第04話 お風呂がわきました
足に古傷を抱えているおじい様にとって、痛みの増す寒さは天敵である。いつもであればおじい様の機嫌がすこぶる悪化する秋冬は憂鬱な季節だったが、今は部屋にこもりがちになってくれるのは有難い。不審に城内をウロウロしていても、見咎められずにすむからだ。
浴室に到着すると、準備はすっかり整えられた後だった。
「ありがとう!」
私が礼を言うと、リゼットはもじもじとして僅かにはにかんだ。まだちょっとフレンドリーな感じに慣れないのだろう。
私は水門を開けて浴槽になみなみと水を注ぎ入れると、腰をかがめて指先を水面に浸した。冬も近い季節の湧き水は冷たく、一瞬にしてかじかむほどである。
「お嬢さま、やはりお湯を沸かしてきませんと……」
心配そうに声を上げたリゼットに、私は笑って答えた。
「水風呂に入ろうっていう訳ではないのよ。こうするの」
「
私は呪文を唱えて指先に小さな炎を灯すと、そのままポイっと浴槽の中に投げ入れた。法術の炎は水中でもなお赤く燃え続け、瞬く間に冷水を湯に変えてゆく。
私は浴槽へ屈むようにして手桶でざぶざぶと湯をかき混ぜると、指先で適温を探った。貴族といえど、同年代でこれほど繊細に法術を使いこなしている子どもはめったに居ないだろう。フロルちゃんも、これまで伊達に暇を持て余していた訳ではないのだ。
そういやさっきの洗濯のときは、うっかりこのこと忘れちゃってたな。近付く冬に素足で水仕事はどんどん辛くなるだろうし、次からは忘れないようにお湯にしてあげなきゃ。
「うん、そろそろかな」
私は満足そうに頷いて立ち上がると、服を脱いでリゼットに手渡した、早くたっぷりの湯に身を沈めたいところだが、まずは汚れた身体をしっかりと洗わなければ。
椅子に座った私に手桶でたっぷり湯をかけたあと、リゼットはぬか袋のようなもので私の全身をくまなくこすり始めた。底冷えする石造りの浴室だが、部屋の隅の暖炉と蒸気でぽかぽかである。
しばらくして体を洗い終えると、私はさっき作った小麦粉シャンプーの容器を手に取った。
ちゃんと頭皮につくよう麦シャンを頭にかけると、マッサージをするようによーく揉み込んでいく。
ようやく納得がいくまで揉み込むと、今度はすすぎの番である。リゼットの手も借りて、小麦粉が残らないようしっかりとすすいでゆく。
なんとか完全にすすぎ終えると、残り湯はすっかり冷めてしまっていた。私は再び
風呂を出る準備をしにリゼットがいったん退出したところで。私は洗い髪をまとめ上げると、いそいそと浴槽に足をつっこんだ。
「うあっっつい!!」
……調子に乗りすぎたようだ。
私は水門を開け水を少し追加すると、今度は慎重にかき混ぜて温度を調整した。適温となったお湯に満を持して身を沈めると、じゅわっと染み入るような温もりが身体を芯から温めてくれるようである。
湯の中でぐーっとひとつ大きく伸びをすると、長いベッド生活で凝り固まった筋肉が心地よい痛みと共に解れていくようだ。
私は吐息ともため息ともとれる息を大きくひとつ吐くと、改めて自分の両手をじっくりと眺めた。
白くてか細い、少女の手。
「やっぱり現実、なのかな……」
私は浴槽の湯を両手にいっぱい
「ミヤコの記憶が目覚めた理由は、何だろう」
これまでの
「まあまずは、手当たり次第できそうなことをやっていこうかな」
私は両手で挟みこむように、ぱちんと自分の頬を叩く。そうしてひとつ気合を入れると、すっと湯舟から立ち上がってリゼットを呼んだ。
*****
リゼットの手によって髪がお手入れされて行く様を、バスローブ姿の私は食い入るように見つめていた。脂ぎっているのになぜかパサパサと広がる赤毛は、つい先刻まで、まるで使い込まれた
ところが、なんということでしょう。
「お嬢様のご快癒のお祝いとして、モルコ卿から届けられたのですよ」
そう言ってリゼットが差し出したのは、葡萄種子油の小ビンである。
半乾きの毛先へしっかりと油を揉み込んで、
燃えるような血赤の髪と対照的に、涼やかなミントグリーンの瞳。抜けるように白い肌には鼻の頭に微かにそばかすが浮かんでいるが、軽く化粧をすれば簡単に隠れるくらいだろう。
──我ながら、まるでお人形のようじゃない?
現金な私は、この人生も悪くはない気がしてきたのだった。
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