第39話 女主人、シチューを作る
ノーザ・ベアラーがまかないとして出してきたのはシチューだった。セイジア・タリウスにしか作れないものに、再度挑戦してきたことになる。セイのものはホワイトシチューだが、女主人が今出してきたのはブラウンシチューだ。だが、食材を変えたところで、女騎士が作ったシチューの風味が出せるものではない、というのはオーマ、コム、チコ、「くまさん亭」で働く3人の料理人に共通した思いだった。そんなに簡単に解決できる問題ならば、ノーザも作るのに苦労はしていないし、「フーミン」の料理人もあっさりコピーできているはずなのだ。
「にらめっこしたところでどうしようもないんだから、さっさと食べておくれ」
かつて何度も失敗しているにもかかわらず、自信満々な様子のノーザを見て、
(おかみさんを信じよう)
セイはそう思い、同じテーブルを囲んだ面々も同じように思ったようだった。そして、タイミングをほぼ同じくして、スプーンで濃厚なシチューをすくい上げて口にする。
誰も口をきくことができない。食べる前から美味しいのはわかっていた。前に失敗したシチューも十分に美味しかったからだ。だが、今夜のものはただ美味しいだけではなかった。何より深みを感じさせる味わいに皆が圧倒されている。
「なんだい。なんとか言っておくれよ」
沈黙が長くなり、さすがに不安になってきた女主人に、オーマが顔を向けた。
「やりましたね、おかみさん」
付き合いの長い料理人の目に賛嘆の色が浮かんでいるのを見て、ノーザ・ベアラーはようやく胸を撫で下ろす。自分はうまくやりとげたのだ、とようやく確信が持てた。相手の喜ぶ顔が見られて初めて料理は完成する、というのは彼女の亡き夫の信念でもあった。
(すごい)
女騎士はただひたすらに感動していた。このシチューは自分と同じか、それ以上の出来映えだった。負けていたとしても別に悔しくはない。相手は彼女よりずっとキャリアのある料理人なのだ。セイが一番心を打たれたのは、女主人があきらめずに目的を達成したことにあった。大衆食堂のおかみさんにこのような不屈の闘志があることに驚き、そして喜びを感じていた。
「でも、おかみさん、よく気づきましたね」
皆が完食してから、コムが大きな顔を輝かせて店長を褒めたたえる。
「気づいた、って何をだい?」
「いや、だって、おかみさんだけじゃなくて、兄貴もおれもセシルちゃんと同じのを作ろうと、いろいろ考えたじゃないですか。それでもわからなかったのに作り方を見つけたんだから、やっぱりおかみさんはすごいですね」
心からの賞賛だったが、ノーザはあまり喜ばず、カウンターに近づくと腕を組んで話し始める。
「作り方はわりと早くに気づいてた」
「え?」
コムだけでなくオーマも驚く。
「それ自体は別に大したことはない。話を聞いたら『なーんだ』って、あんたらだって思うはずさ。ただ、わたしには今までどうしても作ることができなかったんだ」
女主人の言葉の意味が、セイにも料理人たちにもわからなかった。
「何か事情がありそうね?」
リブ・テンヴィーが微笑んだ。お悩み相談が本職なだけあって、他人の悩み事には敏感なのだ。占い師の美貌が誘い水となったのか、ノーザ・ベアラーは溜息をついてから話し出した。
「あのシチューの秘密、というか秘訣を一言で言うなら『おふくろの味』だ」
「おふくろの味?」
思いも寄らない言葉にコムが鸚鵡返しで返事をしてしまう。
「ああ、そうさ。母親が子供のために作った料理、セシルのシチューはそういうものだったのさ」
「いや、でも、『おふくろの味』というのは、家で同じ味付けの料理を食べ続けたことで、味覚がそれに合っていく、とかそういう話じゃないんですか?」
「まあ、一般的にはチコの言う通りなんだろう、とわたしも思う。ただ、わたしも子供を育てるようになってからわかったことだけど、店で客のために作る料理と、家で娘のために作る料理はまるで違う。同じにしようと思ってもそうはいかないし、そもそも同じにしようと思ってはいけないのかも知れないけどね」
皆は別のテーブルにいるポーラ・ベアラ-を見ていた。小皿に取り分けられたシチューを食べながら「おいしい!」とニコニコ笑っている。
(そういえば)
セイは思い出していた。少し前に厨房でノーザと「おふくろの味」の話をしたことが確かにあった。そして、そのときの女主人のただならぬ様子も思い出していた。
「でも、おかみさん。わたしはまだ子供もいませんし、それどころか結婚もしてませんけど」
そう言った少女をノーザはおかしそうに見つめた。
「そういうことじゃないんだ。あんた、自分がシチューを作るときにどんな顔をしているか知らないだろう?」
知るはずがなかった。まさか目の前に鏡を置いて料理をするはずもない。
「セシル、あんたとてもいい顔をして作ってたよ。何か大事なことを考えながら作ってるんだな、って想像は付いたけどね」
「そういえばそうですね。シチューを作るときのセシルちゃん、いつにも増して美少女だったなあ」
そう言ってだらしなく笑うコムを、オーマとチコは冷ややかな目で見る。
「ねえ、何を考えてたの?」
すぐ横に座るリブに訊かれて、セイは顔を赤らめながら答えた。
「わたしにあのシチューの作り方を教えてくれた人と、わたしを騎士にしてくれた人のことだ。2人とも、もうこの世界にはいないのだが、シチューを作っているときだけはすぐそばに感じられるんだ」
(オージン・スバルね)
セイは過去について多くを語ってはくれないが、師匠のことはリブもさすがに知っている。そして、先の戦争における「
「やっぱり、そういうことだったんだね」
女主人は大きく頷いた。誰かを強く思うと、それがあのシチューには表れるのだ。
「しかし、おかみさん、いったいどうしてそんなことになるんです? そんな料理があるなら、おれたち料理人の立場はないじゃないか、って思っちまいますが」
「どうしてかは知らないけど、現実にセシルがそういう料理を作ってたんだから仕方ないじゃないか」
オーマの問いかけに答えてから、ノーザは大きく息をついた。
「ただ、わたしはこれに気づいてから、『馬鹿馬鹿しい』って思ったのも事実なんだ。確かにオーマの言う通り、料理人としてたまったもんじゃない、と思ったし、気持ちがあればどうにかなるなんて、あまりにも子供じみた気がしたんだ。もう大人なんだから、そんなみっともない真似は出来ない、ってそんな風に思ってた」
感情的にまくし立てる女主人にセイたちは息を飲んでしまったが、
「でも、本当は違うのよね?」
ただひとり落ち着いていたリブ・テンヴィーが冷たさすら感じさせる声音で問いかけると、ノーザは少しだけ身体を震わせてから、「先生はお見通しなんだね」と力なく笑った。そして、
「怖かったんだ」
絞り出すようにつぶやいた。
「怖い、って何がです?」
そう言ったオーマを女主人はいつもより強く光る眼で見つめ、小柄な料理人は動悸が速まるのを感じた。
「だって、あのシチューを作るためには、誰かを思わないといけないじゃないか。わたしが一番に考えるのは、あの人しかいないじゃないか。そして、あの人のことを考えたら、あの人がもういない、ということを思い出さないといけないじゃないか」
自らの傷口をえぐるかのような痛ましい告白だった。夜更けの食堂が静かになり、そこにいる人々は寒さを感じた。もう冬がすぐそこまで来ているのだ。
「結局、わたしは、ホークが死んだのを今でも認められなかったんだ。何処かに行ってて、そのうちこの店にふらっと帰ってくる、って思いたかったんだ。だから、あのシチューを作らなかった。本当は作れるのに作らなかったんだ」
逃げていたんだわたしは、と言って、「くまさん亭」の女主人はうなだれた。いつになく弱々しい姿に、セイもオーマもなんとか慰めようとしたが、
「じゃあ、どうして作る気になったのかしら?」
リブの問いかけの方が早かった。4年前、夫の死に打ちひしがれていたノーザ・ベアラーが立ち直ったのに、この女占い師のアドヴァイスも大きく助けになっていたことを考えると、今、彼女はその時の延長戦かアフターケアをしているのかもしれない。
ふっ、と笑って、女料理人は再び口を開いた。
「セイジア・タリウスという人はいつでもわたしに希望をくれるんだ」
いきなり自分の名前が出てきたのにセイは驚き、周囲の視線が集まってきたのを恥ずかしく思い、肩をすくめた。
「まだ20歳にもならない女の子が遠くで軍の先頭に立って戦っている、って聞くと、わたしも頑張ろう、っていつも思ったものさ」
ノーザの黒い瞳が女騎士を正面から見つめる。
「そして、わたしとポーラのために戦っているのをこの目で見たんだ。あの姿を見せられたら、うじうじして、逃げてばかりいるのが情けなくなってね。わたしだって、あの人みたいに強くなりたい、戦いたい、って思ったんだ。だから、あのシチューに向き合おうと決めたわけさ」
涙をこぼしながらも前を見据える女主人の姿が、店内の人間には神々しくすら見えていた。とりわけ、セイの感慨はひとしおだった。昼間にノーザに励まされた自分が、実は既に彼女を励ましていたかと思うと、胸が熱くなり、こみあげてくるものがある。
(わたしたちはお互いに励まし合う存在なんだ。人として対等なんだ)
本当の意味でおかみさんと強く結ばれた、と少女はこの瞬間に感じていた。
「ママ、どうしたの? どこか痛いの? 泣いたらダメだよ」
涙を流す母親を心配したポーラが近づいてきていた。ああ、ごめんごめん、と微笑みながら謝ると、女主人は娘を抱き上げた。
「でも、よかった。勇気を出して作ってみて、本当によかった」
「何がいいことがあったんですか?」
そう訊いた女騎士を見てノーザは笑った。もう涙は流れていない。
「シチューを作っていて、またホークに逢えた気がしたんだ。いや、そうじゃない。ホークはいつもそばにいたことにやっと気づいた、そう思ったんだ。わたしはひとりじゃない、ってそんな風に思えたんだよ」
(ノーザさん、あなた、もう大丈夫ね)
感受性が強く心優しいリブ・テンヴィーはあふれる涙をハンカチで拭ってから、眼鏡を付け直す。大切な人を亡くした痛みから解放されることはない。だが、その痛みを背負って歩ける強さを目の前の未亡人がしっかりと手にしたのが女占い師には確信できた。これからノーザ・ベアラーの新たな人生が始まるのがしっかりと見えるかのようだった。
(やっぱり、おまえにはかなわないな、ホーク)
オーマの心中は複雑だった。女主人が立ち直ったのは喜ばしいが、彼女が亡き夫を今でも愛し続けているのがはっきりと証明されたのは、彼にとってつらい現実でもあった。もともとホークとノーザとは昔からの友人同士で、
(なに。それならそれでいい。おれはずっと彼女のそばにいて、助け続けるだけだ)
恋い慕う気持ちは今夜断ち切ることにする。だが、それでもこの店にいて、店長として奮闘するノーザを支えていく。そういう生き方もあるのではないか。そういう生き方があってもいいのではないか。小柄なベテラン料理人は平静を装いながらも、自分の生き方に折り合いを付けようと、心の中で必死でもがき続けていた。
「おかみさん、ひとつ聞きたいんですけど」
コムが手を挙げて質問してきた。
「なんだい?」
「このシチュー、これから店で出すつもりですか?」
そう訊かれて、女主人は少し考えてから、
「まあ、そうなるかね。セシルがいなくなるから、代わりの品物を出した方がいいだろうし。これからはわたしが自分で作ることにするよ」
「でも、そうなると、名前が必要になりますよね?」
大男にそう言われて、
「ああ、それはそうだ。考えておかないといけないね」
と、ノーザが視線を店の天井にやると、
「ふっふっふっ」
と女騎士が自信ありげに笑っているのが聞こえた。
「どうしたの、セイ? 変な笑い方をして?」
「リブ、それにみんな、聞いてくれ。おかみさんのシチューの名前を思いついたんだ」
(ええっ……)
という困惑が女騎士以外の全員の胸に浮かび、ノーザ・ベアラーの顔には「有難迷惑」とはっきり書かれていた。
「なんだ、みんな? せっかくのわたしのアイディアを喜んではくれないのか?」
空気を読めないセイに向かって、
「いや、だって、セシルちゃんには前科があるから」
コムが言いにくそうに告げた。
「ひどいな、コムさん。わたしを犯罪者みたいに言わないでくれ」
悲鳴を上げる少女の隣で、
(あのネーミングは逮捕されても仕方ないわね)
リブはそう思っていた。「シェフのきまぐれシチュー騎士団風」という名前をセイから聞かされたときは、思わず手にしていたグラスを落としてしまったものだった。
「まあ、せっかく考えてくれたんだから、一応聞いてみようじゃないか」
ひきつった笑いを浮かべた女主人にフォローされたのに自信を得たセイは、
「ありがとう、おかみさん。では、早速発表しよう」
こほん、と咳払いをした。不安げにそれを見つめる一同。そして、女騎士は高らかに声を上げた。
「ズバリ、『ホークとノーザのアツアツLOVELOVEシチュー』だ!」
おー、と「くまさん亭」の店内がどよめいた。
「いや、これはセシルちゃんにしてはなかなかいいんじゃないかな」
コムが腕を組んで感心し、
「確かに何かぐっときますね」
チコは大きく頷き。
「悪くないんじゃないかしら」
リブも感心した様子だ。ただ、オーマだけは表情が暗かった。
「ははは、そうだろう、そうだろう」
手ごたえを感じた金髪の娘が笑っていると、
「セシル、ちょっとこっちに来な」
ポーラを下ろした女主人が手招きをしている。なんだろう、何かご褒美でも貰えるのだろうか。うきうきしながら立ち上がって近づいてきたセイジア・タリウスの頭をノーザ・ベアラーが思い切り右の拳骨で殴りつけた。ぼこっ、と何かがへこむ鈍く大きな音が食堂に響く。
(ええっ……)
3人の料理人と女占い師の顔面が蒼白になる。一介の女料理人が伝説の女騎士をぶん殴ったのだから驚くしかなかった。
「痛たたたたた。いきなり何をするんだ、おかみさん?」
涙目で頭を押さえながら文句を言うセイに、
「セシル、あんたって子は本当に大馬鹿だね! 一体何を考えてるんだい? 大人をからかうんじゃないよ!」
ノーザは顔を真っ赤にして逆上している。
「いや、わたしは、おかみさんとご主人の素晴らしい愛を形にして残したいと思って、痛たたたたたた、痛い痛い。やめてくれ、おかみさん。痛てててててて」
途中から悲鳴が混じっているのはノーザに左の頬をかなり強くつねられているからだ。
「ごめんなさい、おかみさん。もうしません。もうしないから、ゆるして」
謝ってようやく指を放してもらえたが、女主人の怒りはまだおさまらないらしく、目は吊り上がり、顔は赤いままだ。
「ちょっといい、おかみさん?」
そんな彼女にリブが微笑みながら呼びかける。
「なんですか、先生?」
「セイの言うことも一理あるんじゃないかしら? あのシチューにはご主人の思い出が込められているんだから、それにまつわる名前をつけるべきだと思うわ。なんだったら、わたしがつけてもいいけど」
名高い占い師の命名とあれば評判も高まるはずだったが、
「いや、有難い話だけど、わたしが自分で名前を付けますから」
そう言って女主人は少し黙ってから、
「ホークのアツアツシチュー」
とつぶやいた。
「『ノーザ』は入れないんですか?」
「『LOVELOVE』は削るんですか?」
そう訊ねたコムとチコは店長に睨みつけられて慌てて顔をそむけた。やれやれ、と言いたげにノーザは溜息をついてから、
「セシルのは論外なんだけど、先生にああ言われたら仕方がないからね。それに、料理に名前を残しておけば、ここに来た誰かがあいつのことを覚えていてくれるかもしれない、と思ったんだ。そう考えれば、まあ、悪くない名前かも知れないよ」
そう言って、彼女は目を上にあげた。亡き夫が見てくれているのを心のどこかで期待していたのかもしれない。ちなみに、この食堂は「くまさん亭」という名前だが、「くまさん」というのは新婚当時にノーザがホークをそのように呼んでいたことに由来している。人前ではツンツンしていても、2人きりになると「わたしのくまさん」と呼んで、大柄なホークに抱きついて甘えることがよくあったのだ。もっとも、夫が店名を独断で決めたときには彼女の人生で一二を争うほどに激しく怒り(「きみにそう呼ばれるとうれしいから」とホークが平気そうなのでますます頭に来た)、由来を絶対に言わないように、と固く約束していた。だから、今では「くまさん亭」という名前の理由を知る人は彼女以外には誰もいない。
(まったく、恥ずかしい名前を付けやがって。あの世で会ったらとっちめてやる)
今でも時々そう思うのだが、そのたびに何故か唇に笑みが浮かんでいるのを、ノーザは知らなかった。
「すみませんでした、おかみさん」
セイが肩を落として謝ってきたのを見て、女料理人は思わず吹き出してしまう。
「なんだい、そんなに落ち込むんじゃないよ。わたしもかっとなっちまったけど、あんたに悪気はないのはわかってるよ」
そう言われても、金髪の娘の顔は晴れない。
「でも、がっかりさせてしまったんじゃないか、と思うんです」
「何の話だい?」
「いえ、おかみさんはセイジア・タリウスを尊敬しているみたいでしたから。実物を知って、さぞかし失望させてしまったかと思うと、申し訳なくて」
ふわり、とノーザがセイを優しく抱きしめていた。
「おかみさん?」
「本当に馬鹿だね、この子は。まあ、確かに思っていたのとは違ったね。思ってたより天然で、思ってたよりおっちょこちょいで」
「そんな。ひどいや、おかみさん」
「でも」
女主人は少し声を詰まらせる。
「思ってたよりもずっと素敵な子だった。本当にいい子だった。だから、本当のあんたを知ることができて、わたしはとてもうれしいんだ。他のみんなが知らないあんたを、わたしだけが知ってるんだからね」
見つめ合う2人の目には涙がたたえられている。
「セシル。あんたはここで十分頑張った。でも、もっと他にやるべきことが必ずあるはずだし、あんたの助けを待っている人が何処かにいるはずだからね。わたしにはそんな気がするんだ」
思いやりのこもった言葉だったが、セイはショックも受けていた。リヴェット修道院の院長と同じようなことをおかみさんに言われたのだ。自分には何かの役割があるのだという。だが、その役割がなんなのか、彼女にはまだ見えないままだった。
(ここもわたしの安住の地ではない)
その瞬間に、セイジア・タリウスは新たな道を歩む決意をしていた。別離の寂しさが胸にひしひしと押し寄せてくる。だが、それだけではない。自分は確かに大切な場所を守ったのだ、という充足感があった。小さな店ではあっても守り通せたのだ。そのことは誇ってもいいだろう。だから、そのときの女騎士は涙を流さず、毅然として胸を張り、
「はい」
と思いを込めて短い返事をした。女主人は頷いた後でかすかに微笑み、大切に思っていて、これからもそう思い続けていくはずの少女を今度は強く抱きしめた。そんな2人を3人の男たちと女占い師は優しく見守り、「くまさん亭」の夜は更けていった。
以下は余談である。「シェフのきまぐれシチュー騎士団風」に代わる「ホークのアツアツシチュー」は「くまさん亭」の名物料理として大いに評判を呼び、女主人が切り盛りする店は長く繁盛を続けた。その後、店を継いだ女主人の娘によって、「ホークとノーザのアツアツシチュー」と名前が変わったものの、それからもアステラ王国の人々に愛され続けた、と記録されている。一説によると、本来は「ホークとノーザのアツアツLOVELOVEシチュー」に変えるはずだったが、諸事情で断念せざるを得なかった、というが、あくまで諸説ある中の一つの説に過ぎないので、事実として受け取るべきではないのかもしれない。
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