第313話 最高の貴婦人、登場する(その4)

リブ・テンヴィーに声をかけたのはクライド男爵だ。老齢に達して一線を退いてはいたが、国内外の運送事業に依然として強い影響力を持つ実力者だったために、今晩は招集がかけられたのだろう。そんな彼が枯れ枝のような指で示した先には、

「もしや、あなたが身に着けているのは『煌炎の真紅石』ではないのか?」

女占い師のシルエットが、より正確に言えば彼女の白いフリルタイにピンで止められたルビーがあった。鶏卵ほどの大きさの紅玉が炎のように輝きを放っていたので目を引かずにはいられなかったのだが、

「なんだと? ということはもしや」

男爵の発言に国王スコットが思わず身を乗り出したのは、その宝石の名前に心当たりがあったからだ。我が意を得たり、とばかりに頷いたリブは、

「陛下のご様子から察すると、もう既におわかりのようですね」

説明の手間が省けたのを喜びながら、すっ、と背を伸ばして、

「いかにも、わたしが只今着用しているのは『煌炎の真紅石』、アマカリー子爵家に代々伝わる当主の証でございます」

そして、と真剣な表情をさらに研ぎ澄まし、

「わたしはリボン・アマカリー。リヒャルト・アマカリーの孫にあたる者です」

彼女が名乗ったのと同時に政治家たちが、それも年配の人々が驚きのあまり悲鳴に近い叫び声をあげていた。かつてアステラ王国で宰相をつとめたリヒャルト・アマカリーとその卓越した手腕は今でも忘れ去られてはおらず、王の記憶にも留められているようだ、と成長した孫娘は嬉しさを噛みしめる。その一方で、

「おお、なんということだ。リボンお嬢ちゃん。あんたはもうとっくに死んでしまったものだとばかり思っていたのに。こんなに綺麗になったあんたをリヒャルトが見たらさぞかし喜んだであろうなあ」

クライド老人は人目も憚らずに泣き出していた。アマカリー家の令嬢が留学に出かける途中で奇禍に遭い行方不明になったのを気に病んでいたのだろう。

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、クライドのおじいさま。でも、わたしはこうして無事でいますから、どうか安心してください」

祖父の友人だった男爵に可愛がられたのをリブも忘れてはいなかった。謎の女性が貴族階級に属するらしい、とわかった王は少しだけ安心したが、

「リボン嬢とやら、その『煌炎の真紅石』なるものがアマカリー家の当主の証だと先程申していたが、現在はロベルト・アマカリーが当主ではないか?」

下問されたリブは心苦しそうな面持ちになって、

「叔父はやむを得ない事情から国外へと赴き、当主の務めを果たせなくなりました。そのために唯一の親族であるわたしは代行をしている次第でございます」

姪の命を狙っていたのが発覚して逃亡した、と真相を語るわけにもいかないので適当にぼかしてしまったが、

「陛下、ちょうどいいではありませんか。あのロベルトはリヒャルトとは及びもつかない不肖の息子。いなくなったところで誰も困りはしません」

クライド男爵が入れ歯が落ちそうになる勢いで熱弁すると「確かにその通りだ」「あいつはろくでもなかった」と無言のうちに賛同する空気が湧き上がってきたので、

(おじさま、本当に評判が悪かったのね)

リブがいたたまれない気持ちになっていると、

「それに引き換え、このリボンお嬢ちゃんは幼い頃から将来を嘱望されていた実に素晴らしい才能の持ち主である、とわしが保証いたします。この娘を措いてわが友リヒャルトの後を継ぐのにふさわしい者はいない、と言ってもいいくらいです」

男爵が断言し、これにもやはり「そうだそうだ」と同意するムードがたちまち出来上がったので、

(いや、そんな簡単に認めちゃダメなんじゃないの?)

女占い師は首を傾げてしまう。しかし、

(あの宰相と平気で渡り合える人間など、我が国広しといえど何人もいるものではない)

(アマカリー殿の血を引くだけあって、あの女子おなご、かなりのやり手だ)

先程のジムニー・ファンタンゴとの小競り合いで彼女は既にその実力を王国の重要人物たちに知らしめていたのだ。このときリブは、権力の座に至るきざはしへの第一歩を知らず知らずのうちに踏み出してしまっていたのだが、

(お楽しみはこれからだ、ってところかしらね)

朝日が昇るまでにいくつもの激動の展開が訪れるのを予期する女占い師は、目の前の難問を解決することのみに集中しつつあって、自らの運命の行方はあまり気にしていられないようであった。

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