第30話 リフニア国の崩壊

 異変は毒のようにじわじわと広がってきた。リフニア国の崩壊のはじまりだった。




「エリク王子、川の水が緑になってしまいました。もう飲み水は備蓄分しかありません」


 水の貯えは以前から行っていたが、国民はパニックを起こしていた。


「エリク王子様、もう井戸からも毒が溢れているとの報告があります」


 庶民の中で毒に当たって死者が出はじめた。


 庶民は回復魔法を知らないこともある。まして、毒の治療は個人でできる者は少ない。国家回復師を派遣したが、それでも手が足りない。


「王子大変です。地盤沈下した家屋が多数報告されています」




 僕にばかり頼るなと言いたい。詠唱団は惨殺され、毒の沼地化が進むこの国で騎士は役に立たない。


 土地の管理はもう半ば諦めた。土木作業が魔法でなく人の手でやらなければならないとなると、時間と労力が必要だ。




 しかも、地面から湧き出てくる毒の対策をしながらの作業は、ほぼ不可能に近い。




「オーバン王、もはや亡命するよりほかはないかと存じます」

 ある日、側近モルガンがそんなことを口走った。父上は、目を血走らせて僕を殴った。


「お前が勇者に手を出したのがそもそもの間違いだな」


「父上は勇者召喚に賛成の立場だったじゃないですか? 僕は勇者召喚をやむなしと判断しただけで」




 僕は、頬をこすりながら訴えた。勇者! 勇者! 勇者! あの情欲うじ虫勇者のせいで、リフニア国は終わりだ。




「アデーラが勝手な行動を起こしたせいです。毒さえ盛れば引き返すように言いつけたのをあの女は守らず、わざわざ勇者の前に姿を晒したのです。確かに、勇者を射ることについて、ほかのよい弓の名手をすぐに整えることができなかった僕の責任でもありますが」




「もういい。お前は何をやらせてもだめな馬鹿息子だ」


「父上、あまり僕を罵倒するのは、やめてもらえますか? まだ、手はあるんですよ」


「勇者に毒を盛ったとか言ったが、奴は一向に現れんぞ。それに、お前は指定場所が悪いな。奴はもう拷問にはこりごりしているのだろう。奴は処刑する側に回りたいのだ」


 僕は黙って聞いていたが、父上は面白いことを言うなと思った。勇者ははじめ被害者だったが、加害者に回ったということ。


 このうじ虫のような心理はまさにうじ虫のキーレに相応しいと思った。


 そして、まだ切り札もこちらの手にあるというのに、父上は取り乱し過ぎだ。




「父上、マルセル姫蘇生が成功するのはほぼ確実です」

 父上はこの計画のことを苛立たし気に否定する。




「そのために、お前は魔王の四天王の力を頼った。なんたることだ。これでは、勇者召喚以前の世界に戻ってもおかしくはないぞ」




 僕は父上を何としても説得するつもりだ。マルセル姫との愛を再び取り戻したいだけでなく、勇者キーレをさらに苦しめられる。



 マルセルは肉体こそ失ったが魂だけはこの世に留める魔術「霊魂留印れいこんるいん」を生前のうちにほどこしていた。




 彼女は、今も僕の寝室で人形となって座っている。いずれ人としての身体も取り戻してやるつもりだ。




「四天王は、勇者に敗れた後一度地獄に落ち、今は以前より力が弱まっております。なので、彼らがこのファントアの世界を侵略することはないと思います」




「あれは、悪魔とほぼ同義語だ。お前には頼ってもらいたくはなかった」




 そう、確かに魔王の配下の四天王とは悪魔や、魔物、ドラゴンで構成されている。


 それに頼ることは同じく悪魔の所業。現に僕の身体に四天王の一人を住まわせている。


 父上はそのことを知らない。




 だから、今のうちに父上を消し去ってやるとも。




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