第147話 女騎士さんvs荒熊騎士団(その3)

戦いの数日前のことである。セイジア・タリウス、ナーガ・リュウケイビッチ、それに「影」の3人はジンバ村を守備するにあたっての作戦会議を開いていた。作戦会議、と聞くとなにやらいかめしいイメージを持ってしまうが、3人が集まったのはいつもの村の集会場で、緊迫感を持つには室内がぼろぼろすぎて、何処かのんびりした雰囲気のまま話し合いは進行していた。ともあれ、村の北方の守備をナーガが、南方をカリー・コンプ(「詳しい話は戦いのプロのみなさんにおまかせします」と不参加を事前に表明済みだった)が、セイが西方に陣取った荒熊騎士団を、そして「影」が村へと入り込んだ国境警備隊を相手にすることに決まり、ようやく一段落したところで、

「セイジア・タリウス、貴様にひとつ訊きたいのだが」

「影」が金髪の女騎士に声を掛けた。

「うむ。何なりと訊くといい」

意味も無く眩しく光るセイの笑顔から目を逸らしながら、

「貴様は何か策を用意してあるのか?」

黒い刺客は黒い声で問いかける。当然の疑問というべきだった。一人で多数を相手にするのだ。事前に準備もせずに立ち向かえるはずもなく、「影」もナーガも戦場となるべき場所に「罠」を仕掛けるための作業を既に開始していた。2人が必死になっている一方で、セイだけは泰然と構えて焦る様子も無かったので、何らかの切り札を手にしているのか、と気になって訊ねてみたのだが、

「いいや。特にないぞ」

アステラ最強の女子はけろっとした表情で言い放つと、

「いつもと同じように普通に戦うだけさ」

にっこり笑って見せたので、質問した「影」も様子をうかがっていたナーガも驚きのあまり口を大きく開けてしまう。

「普通に、って言うが、おまえが相手をする荒熊騎士団は最低でも100人はいるんだぞ? おまえひとりでどうするつもりなんだ? 1対100でどう戦うというんだ?」

声を上ずらせながらナーガが訊くと、

「ナーガ、わたしを心配してくれるのはうれしいが、その考え方は間違っている」

セイにきっぱり言い切られて、「別に心配なんかしていない」と少女騎士は顔を赤らめたが、

「わたしの考え方が間違っている、とはどういうことだ?」

若干むっとしながらさらに訊ねる。

「1対100、と考えるから無理だと思ってしまうんだ。発想を転換すれば、どうってことない、と思えるようになる」

「発想の転換、だと?」

外見と同じ黒い声で訊いてきた仕事人に「ああ、そうさ」と「金色の戦乙女」は頷いてから、

「つまり、1対100、ではなく、1対1を100回こなす、と考えればいいんだ。100人を相手にするのは無理でも、1対1なら決して遅れは取らないし、それを100回くらいならやってやれないことはない、って思えるじゃないか」

はっはっはっ、と腰に両手を当てて高笑いするセイだったが、

(そんなことできるわけがない)

彼女の答えを聞いたナーガと「影」の意見は期せずして一致した。青い瞳の女騎士はいかにも簡単そうに言ってのけたが、100人連続で休まずに立ち合うこともまた至難の業だ、と戦闘のスペシャリストである2人にはよくわかっていて、只今のセイの発言は全くの戯言だとしか思えなかったのだ。だから、

「とんちで勝利できるものなら誰も苦労はしない、もっと真面目にやれ」

「セイジア・タリウス。貴様、戦いを舐めているのか?」

と「蛇姫バジリスク」と暗殺者は金髪ポニーテールの女子をがみがみと叱りつけたのだが、

「大丈夫だって。2人には決して迷惑は掛けないから」

セイはにこにこ笑うだけで小言に取り合わずに、とうとう実戦の日を迎えていた。


「金色の戦乙女」が槍を振るうたびに誰かが必ず死んでいった。2つの細腕から繰り出される銀の刺突は敵の急所を過たずに貫く。100年に1度出るか出ないかの天才が命懸けの修練で鍛え上げた必中の技は、マズカ帝国最強の呼び声もある騎士たちを案山子同然の存在へと変え、その命を速やかに天へと返していく。

この夜、別の場所でそれぞれの戦いに臨んでいるナーガ・リュウケイビッチと「影」が、このときのセイジア・タリウスの戦い振りを見たならば、いかなる感想を抱いただろうか。2人にとってどうにも受け入れがたかった「1対1を100回こなす」のをセイが見事に実践しているのを見て、「なるほど、そういうことか」と得心するか、はたまた「これだからあいつは嫌いなんだ」と彼我の才能の差を感じて絶望するか、ふたつにひとつのはずだが、実際には起こらなかったことをいくら想像しても仕方が無いのかも知れない。

セイが何よりも心がけていたのは、ひとつの場所に留まらない、ということだった。1秒でも同じ位置にいれば敵の格好の標的となり、最悪の場合包囲されて逃げられなくなってしまう。だから、前でも後でも横でもとにかく絶えず動き続け、一人の敵を倒しても休まずに次の敵の背後に回り、その敵も倒すと今度はさらなる相手の側面を衝く、といった具合に常に「1対1」の構図を取ることを狙い、複数の騎士を同時に立ち向かうことを避け続けたのだ。とはいえ、最強の女騎士の持久力、速度、感性、その他諸々の超人的な能力があってはじめて取り得る戦法であり、後世において新米騎士に「ジンバ村防衛戦」の授業をした際には、「絶対に真似しないように」と教師は必ず注意しなければならなかったという(にもかかわらず、セイジア・タリウスに憧れて真似をしたおかげで大怪我をする新人が後を絶たなかったとのことである)。

かくして、敵陣深く突入したセイは早くも30人を仕留めたのだが、

(いける!)

大いに手応えを感じていた。ナーガや村人たちの前では表に出さなかったのだが、彼女も戦いを前にして不安がないわけではなかった。戦争が終わってからも訓練は怠ることなく継続してきたが、それでも2年以上実戦から遠ざかっていたのだ。久々の戦闘で何が起こるか分からない、と無敵の女子でも平常心ではいられなかったのだが、いざ舞台に上がってしまえば、いちいち考えるまでもなく身体は自然に動き、敵を倒すために最適な行動をとってくれた。小鳥が歌を忘れないように、わたしも戦いから離れられないのかな、と冗談半分で思うほどの余裕まで生まれていた。さらに言えば、20歳になった彼女の戦闘能力は今もなお上昇曲線を描き続けていて(「これ以上強くなるんじゃねえよ!」とシーザー・レオンハルトが嘆きそうだが)、セイにとっては出来すぎと思える戦果も、実際は能力通りの妥当なものであったのだ。そして、彼女にはもうひとつプラスに働く要素が存在した。

(まだまだあっ!)

セイの愛馬「ぶち」だ。今夜が初陣であるにもかかわらず、「彼」の動きにはまるで淀みがなく、主人の意のままに戦場を駆け、時には先を読んだかのような俊敏な身のこなしをすることもあった。

(すごい)

「金色の戦乙女」も自分を乗せて躍動する若い馬に舌を巻いていた。少女の頃から長く戦いの日々を送り、何頭もの馬と荒野を疾走してきたが、「ぶち」ほどしっくり来たことはない、と眩暈を覚えるほどの一体感を味わいもした。生まれ落ちる前に引き離された半身にようやく巡り合い、「本当の自分」というものになれたのかもしれない。

(わたしたちは)

セイは思う。

(おれたちは)

「ぶち」も思う。

(ふたりでひとつだ)

この後も長きにわたって良きコンビとなって活躍することになるセイと「ぶち」は、初めての戦場で早くも人馬一体の境地に手を掛けつつあった。そんな女騎士と荒馬のふたりを何人たりとも止められるものではなく、荒熊騎士団のうちの40人が戦闘不能に陥り、深夜の草原におびただしい屍が積み重なる。まさに向かうところ敵無し、であったが、青空の片隅を黒雲が占めるかのように、セイの胸にはかすかな不安があった。

(大将がいない)

ザイオン・グリンヴァルト。荒熊騎士団を率いる豪傑の姿が何処にも見えなかった。実を言えば、彼女も100人連続で倒せるとは思っていなくて、早い段階でグリンヴァルトとの勝負に持ち込んで決着を付けるつもりでいたのだ。団長が倒されれば部下たちは戦意を喪失するはずで、そうなれば単騎で敵に挑む女騎士の勝機はより大きくなる、と見込んでいたのだが、その点は当てが外れてしまっていた。偵察の際にも「熊嵐」の位置を確認できなかったので、一体何処に隠れているのか、と思いながら、ちょうど50人目の騎士を屠ったのとほぼ同時に、

「そこを動くな!」

遠くから野太い声が聞こえてきた。首を巡らせてみると、微風にたなびく戦旗を掲げた騎士の一群が見えた。荒熊騎士団の残存部隊であり、その先頭には黒光りする角張った鎧を装着した巨漢がひとり屹立していた。

(ザイオン・グリンヴァルト!)

男のすぐ左側で、彼の得意武器として恐れられている長大にして重厚な戦斧バトルアクスが刃を黒い土にめりこせているのを、セイはしっかりと見て取る。待ち望んだ強敵の出現に「ぶち」とともに駆け出そうとしたが、

「そこを動くな、と言ったはずだ」

グリンヴァルトが再び大声を上げたので女騎士も一旦動くのをやめる。素直に言うことを聞いたわけではなく、「何かがおかしい」と天性の勘が注意報を発しているのを感じたからだ。セイが止まるのを見てから、「いやいや、そうではないな」と「熊嵐」はぼそぼそとつぶやいてから、

「動きたいなら動いてもいい。セイジア・タリウスよ、おまえの好きにすればいい」

でかい図体に似合わない猫撫で声を出されて、セイは鳥肌が立つのを感じたが、「やはりおかしい」とさらに不審の念を強める。突然の攻撃で半分の人員が倒されたにしてはグリンヴァルトには余裕がありすぎた。大男の後ろにいる部下たちも「ひひひひひ」と嫌な笑い声を上げている。いったい何が奴らをそうさせているのか、と迷う女騎士に、

「ただし、この男がどうなってもいい、と思うのであれば、だがな!」

ザイオン・グリンヴァルトが怒鳴ったのと同時に、騎士たちはげらげらと笑い出す。混乱しながらも敵の方向を見ていたセイは、そこであることに気づいた。「熊嵐」の右側に何者かがいた。若い男性、というのはすぐにわかった。鎧を着ていないから騎士ではない。それどころか跪かされた上に後ろ手に縛られているところを見ると、捕虜だと考えるのが妥当だろう。敵陣には松明が焚かれていたが、それでも暗い夜であるのに加えて、捕らわれた人は俯いていて顔かたちを見定めることは出来ない。だが、セイには彼が何者であるかわかってしまった。当然の話だ。その人は頭に自分と同じ金色の髪を戴いているのだ。わからないはずがない。

(まさか、兄上?)

セイジア・タリウスは愕然とする。都よりもさらに遠いタリウス家の領地にいるはずの兄が何故ここにいるのかはわからない。だが、信じがたいことではあったが、セドリック・タリウスが彼女のすぐ目の前にいるのは疑いの余地のない事実であり、そんな彼が敵に囚われの身となり、その命が風前の灯火と化しているのもやはり厳然たる事実であった。






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