24.虚空の中

「なぁまだつかないのか? 俺もうお腹減っちゃったーっ」

「だいぶ歩いたよな。精霊さん達は上の混乱に紛れて喋らないし、場所がわからない」

「アメリアが言ってた感じだと後もう少しだと思うんだけどなぁ……」

 真っ暗な洞窟の中を三人は進んでいく。結衣菜がつけた松明がわりの炎魔法だけが彼らの頼りだ。

 トーテからシュピーリエ砦に向かう道中、丘陵の中の辺鄙な場所から彼らはずっと洞窟の中を進んでいた。

「がぅ!」

 ガクの肩に乗った薄緑色の小さな獣は羽を震わせて小さな炎を吐く。どうやらヴィティアも退屈しているようだ。

 今が何時なのか、地上で何が起きているのかはわからない。ただ真っ直ぐ目的地に向けて進んでいくしかないのだ。

 彼らが地下を進むのには理由があった。それは騎士団の後発隊がトーテに訪れたのが事の発端だ。



***



 雪が大分積もったトーテの街。結衣菜と風はその日の買い出しをするために歩いていた。結衣菜は見覚えのある二つ結びの後ろ姿を見つけて口を開いた。

「ねぇ、あれアメリアじゃない?」

「あれ、ほんとだ! アメリアさーん!」

 風が手を振るとアメリアがこちらに気がついて近づいてくる。背の高い団員も一緒だ。並ぶと身長差がかなりある凸凹コンビは話をしながらこちらへ向かってきた。

「あれ? 見たことない団員さん! はじめまして!」

「あらキュートな子たち〜! アメリアちゃんのお友達〜?」

「ティリスのお友達よ。二人とも、彼女はジギスヴァルト。しばらく遠方任務に行っていてディクライットにいなかったけど、今回の任務のために合流したの。魔法剣部隊の精鋭よ」

「ティリスちゃんの! あの子顔広いわねぇ〜トーテにも知り合いがいるなんて!」

「あっえーっと……」

「あたし風! こっちは親戚のお姉さんの結衣菜ちゃん! ジギスヴァルトさんおしゃれー! こっち側剃ってるの? かわいー!」

「フウちゃんとユイナちゃんネ! よろしくたのむワ! あらわかる〜? いいでしょう〜!」

「お化粧も綺麗〜! 髪もツヤツヤ〜っいいなぁ〜アタシも伸ばそうかなぁ〜!」

 二人は出会ったその瞬間から何やら意気投合して盛り上がっている。キラキラしている二人を置いて、結衣菜は気になっていたことを口にする。

「アメリアはなんでこんなところに?」

「あれ、エインから聞いてない? ティリスたちの先遣隊に続いて出た後発部隊よ。ここに一泊して補給が終われば砦へ向かうわ」

「そういうことか……あっねえそれなら私たちも連れてって!」

「えっ……どうして? 残念だけど連れていくことはできないわ、危なすぎるもの」

「危ないって?」

「ティリスの予測ではおそらく……あっいや……とにかく! とにかくよ、危ないからダメ!」

「そっか……いや、そうだよね。わかったアメリア、無理言ってごめん」

 結衣菜は掴んでいたアメリアの手を離すと目を伏せる。アメリアはそれを見て首を傾げた。

「何か特別な理由があるの?」

「あっいやそんなことはないの、忘れて! ごめんねアメリア!」

「待ってよ結衣菜ちゃん! またね、ヴァルちゃん! アメリアさんも〜!」

 結衣菜は言うだけ言うと走り去っていく。風は慌てて騎士団の二人に手を振ると結衣菜の後を追った。アメリアはジギスヴァルトと顔を見合わせ、それをただ不思議そうに見つめていたのだった。



***



 かくして、シュピーリエへと向かう隠し通路を、結衣菜たちは進んでいたのだった。

「あれ? 行き止まり?」

 一番前を歩いていたチッタは先の様子に気づくとクンクンと匂いを嗅ぐ。結衣菜とガクは顔を見合わせると辺りを見回した。

 チッタが上を向いた。すると何を思ったのか、急に飛び上がったのだ。

「何してるのチッタ!」

「いってぇ〜あ、やっぱり!」

 チッタが頭をぶつけたその先には一筋の光が見えていた。ここが地下なら出口は地上につながるはず。と言うことは。

「出口だ!」

「エーフビィ・ボルデン!」

 結衣菜が土の魔法で頭上の扉をずらすと、その先には光が満ちていた。

「ユイナナイス! よーし!」

 ジャンプしてよじ登るチッタは次に結衣菜に手を伸ばす。結衣菜はその手を取り、突き当たりの壁に足をかけるとガクが下から押し上げた。

 ようやく三人が登るとそこは砦の中の一室のようだった。砦の中の位置は不明だが、部屋の中はしんとしていて誰もいないようだった。

「砦に着いたぞ! それで……どうする?」

「二人がどこにいるかが問題だな、手分けしよう。ユイナは一人じゃない方がいいな。俺は下から探すから二人は上から降りてきてくれないか?」

「分かった! 行くぞユイナ!」

「また後でね!」

 二人が部屋を飛び出していくとガクは後を追うわけでもなく扉の内側、部屋の中を振り返った。

 ガクと同じ方向を見てヴィティアも毛を逆立てて唸り声を上げた。しかし、未だ何の変哲もない部屋の奥を見て彼は口を開く。

「さて……姿を見せてくれないか?」

 虚空の景色は何も語らない。ガクの目が赤く染まり、周りに炎が生み出される。それが部屋の奥へと届く寸前、不自然に炎が揺れ、そして消えた。

「何でバレちゃったの?」

 そこに現れたのは愛らしい顔をした黒い髪の少年だ。黄金色の目は心底つまらなそうにしている。

「精霊さんたちが騒いでたからな。お前は誰だ? こんなところで何をしてるんだ?」

「あれ、僕子どもだよ? それなのに急に燃やそうとするなんて、怖い大人だなぁ」

「……そうやって幼い子供の真似をして、油断した人々の命を奪ってきたのか?」

 少年の目が鋭い光を帯びる。それは先ほどまでの愛らしいものとは真逆の性質のものだ。殺気を放った少年は眉を顰めた。

「何でわかるの? 不愉快だよ」

「そんな禍々しい殺気を放っていたらわかる。俺はお前のようなやつをつい最近、間近で見た」

「? 意味がわからないね」

「わからなくていいさ。もう一度聞く、何をしていた? お前がレイとルイをさらったのか?」

「何の話してんの。ほんと意味わかんない。僕はただ、たまたま見つけた君の顔を見にきただけだ。精霊の子がどんな顔をしているのかをね」

「俺を? どう言う意味だ」

「さっきと同じ言葉を返すよ、わからなくていい」

「……レイとルイはどこだ」

「だから言ってるじゃん、知らないんだって」

「そんなはずないだろう、お前は薔薇の魔女の仲間だ!」

 ガクは再び激しい炎を繰り出した。少年は浮き上がると急降下し、ガクの耳元に口を寄せる。

「君を傷つけるのは許されていないんだ。余計なことをしないでほしいな」

 次の瞬間、部屋の中から少年の姿は掻き消えた。まるで今まで誰もいなかったかのように。

「っ……! どこだ!」

 辺りを見回したが誰もいない。精霊たちも分からないようだ。ヴィティアも威嚇をするのをやめていた。

 逃げられた。三つ子を襲ったアルベルティーネの仲間であるあの少年を捕まえれば少しは何かわかると思ったのだ。しかしそれが失敗した以上、本来の目的を達成するしか他はない。

 ガクは扉を開けると早朝の砦の廊下を駆け出していったのだった。

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