12月31日 夏八木 蒼
夏八木蒼は三分おきにケータイをチェックしていた。
今年一年お世話になった人に送ったメールの返事を待っていたのだ。
山下、戸田、斉藤、青崎。
別に返信を期待していないやつらからはリアクションがある。返事が来てほしい人ほど、反応がない。
「別にいーけどな」
ひとりごとを口にすることが今年は増えていた。一人暮らしすると、ひとりごとを言うようになるという従兄弟の言葉を実感する。
上り線のホームは人が少ない。夏八木のいるのは、ホームの一番端だ。この寒空の下、改札から、わざわざ奥まで歩いてくるような奇特な人物は夏八木以外にはいないらしい。
改札を入ってすぐのところに家族連れが、ホームなかほどにあるイスには太った中年男と制服姿の女の子がいた。線路を挟んだ向かいの下り線のホームには、やたらと男女のカップルが目立つ。
快速列車の通過を報せるアナウンスが流れたとき、夏八木のスマートフォンが震えた。差出人の欄を一目見てて、ため息が漏れる。ランダムなアルファベットと数字が並ぶ、迷惑メールだ。タイトルは「若い男に飢えています」。
「送るやつを考えろって、馬鹿が」
またひとりごとが出た。また息を吐いた。
「息が白いや、冬だからな」
夏八木が待ち望んでいるのは、桃野千秋からの連絡だ。
猛然と快速列車が通り過ぎる。ふいに背後に気配を感じ、夏八木は振り返った。もちろん、誰もいない。薄汚れた壁があるだけだ。
もしも誰かが自分の命を奪おうとしたら、簡単なんだな、と夏八木は思った。半径一メートルの距離に死はある。
夏八木の周りでは、ほとんど毎日、誰かが亡くなっていた。もちろん、現実の世界のことではない。夏八木の趣味は、推理小説だった。読むだけではあきたらず、自ら書くほどのめり込んでいる。
一ヶ月後、来年の一月三十一日に締め切りの賞にむけて、新作の構想を練っているところだった。自信作を投稿して、桃野に気持ちを打ち明ける。そう夏八木は決めていた。
「一月三十一日、あと一ヶ月か」
まだ桃野からの返信がないスマートフォンを見ながら、夏八木はつぶやいた。
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