淑女の嗜み(物理)
「本気で使えませんわね」
《ボロクソ!?》
吐き捨てるようにそう述べたエリザベスを見て、須美香は思わずガーンとショックを受けたリアクションを取る。そうしつつも、まあそれもしょうがないかと肩を落とした。
現状、この世界のことを分かっているのは間違いなくエリザベスの方だ。須美香では精々が乙女ゲームに近い世界であることと、悪役令嬢は既に断罪済みであることくらいしか分からない。
そこまで考えて、ああそうだと生首を見た。
《エリザベスは一体何やらかしたの?》
「呼び捨てとは、随分と偉そうな物言いですわね」
《あたしボディですからね! 同一存在同一存在!》
「はぁ……分かりました、許しましょう。それで、わたくしが何をしたか、でしたね」
そうは言っても別に大したことはしていないと彼女は述べる。自身の婚約者に寄ってきた薄汚い雌豚を排除しようとしただけだと言い切った。
《……紛うことなき悪役令嬢……》
「ふん、そんな市井の娯楽書物に出てくる脇役と一緒にしないでくれるかしら?」
《えー……? じゃあ何がどう違うの?》
「わたくしはあれをこの手で始末せんと動きましたわ」
《……んん?》
彼女曰く、みみっちい嫌がらせなど愚の骨頂、やるならばしっかりと息の根を止めるべきだと真正面から件の令嬢を害しに掛かったらしい。アウトである。
《断罪されるべくしてされたかぁ……》
「何を言っているのだか。極刑にされた理由はわたくしの身に覚えのないものばかりでしてよ」
《例えば?》
須美香の問い掛けに、エリザベスはげんなりとした表情を浮かべる。いわゆる悪役令嬢らしいみみっちい嫌がらせの数々と、それと相反するような犯罪に手を染めた証拠の数々。それらを使って、婚約破棄と断罪が行われたのだと述べた。そこに別段元婚約者達相手の特別な感情は見受けられず、納得がいかない理由も須美香の思っているそれとは随分違うように思えた。
《エリザベス》
「何?」
《エドワードのことは、いいの?》
「……婚約破棄された時点で、彼とはもう繋がりはないもの。わたくしよりあの雌豚を選んだのならば、それで割り切るだけよ」
《お、おう……》
何だこの悪役令嬢。須美香はそんなことを思ったが、口にはしない。が、そこで彼女はふと疑問に思った。それならば、何故。
何故、アンデッド(仮)になってまで彼女は現世に留まっているのか。
「でも、そうですわね」
そんなことを思った矢先、エリザベスは少しだけ遠い目をして言葉を紡いだ。強いて心残りがあるとすれば。
「わたくしの断罪に関わった連中をぶちのめしたい、というのは否めないわ」
《復讐!?》
「人聞きの悪い。ちょっとした、そうね、仕返しですわ」
殺す気はない。言外にそう言っているような気がして、須美香はほんの少しだけ安堵する。現在の彼女はエリザベスの体。このまま復讐の殺戮劇に巻き込まれるのは勘弁願いたかったのだ。
さて、とエリザベスが息を吐く。空気が変わったのを感じ取ったのか、須美香も首のない体を思わず強張らせた。
「とりあえず、ここを出ましょう」
《首なし死体が街を闊歩してたら大問題じゃん……》
「乗せればいいでしょう? ほら」
やれ、と言わんばかりに彼女が目で促す。いや乗せてもすぐ落ちると思うんですけど。そんなことを思いながら机の上の生首を持ち上げた須美香は、ガタンという音に動きを止めた。
ここは死体安置所。罪人の死体が一時的に置かれている場所だ。当然、こんな深夜に生きた人間がいるはずもなし。もしいるとしたら死体あさり目的の盗人か何か。
あるいは、生きていないのに動くものか。
「……ふむ。わたくし以外にも動き出す死体がいたようですわね」
《言ってる場合かぁ! ここ乙女ゲームの世界だよね!? 死にゲーアクションRPGじゃないよね!?》
「わけの分からないことを言っていないで。幸い動いているのは一体、手早く片付けましょう」
《ごっつ冷静ですね!? 公爵令嬢の死体がゾンビ相手に何出来るっつーのよ!》
わたわたとテンパる須美香に対し、エリザベスはあくまで冷静に緩慢な動きで一歩ずつ歩いてくるゾンビを見やる。そうしながら、何を言っているのかと呆れたような口調で言葉を紡いだ。
その体はこのエリザベス・マクスウェルのもの。であるならば、あの程度の存在恐るるに足らず。
《マジか……》
「出来ないの? わたくしの体の癖に」
《いやちょっと待って!? ……えーっと、あー、確かに何かすげースペック高いのは分かる。分かるけど》
きちんと動かせるかは話が別だ。どれだけ高性能マシンでもパイロットがへっぽこならば意味がない。一応やけくそでゾンビに向かってヤクザキックを打ち込んだらアクション映画みたいに飛んでいったが、それくらいである。
「役立たず」
《そうですね! あーちくしょう、どうすれば――》
ん、と周囲の靄を見る。これが自身の五感を補ったりしているのは知っているが、では何故知っているのか。そこに思い立ったのだ。この体になった時点で、最初から分かっていた理由があるとすればそれは。
アンデッドとしての、己の本能ともいえる部分だからではないか。
「ん?」
生首を掴む手に力が入った。両の手でそれをしっかりと固定させると、須美香はゆっくりと首にあてがう。外れていたパーツをつけ直すように、そこにカチリとはめるように。
靄が首に、エリザベスと須美香の境界線に集まっていく。それは一つの輪となり、装飾の施されたチョーカーに変わった。手を離しても、エリザベスの首は落ちない。試しに首を回してみても、勢い余って転がることもない。
「やれば出来るではないですか」
「いやぁ、ダメ元だったんだけどってあれ?」
エリザベスの口から、異なる口調の言葉が発せられる。目を細めて確かめるように声を上げた後、彼女は須美香にも喋るように促した。結果は思った通り、須美香の言葉が、エリザベスの口から飛び出す。
「繋げるとそういう弊害があるようね」
「弊害は酷くない?」
「一人芝居で会話をするなど、ただの狂人でしょう?」
「いやもう動く死体な時点で今更じゃないかなぁ……」
同じ口から言葉が出ている程度、他の要素に比べれば随分とマシだ。そう言われてしまえば、エリザベスといえども頷かざるを得ない。まあいい、と気を取り直すと、体を自身の思い通りに動かせることを確認した。繋がったことで主導権を得ることに成功したのだろう。
「あ、でも多分あたしはあたしでこの体動かせるよ」
「そう。では動く必要がないならば大人しくしてなさい」
「へいへーい……」
文句がないとは言わないが、元々これはエリザベスの体だ。先程の言葉は必要な時は動かしてもいいという意味にとっても問題ないため、須美香はとりあえず素直に頷く。
そうしながら、あのゾンビはどうするのと問い掛けた。ゆっくりと起き上がり、再びこちらに迫ってくるそれを、見た。
「どうするもなにも」
足に力を込める。一足飛びで距離を詰めたエリザベスは、躊躇うことなく首をへし折る勢いで回し蹴りをぶっ放した。ゴキリと嫌な音を立て、ゾンビの体が吹っ飛んでいく。が、相手は死体。その程度で動きを止めるはずもなし。
はぁ、と彼女が溜息を吐く。タン、とステップを踏むような動きで舞い上がると、ゾンビの顔面に踵落としをねじ込む。幸か不幸か、彼女の死装束はきちんと靴が履かされていた。おかげで死体の顔面を蹴り潰しても負担が少ない。再度倒れたゾンビの頭を踏み潰して肉塊にする時も同様である。
「さて」
「ちょちょちょ!」
「なんですの鬱陶しい」
「何なん!? 何でそんな冷静にゾンビ始末できるわけ!?」
自身の口から溢れ出る須美香の言葉に、エリザベスは溜息を吐いた。何故も何も、と呆れたような表情を浮かべた。
「淑女の嗜みとして当然でしょう?」
「あたしの知ってる淑女じゃない……!」
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