命名:ノーコン

 何か騒ぎ始めた喪女様である。


「だからこの子はモテる……ってそうじゃない! なんであんたと会話できてんの!? いつから!?」


 ようやく気づいたか。まだ完璧ではないものの、意思疎通レベルになったのは皇都に移動を開始した頃からに決まってるだろう。それより前から若干通じ始めてたが……特に悪口には反応できてたな。


「決まってるんだー……じゃなくて! そもそもなんで私の知らない情報まで知ってるの!? っつーか、以前から気のせいじゃなかったんじゃないの! 騙したわね!?」


 なんで会話できるかといえば、恐らく俺がお前をこの世界に引っ張ってきたからだな。

 お前の世界では『何かしらの影響』があったのかは定かでないにしろ、この世界のことを『受信』出来る人間が居たんだろう。その結果、この世界を基にしたゲームもできたし、俺はそのゲームが売れていく様も、人気が上がっていく所も知っていた。それが情報通の理由だな。

 あと騙してはない。まだそこまで意思疎通のレベルが上がってないに関わらず、聞こえてないはずのお前が聞き取れていたのがおかしいだけ。前世は電波でも受信できたんじゃね?


「……嘘」


 嘘じゃねえよ。ちゃんとお前の魂をこちらの……


「いやあああああああああああ! 痴漢! 変態! スケベ!」


 あのなぁ、四六時中お前を監視してるわけでもねえし、そもそも目で見てるわけでもねえんだよ。

 大体にして精神生命体である俺が、お前の何の何に興奮するってんだ? 目すらねえのによ? 興奮しろってのが間違いだってんだよ。そもそもその体は喪女さんの体ですら無いだろうが。


「ぐ、ぐぬぬ……」


 ちなみに現状、お前のお祖父様が出してくれたこの迎えの馬車の中に、お前さんは一人乗ってるわけだが……今までの奇声は全て御者に筒抜けだろうな。


「いやっ……! あんたねぇぇぇ……」


 悲鳴を押し留めるとか、器用な奴だなお前。


「あんたがどうやって魂を引っ張っていったかとかは置いといて、」


 良いんかい。


「問題はこの子、この子の命よ。私ってば、体を奪って殺しちゃったりしてないでしょうね……?」


 それは違うな。その子の命が予定外に失われそうだったので急遽お前を突っ込んだのが正解。


「じゃあ良いのか……って、あれ? それって、逆に私が死ぬ原因になったりしたんじゃないの?」


 それも違う。あのタイミングで死んだ人間の中で、丁度良さそうなのを見繕ったんだ。


「丁度良い……って?」


 この世界のことをよく知ってそうで、その上生きるのに貪欲な、かつ精神的にも図太そうなやつ。


「舐めてない!?」


 割と馬鹿にできないんだぜ? この世界のこと知らないやつを連れてくると絶望して首くくるやつだって居るんだ。

 逆にぶっ飛んだやつだったりすると、好き勝手振る舞って、挙句国を滅ぼしたりな。


「うわぁ……」


 限られた短いほんの少しの時間でシミュレートし、なるべく被害の少ないやつを選ぶ必要があるんだよ。


「なるべく……ってことは被害はどの道出るのね?」


 お前はゲームの形でこの世界のことを知っているだろう? アレがある意味正常な形だとしたら、選ばれなかった未来はある種壊れているとも言い換えれる。選ばれない未来のことはどの道知覚しようもないから、気にする必要はない。


「助言とかはくれるの?」


 それは無理だな。何を選んでこうする、っていうのは既にお前さんの未来であって、俺の範疇にない。

 そもそも、あのゲームは『この世界で起きうる可能性の何か』であって、俺の作ったものじゃないしな。たまたま感受性の強い人間がこの世界の可能性を嗅ぎ取って形作っただけだ。

 それに他の人間の行動は、俺は見えててもお前には教えられない。俺は中立の立場の存在だからな。


「そっかー……あんたにもできないことやわかんないことがあんだね」


 そういうこと。ま、お前さんの知ってる程度のゲーム内の知識のすり合わせや、未来に全く関係のないユーザーレベルの裏話位なら教えてやれるがな。


「そういうところはチートだね」


 お前も俺との会話はできるだけ控えたほうが良いぞ。変な人まっしぐらだ。


「うっさい、ノーコン」


 ノーコン?


「脳内コンシェルジュ、略してノーコン」


 センス無いなーおまえ。まぁ良いだろ、以後俺はノーコンだ。


「え? 言っといて何だけど、それで良いの?」


 で、お前は喪女な。


「フローラよ! フ・ロ・オ・ラ!」


 風呂オラさん、了解っす。


「むっきー!」


 喪女さん、後ろ後ろー!


「ぐぬぬ……御者さんがいるのよね」


 わかったようで何よりだ。


 皇都までの道のりは遠いといえば遠かったが、安全な道のりで馬車も快適だった。……唯一御者の訝しむ視線が痛かっただけで。


「誰のせいよ誰の」


 喪女さんに決まってるじゃないか。ねぇ? 風呂オラさん?


「……はぁ、もう良いわ」


 そもそも精神体だって言ってるんだから、声に出さずとも心の声で意思疎通出来るってわかるもんだろうに。


(……もっと早く言いなさいよ!)


 風呂オラさーん、顔顔ー。


(性格悪いわね……)


 ま、お前の分身みたいなものだから。


(え!? マジで!?)


 うぅっそん♪


(殴りたい……)


 皇都についたフローラは、早速寮の門をくぐり、門衛と挨拶を交わす。


「新入生かな? 入学証を見せてもらえるかな?」


「あ、はい。どうぞ」


「ふむ……君の寮は右手最奥から」


「あ、二番目のサードニクス寮ですよね? ついたら寮監さんに案内してもらいますので大丈夫です」


「おや、知っていたのか。では案内は大丈夫だね?」


「はい、大丈夫です!」


 余所行きスマイル半端ねー。


(っさいよ)


 等とこちらに悪態をつきながら、余所行きスマイルはなんとか保ちつつ、サードニクス寮に向かうフローラだった。

 ちなみに寮は虹の色に対応していて、アメジスト・アイオライト・アクアマリン・ペリドット・シトリン・サードニクス・ガーネットの7寮。それぞれが皇族・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士爵及び平民の入る寮となっている。

 あまり高価な宝石が当てられていないのは、学院設立時に皇家が「色に貴賎無し」と言ったがためとも、虹色に対応させた弊害だとも言われている。

 まぁ卒業後、何となくそれぞれのカラーが決まってるような感があるのは否定できないが。


「こんにちは。サードニクス寮寮監のオランジェよ」


 イメージカラーというわけではないのだろうが、燃える朝焼けを思わせるボリュームのある長髪をもつ、優しい雰囲気の女性が現れた。


「はじめましてオランジェ様。クロード男爵家長女、フローレンシア・クロードと申します。以後お見知りおきを」


「おや、丁寧な挨拶ですね。その様子ですと私のこともご存知なのでしょうね」


 おっと、紹介されてもないのに早速やらかしなのか喪女さん!?


「(うっさい!)えーおほん。バーリントン伯爵夫人のお噂はかねがね……。母ステラより色々伺っております」


「ステラ……ああ、なるほどステラ・ハトラーのご息女か。であれば遠慮は要らないな。しかしながら我が友のご令嬢だからとて遠慮はせぬよ?」


「はい! ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします!」


「よろしい」


 母の名前を聞いたオランジェ女史は、柔らかい雰囲気を一転、どこぞの軍曹殿ですか!? と問いかけたくなる雰囲気を醸し出し、満足そうに頷いた。どうやらファーストコンタクトは無難な結果に終わったようだ。ちっ……。


(舌打ち!?)


 オランジェ女史は寮に入ってすぐの所でフローラに待つように言うと、受付のようなブースへと入り、何かのボタンを押した。それぞれの部屋の呼び出しボタンか何かだろうか?


『はいっ! なんでありましょうか! 寮監様!』


「声がでかい。品がない。舐めているのか?」


『ひぃっ! ……はい、こちら205号室パルフェです。何か御用でしょうか? バーリントン夫人』


「今日先程、貴女と同室となる娘がやってきました。色々教えてあげなさい」


『うおお! マジっすか!? うちの部屋にもついに後輩が!』


「……パルフェ・ショコラータ」


『うひぃ! すんません!』


 低くなったオランジェ女史の底冷えしそうな声が響き、その威圧感が質量を伴いそうになる頃、パルフェという女の子は一方的に通信を切り(それも怒られる要因となりそうだが)……全速力でエントランスへと駆け下りてくると、それはそれは見事な土下座を披露するのだった。もちろん、走ってきたことも含めて、ただで済むわけもなかったが。


(にしても美味しそうな名前よねー)


 そうだな。……俺は食えないからわかんないけどね。

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