1月25日 夏八木 蒼

 夏八木蒼はマウスから手を離した。

 文字通りに頭を抱えて、低くうめいた。

 天井を見上げる。

 季節はずれの蚊がとまっているらしかった。

「どういうことだ」

 つぶやきを耳にする人間はいない。

 立ち上がって、窓に近づく。カーテンを開けると冬の町が見える。

 電柱の染み、電線のカーブ、「止まれ」の道路標識、青い自動販売機と青いゴミ箱。いつもと変わらぬ風景だ。

 窓を開ける。冷気が顔に触れる。

 目をつむって深呼吸をすると、肺にまで冷たい空気が入り込む。

 目を開けた。景色は変わらない。いつも通りだ。

 世界にはなにも事件は起きていないらしかった。

 なぜか夏八木のUSBフラッシュメモリが開けないことをのぞいては。

 迷ったが、夏八木は細く窓を開けたまま、パソコンの前に戻る。一度、シャットダウンする。画面が消えるまでの時間がやけに長く感じられた。

 グリーンのフラッシュメモリを抜いて再び、パソコンを起動させる。ゆっくりとフラッシュメモリを差し込む。反応があった。

「よかったぁ」

 左の拳を天に突き上げる。右手でマウスを操り、執筆中の原稿のファイルを開こうとする。

 だが、データはすべて消えていた。

「どういうことだよ、これ」

 夏八木は卓上カレンダーを見る。

 一月一日から一月二十四日まで、1から24までの数字は赤いバツ印で消してある。確かめるまでもなかったが、今日が一月二十五日であることは明らかだった。

 壁に目をやる。31にしたままの日めくりカレンダーは、当然ながら、31を示していた。締め切りは動かない。これも事実だ。

「三十一ひく二十五は……はぁ」

 夏八木はため息をついた。

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