1月16日 白井 冬至朗

 白井冬至朗は大学の隅で、たき火をしていた。もちろん、構内での火気使用は制限されている。重大なルール違反だ。

「キャンプ流行ってますけど、まさかその手の流行にのっかるとは思ってませんでしたよ」

 炎と呼ぶには申し訳ないほど小さな熱源に手をかざしながら、緑川が言う。

「オレは火が好きなんだ。生まれが冬だから」

 冬至朗という珍妙な名前は、冬至の日に生まれたからつけられた。「朗」にするか「郎」にするかで大喧嘩した、と両親は笑って聞かせてくれた。

 問題はそこではないだろう、と子どもながらに白井は思った。中学生ぐらいまではからかわれることもあった。だから、好きな名前ではなかった。

 高校に進学すると名前に触れてくる人間はぐっと減った。同級生は冬至朗という名前についてなにか言うことは、センスのない人間だと告白するようなものだといった認識だったらしい。

 口にするのは教師らと、白井に好意を寄せる女の子たちだけだった。

 いや、「女の子」だけではなかった。何人か同姓からも恋愛感情めいたものを寄せられたことがあった。

 白井の年の離れた姉、寒露は女性が好きだった。寒露というこれまた妙な名前は、二十四節季に由来する。

 絶好のからかいの的になりうるような名前を子どもにつける親だから、寒露の考えにも両親ともに寛容だった。今、寒露は結婚せずに同姓のパートナーと共同生活を送っている。

 理解あるいい大家さんの物件が見つかったの。あんたもそういうことになったらおいで。

 姉の嬉しそうな顔を、白井はよく覚えていた。

「なに雪国出身みたいなこと言ってるんですか。生まれは東京でしょう、だいぶ田舎ですけど」

 緑川の声に、白井の回想はかき消された。

「火って、素敵じゃないか」

「先輩、それ危ない人がいう言葉ですよ」

 手をこすりあわせて、緑川がからかう。

「いや、火には原始の人間に刻み込まれたなにかがあるんだよ」

 足下の枝切れを拾ってながめながら、緑川が言う。

「もしかして、まじでスピリチュアル系のやばい団体にはまってたりしませんよね? 壺とか買いませんからね」

「いや、心配させて悪かった。そういうんじゃないよ」

 白井も火に右手をかざした。左手はジーンズのポケットに突っ込んだ。

「緑川は誰かを恨んだりするか」

 妙な間の後で、返事があった。

「ありますよ。人間なんで。トウジロウくんもそうでしょ」

「その言い方、久しぶりだな。最近は周りに誰かいなくても白井さんだったのに」

「嫌ですか」

 火のそばでしゃがんでいた緑川は白井を見上げた。白井は小さく首を振る。

「いや、嫌いってことじゃないが、この歳でくんづけは厳しいんじゃないかって思ってる。ましてやオレは緑川たちよりも二つも上だ」

「別に関係ないですよ」

 つまらなそうに緑川は口にした。

「オレはそんなに恨んだりしないんだ。別にいい人だって主張したいんじゃない。なんだろうな、強い気持ちが持てないんだ。プラスにせよマイナスにせよ。持てても持続しない」

「マイナスは恨み、プラスは恋とかってことですか」

 少し考えてから、白井はうなづいた。

「そうだな。そういうことかな。よくわかんないけど」

「恋しないんですか? 好きな人いないんですか?」

 はは、と白井は照れ笑いと苦笑いを混ぜたもので逃げた。

「お前こそ、どうなんだよ」

「しますよ。そういう意味じゃ、たちが悪いほど情熱的な人間なんです」

「ほんとかよ」

 煙をよけるようにして、緑川は顔をそむけた。

「冗談です」

「ならいい」

 できてしまった居心地の悪い空気を打ち消すように緑川が口を開いた。

「確かに妙に達観しているというか、枯れているところありますよね。もう人間五回目ですって感じで」

 奇妙な言葉に白井は首をひねった。その様子をみて、緑川は説明を加える。

「前世も、その前もその前も、ずっとずっと人間だったんですよ」

「お前の前世は?」

 んー、と緑川は枝で地面に落書きをしながら「なめくじですかね」と答えた。

「なんだよ、それ」

「塩かけると消えちゃうんです。それくらいギリギリで今、人間させてもらっているんです」

「それはいい。神様か仏様か閻魔大王様かしらんが、死んだら来世はなめくじにしてくれって頼もう」

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