第09話 温浴の効果
──翌朝。
私はスッキリと目を覚ますと、うーんとひとつ伸びをして、ベッドからすべり降りた。朝食と身支度を手早く済ませると、さっそく昨日のうちに約束しておいたルシーヌを呼んで、浴室へと向かう。さすがに私が直接おじい様の入浴を手伝うわけにはいかないので、ルシーヌにコツを伝えるためだ。
クレマンと同じくロシニョル家の創設からおじい様に仕えるルシーヌは、名家における女中頭の手本のような人物である。ぬるめのお湯に少し長めにつかるなど、血行を良くするコツと簡単なストレッチの方法を伝授すると。あとはお任せで、テキパキと準備を進めてくれたのだった。
*****
しばらくして。
浴室のある寝室の続きにある居間に現れたおじい様は、すっかりホコホコになっていた。いつもはきちっと後ろに撫で付けられている髪はゆるふわな半乾きで、威厳の塊のように跳ねていた口髭も、今はどこかフニャりとしている。
「いかがでしたか?」
「うむ……悪くない」
ソファにどっかりと座ったおじい様に、私はぬるめの香草茶を勧めた。
湯上がりはキューっと冷たい牛乳か麦酒を……と言いたいところだが、内臓を冷やすと効果半減である。おじい様と共にゆっくりとカップを傾けながら、私は口を開いた。
「脚のお加減はいかがでしょうか」
「ん?」
おじい様は僅かに眉を上げてカップから口を離すと、自分の膝を撫でた。
「そういえば……痛みを忘れたのは久方ぶりだな」
「まあ、良かった!」
私はカップを両手で包み込んだまま、おじい様に向かって笑いかけた。
「異国の文献によりますと、身体の痛みは温めると良いとのことですわ」
「なるほど、急に風呂など勧めたと思ったら、それを
「はい。効果があったようでなによりですわ。筋を温めることと適度なストレッチは、血の巡りを良くしてくれるとのことです」
「……ストレッチ?」
訝しげに片眉を上げるおじい様に、私は慌てて付け加えた。
「あ……ストレッチとは異国の言葉で、先ほどの軽く脚を動かして頂いた運動のことです。お風呂とそれを定期的に続けましたら、調子の良い状態を保てるかと存じますわ」
「しかし……痛みは取れても病に
「以前も申し上げましたが、お風呂で病の感染が起こるのは呪いの元があるせい……つまり、すでに感染している方と同じ湯を使った場合ですわ。きれいな水を使えば問題ないのです」
「なるほど」
おじい様はしばらく目を閉じて考え込んでいたが、やがて目を開いて呟いた。
「わしは長生きせねばならん。ならんのだ……」
おじい様はそこで一旦言葉を切ると、ひとつ咳払いをして話題を変えた。
「この風呂とは、どのくらいの頻度で入るものか?」
「毎日でも構いませんが、急に増やすとお肌などに良くないかもしれません。入浴は数日おきに留め、日々は足だけ浸かる足湯もよろしいかと思います」
「ふむ。お前の裁量に任せよう」
「はい。お任せくださいませ!」
元気よく答える私を見て、おじい様の口角が僅かに上がる。
──おじい様の笑顔を見るなんて、何年ぶりかしら。
この溢れてくる喜びは、きっとフロルの感情だ。でももう、我慢なんてしなくていいのだ。そう考えた私はおじい様におもいっきり抱きついて、またもや大慌てさせたのだった。
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