第244話 女騎士さんと「龍の王子」(後編)

(これでよかったのか?)

告白の成否を判断できずに立ち尽くしたまま遠ざかる女騎士の背中を見つめていたジャロの周りを、「うおーっ!」と叫びながらジンバ村の悪童たちが取り囲もうとする。

「すげーっ! セイに告るとか、まじすげーっ!」

「ジャロ、おまえプレイボーイじゃん!」

わーわー騒ぎ立てていた子供たちは、新入りの仲間に気やすく触れようとして、ぴたっ、と急停止してしまう。

(こいつ、こんなにでかかったか?)

マルコの疑問は少年団のメンバー全員が共有するものだった。平均よりも小柄で仲間内で軽く見られがちだったジャロから強烈な威圧感が漂ってきて、近づくのはおろかまともに顔を見るのもためらわれるほどだった。もちろん、ほんの数日会わなかっただけで背丈が劇的に伸びるはずもなく、リュウケイビッチ家の御曹司に変化があったとすればそれは彼の内面におけるものであり、それをもたらしたのはセイジア・タリウスとの猛特訓であることは言うまでもないはずだった。

「どうかしたのか?」

自分が「男の子」から「男」へと変貌しつつあるのに気づかぬままジャロが、いつになく妙におどおどしている友人たちを怪訝そうに眺めたが、「なんでもねえよ」と村の男子たちはごまかすことしかできなかった。しかし、力関係に何よりも敏感ないたずら小僧たちは、目の前のちびでやせっぽちで女の子のようになよなよした美少年が、自分たちよりもずっと強い存在であると察知し、「こいつには勝てない」と巨人を仰ぎ見るかのような気が遠くなる思いを味わっていた。

「おかしなやつらだな」

ジャロは仲間たちに友情を込めて笑いかけてからあたりを見渡した。視線の先にはそれなりの樹齢を経たと思しき大木が一本生えていた。少年がひとりで訓練をしていた樹と同じかもしくはそれ以上の、見事な枝ぶりを持つ樹だった。

(ちょうどいい)

いまだに興奮が鎮まらなかったためか、いつも引っ込み思案な少年は珍しく軽はずみに行動を起こしていた。

「おい、待てよ」

村の子供たちが慌てて声をかけたのも無理はなかった。ジャロが木にめがけて全速力で駆け出したからだ。力いっぱい頭から突っ込めば大怪我は免れない。だが、

「やあああああああっ!」

栗色の髪を持つ美少年は今や何も恐れるところがなかった。何人たりとも自分を止められない、という妄信に支配されたままさらに加速をかける。

「うわあ、あの馬鹿」

マルコだけでなく皆も手で顔を覆ってしまう。仲間が骨を折ったり血を流すのを見たいはずもないからだ。

「やあああああああっ!」

そして、

ずしん! という音があたりに響いて、「わっ!?」と悪ガキたちはよろめき、踏ん張りきれずに尻餅をつく子もいた。至近距離に砲弾が命中したかのような、地の底で眠る大鯰が寝ぼけて直下型の大地震を起こしたかのようなすさまじい震動に「一体何が?」とわけがわからずにいると、

「あっ!」

とメンバーの中で一番小さな6歳の「ちびすけ」が何かに気づいて上を指さす。ざざざ、と耳を聾するばかりの音で葉っぱが降り注いでいた。そのどれもがまだ若々しい生命力に満ちた青い葉で、風に吹かれたくらいで落ちるわけがなかった。この現象を引き起こしたのが何者であるか、少年団の子供たちは既に理解していた。祝福の紙吹雪を受け取るかのように舞い落ちる無数の葉の中で立ち尽くしている彼らの仲間、ジャロ・リュウケイビッチの激しい体当たりに耐えかねて、大樹はおのずと葉を散らしたのだ。うわーっ! とおたけびとともに悪ガキたちは貴族の少年へと歩み寄る。はなれわざをやってのけた友達に感動し、新たな英雄の誕生を祝う気持ちが子供たちの小さな体から溢れ出していた。

(ジャロ、おまえって本当にすげえよ)

マルコは自分の実力が「よそもの」の美少年に一歩劣ることを素直に認めていた。負けず嫌いのガキ大将は心からひねくれているわけでもないのだろう。仲間たちの賞賛を浴びるジャロはそこそこの達成感を味わいながらも、それ以上の侘しさにとらわれていた。

(パドル、すまない。おまえが生きているうちに間に合わなかった)

幼い主人を信じてくれた老執事への申し訳なさが頬を伝う涙にこめられていた。しかし、ジャロ・リュウケイビッチはもう子供ではなく、流す涙は一滴だけで十分だった。

(でも、ぼくはもう大丈夫だ。父上と姉上と同じくらい、いや、それ以上に強く立派な騎士になってみせるから、どうか見守っていてくれ)

数年の後、この少年が「龍の王子」の異名を得て、姉と慕う「女龍皇」ナーガ・リュウケイビッチとともに乱れに乱れ切った祖国モクジュ諸侯国連邦に平和を取り戻す大活躍をすることになるとは誰にも予想できなかっただろう。父の汚名を雪ぎリュウケイビッチ家を再興するのもジャロの目指すところであったが、

(あのセイジア・タリウスをぼくのものにする)

絶対に必ずだ、と焼け付くほどの欲望が11歳の小さな騎士の胸を焦がしていた。初めての恋で成長した貴公子は、やがて苛烈にして鮮烈な英雄譚の主人公になっていくのだが、

「そーれ、わっしょいわっしょい!」

「うわーっ!? ちょっと、やめてくれって」

仲間たちに担がれていきなり胴上げされたジャロには自らの未来を思いやる余裕などあるはずもなく、しばらくは普通よりも美形で普通よりも気の弱い少年として生きていかざるを得ないようであった。

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