醤油1匹だけ…。」


カナはうなだれた。だがすぐに立ち直る。


「それにしてもすごいね!私は海まで作りに行ってたけど、こんなところでも見つかるんだ!」


カナとシロウが立っているのは、草原の真ん中。これはカナも初耳だったのだが、こういう草原には塩、砂糖、酢、醤油、味噌といった調味料たちが生息しているらしい。小さな虫のような大きさで、素早く動くから捕まえるにはそれなりに苦労する。突如現れたギルという男の奇襲から3日。その際に倒した里芋が意外に大きく、単調な味付けでは飽きてしまうとのことでここに調味料集めにやってきたのだ。


「今まで味付けは塩だけだったって訳ですか?ほんとによく今まで生きてこられましたよね貴女…。」


シロウは調味料を種類ごとに別の瓶に入れた。そしてそれを振る。すると、中にいる調味料が、命の危険を察知し、子孫となる塩などを大量に放出してくれるのだ。3分も降れば、カナの分と合わせて8匹の塩虫が入っていた瓶は塩で満杯になった。シロウはそのまま砂糖も振り始める。結構大変な作業のようだ。カナはどうにか楽したいと思い、ある者を作り始めた。

10分ほどたって、砂糖瓶も満杯になった。


「なかなか骨が折れるんですよね、これ。次は醤油かぁ…。」


そう言って醤油が入っている瓶を手に取ろうとしたところで、カナに瓶を奪われてしまった。


「私がやる!!」


カナが自信満々に取り出したのは近くの木から取ったつるをより合わせて先を輪にしたもの。この輪に瓶の飲み口をひっかけて回せば、力を入れずに調味料を搾取できるだろうという考えのようだ。シロウは一抹の不安を感じたが、ここはカナに任せることにした。別に振らなくても、醤油虫に重圧さえかけられれば勝手に吐いてくれるのだ。さすがのカナさんもこれは失敗しないだろう。


「えいえいえいえいえいえいーーっ!!」


それにしてもすごい勢いで回すものだ。ただ、その効果ははっきりとわかり、見る見るうちに瓶に醤油が溜まっているのは確認できた。


「へぇー、これは便利ですね。なんで今まで考え付かなかったんだろう…」


「ふふん、そうでしょ?私頭柔らかいからなぁー!」


カナは上機嫌で瓶を回す。次第にその速度も上がり続けている。ここでシロウは異変に気付いた。というよりも、思い出したの方が正しい。シロウは弓もある程度は扱える。鬼砕が強くてあまり使っていないだけだ。カナの作った紐を見たときに思ったことは、うまく蔓を編み込めていないというところだ。負荷をかけすぎるとすぐにちぎれてしまうだろう。蔓が「プチン」と小さな音を立てたのをシロウは聞き逃さなかった。


「カナさん!一回止めて下さい!!」


叫ぶシロウ。


「え?」


とカナは瓶を回したままシロウに向き直る。その瞬間。


ブチンッ

ヒュンッ


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」



蔓はちぎれ、瓶はものすごい速度でシロウの頭すれすれを通って遠くまで飛んで行った。さすがにシロウは冷や汗をかいた。


「あーー!飛んで行っちゃった!拾ってくるーー!」


そう言って駆け出すカナ。


(いつか僕はこの人に殺されるんじゃないだろうかなぁ…)


と走り去っていくカナを見ながらシロウは悲しくそう思った。










それなりに醤油が入って重さがあった瓶は、勢い任せに飛んでいく。ひとまず目視で確認できるから、見つからないということはないだろう。着地地点まで走って拾えばいいのだ。カナは運動神経はあるので、スタミナ切れの心配を起こすことはなかった。ただ危ないのは、今からの時間帯、食物達が動き出す時間帯ということ。本格的に出てくるまでにはシロウのところには戻っておきたかった。

ようやく瓶が草むらに落ちた。ここら辺の草は背が高く、なおかつ地面に草が敷き詰められるように生えているので、それがクッション代わりになり、瓶は割れなかった。


「ふへーー、結構飛んで行ったなぁ………」


ここでカナは足を止める。醤油瓶の近くに誰かいたからだ。その人は醤油瓶を広い歓喜の声を上げる。


「お、醤油か?なかなかレアじゃないの。調査ついでにいい拾いモンしたなぁ俺」


「おーーーい!それは私のだよ――!」


カナはその人に近づいたところで思わずギョッとする。その人――体つきからして男だろう。その男は、赤い服に鉄のように見える軽装な鎧を付けて、顔には水色の曇りガラスでできたような仮面をつけていた。


「んぉ?これ、嬢ちゃんのだったのか?なんか降ってきたんだが何してたんだよ。まぁいいか。ほれ。」


声は・・・合成音声のような機械的な声だが、口調に感情がこもりまくってるのが逆に気持ち悪い。カナの苦手なタイプだ。


「う、うん…ありがと」


引き笑いでカナは瓶を受け取る。そそくさと退散しようとしたところで仮面の男はカナを引き留めた。


「あ、そうそう嬢ちゃん。俺よォ、人探ししてんのよ。このあたりでカナっていうお前と同い年くらいの嬢ちゃんがいるらしいんだが、どっかで会ったりしたか?」


カナはさすがに足を止めた。なんせ、自分の話題なのだ。


「え?カナは私だけど…」


反射的にそう答えてしまった。男の仮面に浮かぶ目が光ったように見えた。


「マジか!?俺ラッキーな男だなぁまったくよォ。」


男はその場で喜ぶ。


「えと…あなたは…?」


カナは聞く。


「俺か?うーーん…特に自分では名前は決めてねぇんだがブリードって呼ばれてるな。てかそれ五光だろ?一度お目にかかりたくてさぁ…譲ってくんねえか?」


あぁ、この人もシロウが言ってた五光を狙う盗賊のようなものだろうか。カナはそう思った。


「だめ!これがないと私、仕事できないの!!」


きっぱりと答える。それで奪おうというのなら、自分も戦わなくてはならない。


「………だよなぁ、荒っぽいことは好みじゃねえんだが、やるっきゃねえか。」


そう言って男――ブリードは自分の武器を背中から引き抜く。両刃剣。みたところ、能力のようなものはわからない。


「あぁ、これか?仲間にも何回も『魔法を込めたほうが良い』って言われてんだけどよ…性に合わんのよ、そういうの。」


つまりあの剣は本当にただの剣のようだ。ギルが持っていた五光はおろか、何の力もない。カナは安心した。


「私だって力づくで帰ってもらうもんね!!」


カナも五光を引き抜く。五光はあらゆる武器の頂点に立つらしい。カナの武器がブリードの武器に後れを取ることは絶対にないだろう。


「お前もやる気なのね…しゃあねえ、お前の奮闘に期待してるぜ。」


ブリードはそう言ってカナの前に立つ。


「・・・・・・・・・」


カナはブリードの出す『何か』に警戒をしていた。よくわからない。いうなれば威圧感だろうか。


「…あれ?自分から攻めてくるって聞いてたんだけどなぁ…。まぁいいか。いくぜ。」


ブリードはそう言うと


ボッ


もう既にカナを自身の間合いの中に入れていた


「!?」


カナは慌てた。距離は大体7メートル前後。ギルの時は五光で身体能力を底上げしていたからあのスピードが出たわけだ。でもブリードはそんな力は持っていない。じゃあなんで…?そんなこと考えておく余裕はない既にブリードは剣を横なぎに振っている。大振りだ。これなら防御できる。

振られた剣をカナは受け止める。受け止めたが…あまりにも攻撃が軽い。


「仕込みっていうのがこの世にはある。」


ブリードはそういうと『装置』を使用した。

ブリードの靴にある4本の管からボッという音とともにガスが噴き出される。その勢いを利用した超高速の回し蹴りでカナの膝をぶち抜く。カナは剣の攻撃を受けるために左に重心を寄せていた。だが剣の攻撃はフェイント。本命はこの蹴りでカナの体制を崩すこと。


「え?」


カナはあっさりと空中に投げ出された。一気に回転する視界に脳の処理が追い付かない。その間にブリードは剣の柄でカナの腹を上から突く。


「ぐぇっ!?」


鳩尾に剣柄がめり込む。痛すぎる。あっという間にカナは地面に背中をつけた。ブリードの判断は素早い。もう一度装置を稼働させ、今度はカナの右手に握られている薙刀を真上に蹴り飛ばす。薙刀はカナの手から離れ、空中を舞う。


「あ、待っ」


「おっと動かないでくれよ。」


慌てて立ち上がろうとしたカナの目の前に剣先が当てられる。カナは動けなくなった。

ブリードはそのまま落ちてきた薙刀を左手でキャッチした。


「………あっけねえな。お前さん、もう少し考えたらどうよ?」


ここでブリードはくるりと誰もいない草むらに向き直り、


「なぁ!?ギルさん!?」


と大声で叫んだ。草むらの一部がガサリと揺れる。次の瞬間。


「気付いてたのかよ!!マジでなんなんだよお前は!?」


とギルが飛び出してきた。この二人は仲間だったのかとカナは気付いた。ブリードはカナに剣を向けたままギルと話す。


「ほーい、五光手に入れてやったぜー。俺の勝ちだな!」


「いつから勝負になってんだよ!!大体お前はきたねぇんだよ!俺はもっと正面から…」


ぶつぶつ言いながらギルがこちらに歩いてくる。その騒音に合わせてブリードはカナに小声でささやいた。


「チャンスは一回だぜ。乗りな。」


「え?」


カナは意味が分からなかった。


「オラ!そいつを早く俺に渡せ!」


ギルはブリードに手を伸ばす。ソイツというのは言わずもがな、ブリードの手に握られている五光だ。


「ほいほい、わかったわかった。そう焦りなさんな。」


そう言ってブリードはギルに向かって五光を投げ渡し・・・・・・・・・



それがギルの手に渡る前に高速でギルに接近した。

「あ?」

とギルが驚いている間にブリードはギルに蹴りを入れる。ぐしゃあと転がったギルを尻目にブリードは五光をカナの方に蹴り飛ばした。


「走りな嬢ちゃん!!」


「え?え?」


カナは訳が分からなかったが、この機を逃すわけにはいかない。すぐさま薙刀を拾い上げて、走り出した。


「あっ!?待てこのヤロッ…」


すぐさまギルが五光『妖』を発動させて追いかけようとしたところで、何かに背中を引っ張られた。


「残念ギルさん!紐を結んどいてやったぜ?お前のバルーンにな?」


「あぁぁぁぁぁっ!?なんてことしやがんだテメ、おい!空気入れんじゃねえ!!うおぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!?」


ギルは逃亡用のバルーンに吊るされてしまった。


「ハハハハハ!!傑作だなギルさん!写真撮ってやるよ!あ、待て待て置いていくなよ。ハハ、撮影は後回しだぜ!」


そう言ってブリードもバルーンにぶら下がる。

カナは後ろを見る様子もなく走っていく。


ブリード


圧倒的な強さと意味不明さを兼ね備えたその男のことをカナは脳に刻み込んで。

シロウの待つ草原へと。

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