第66話 残されたもの

世の全ての占い師が同じであるかは知らないが、リブはテンヴィー婆さんの仕事を手伝っていたおかげで、冠婚葬祭についてある程度の心得はあったうえに、実際に儀式をしたこともあった。以前、依頼を受けて婚礼を取り行ったときに、

「あんたがいたら邪魔になる」

と裏方に回るように指示されて、「わたしだって式を見たいのに」と釈然としなかったのを思い出す。リブ以外の全員は娘の美貌を見て「絶対そうした方がいい」と老婆の意見に同意していたのだが。彼女がいると会場の視線を独り占めしてしまい、本来の女主人公ヒロインである花嫁が激怒して華燭の典が台無しになるのは目に見えていた。

そんなリブでも近しい人間の葬式で喪主を務めるのは初めてのことで、「わたし一人で大丈夫かしら」と心配しながら婆さんがこの世を去った次の日に、教会と葬儀屋を訪れたのだが、

「お話は承っております」

と向こうが準備を整えていた様子だったのに驚かされてしまった。話を聞いてみると、

「あたしにもしものことがあったらよろしく頼むよ」

と、生前の婆さんが前もって代金を支払っていたのだという。何から何まで手回しのいいことで、まるで流れ作業のように埋葬まで早々と済んでしまい、

「なんてあっけない」

町はずれの墓地の真新しいこじんまりとした墓の前でリブは呆然としていた。ついこの間まで元気にしていた人が、今は冷たい土の中で永遠の眠りについている。人の命がいかにはかないものであるか、改めて思わざるを得ない。

弔いへの不安が消えた後にやってきたのは、生活への不安だった。これからはたったひとりで仕事をしなければならないが、占いも商売である以上、自分で客を呼んでくる必要があった。自分だけでこなせるだろうか、と目の前が暗くなる思いでいたが、老婆の死から数日後、仕事を再開したその日のうちに客がひっきりなしでやってきたのに、またしても驚かされてしまう。偉大な占い師目当てで通っていた人は、未熟な弟子を相手にしないだろう、とリブは思い込んでいたのだが、考えてみれば、アステラに戻って家を構えて占いをするようになってからというもの、婆さんは仕事を弟子に任せっきりで、ほとんどの客は眼鏡の美女が担当していたのだ。つまり、老占い師の死の影響は必然的に少なくなる、というわけだ。

「そういうことだったのね」

ひとつの謎が解ければ全貌が見えてくるもので、リブは師匠の企みをようやく理解していた。婆さんは弟子が一人でやっていけるように準備を整えてから天国へ旅立ったのだ。だから、やりすぎとも思えるくらいに新たな客を開拓したのも、連れてきた客を娘に任せたのもそのためだった、というわけだ。いや、そもそも、家を買ったのも自分のためでなく、リブのためなのではないか。老女ははるか以前から自らの死期を悟って、遺された娘のために出来る限りのことをしようとしていたのだろう。

「もう、まわりくどい真似をして」

文句をこぼしたリブの目に涙が浮かぶ。口では厳しいことを言いながら温かい手を差し伸べる。彼女の愛した人はそういう心の持ち主だった、とあらためて思い起こしていた。

婆さんの思いに気づいてから、若い占い師はその死を深く悲しむことはなくなった。仕事に追われて悲しんでいる余裕がなかった、ということもあったが、人の命に限りはあっても、寄せられた愛情は消えることはない、と信じられたのが大きかった。一緒に過ごしていた間は楽しいことばかりではなかったが、今になって思い起こされるのは美しい記憶ばかりで、過ぎ去った時間はリブにやすらぎをもたらしてくれた。そして、婆さんだけでなく祖父やジェンナのこともよく思い出すようになっていた。不幸な別れ方をしたために、2人の事はなるべく考えまいとしていたのだが、

「ふたりとも、わたしにとってとても大事な人よ」

自分の中から消し去ってしまうのは間違っている、と思っていた。過去と向き合う勇気、それがテンヴィー婆さんが弟子に遺した最後にして最大の贈り物だったのかもしれない。


その日、リブ・テンヴィーは鼻唄混じりでチキの市場を歩いていた。客の悩み事を解決した帰り道の気分は上々だった。

「娘がずっと引きこもってしまって」

ある商人の依頼を受けて家を訪ねてみると、14歳の少女がこの1か月ばかり自室から出て来なくなって困っているのだという。

「開けてちょうだい」

先日20歳を迎えたばかりにもかかわらず、妖艶な色気をたたえた女占い師がささやくと、固く閉ざされたドアが少しだけ開いたので、様子を見守っていた両親は驚いてしまう。今までどんなに話しかけても無反応だったというのに。「わたしにまかせて」と言うなり、リブはひとりだけ中に入る。

「ねえ、何があったのか、教えてくれないかしら?」

散らかった部屋の中で膝を抱えて蹲っていた少女は、美女の微笑みに誘われるかのように、ぽつりぽつりと話し出した。約1か月前に出席したパーティーの場で、知り合いの同年代の少年たちから面と向かって容姿を罵倒されて、それ以来人前に出るのが怖くなってしまったのだ、と涙ながらに苦悩を打ち明けられて、

「それはひどい目に遭ったわね」

リブは同性として心から同情して眉をひそめてから、「でもね」と優しく笑いかけて、

「そんな馬鹿なやつらの言うことを聞いて泣いてばかりいたらつまらないわよ。あなたはせっかくかわいいんだから、楽しく生きた方がいいわ」

そう言ってから、少女にメイクとファッションのコツをいくつか伝授する。

「わあ」

ほんのちょっとの工夫で見違えるように美しくなった自分を姿見で確認した少女に久しぶりの笑顔が戻る。

「ね? わたしの言った通りでしょ? 世の中には素敵な男の子がたくさんいるから、あなたもそういう人を早く見つけて、恋をしたらいいわ」

「わたしにできると思う?」

もちろんよ、と笑いかけられた娘の心に確かな力が宿る。いかなる攻撃にも屈しない強い魂へと育つきっかけを、リブは少女に与えていた。

(まあ、現実的にも程があるやり方だったけど、あの子が元気になってくれたから、なんだっていいわ)

悩みを解決して家を出ていく占い師を見送る少女と両親の晴れやかな顔が、リブの心に喜びをもたらしていた。師匠みたいに人知の及ばない力は使えないが、それでも自分なりに人々を苦悩から解放することはできるはずだ。それがリブ・テンヴィーのやり方なのだ。一人で仕事をこなすようになって半年足らずで、彼女の評判は高くなり、その名は都にとどまらず、王国全土にも知られつつあった。

(さて、お代を頂いてゆとりもあるし、今夜はごちそうといきたいわね)

市場には店が密集し、屋台からは食欲をそそる香りが流れてくる。肉、芋、魚。どれもおいしそうだが、まずはお酒から選んだ方がいいかな、と考えていたそのとき、

「えっ?」

リブの顔から突然微笑みが消え失せ、ある一点を見つめたまま身体を強張らせていた。

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