カボチャは転移(と)んだよ異世界に

ゆにえもん

第0話 プロローグ

 蔦が絡みつく悠久の古城。

 半壊し、吹きさらしとなった最上階にて、世界を救う者に選ばれた少年が、最後の敵と対峙していた。


「はあああああぁぁぁぁッ!!」 


 勇者の研ぎ澄まされた斬撃は、敵の腹部に命中した。穢れ無き伝説の剣は、外壁から徐々に顔を覗かせ始めた暁光ぎょうこうに反射し、まるで雷光のように閃く。


「うぐっ!」と、かぼちゃ頭の小人は声を漏らす。


 致命的な一撃を受けたかぼちゃは痛みに耐えきれず、胃袋から昇ってきた血反吐をぶちまけ、その場にくずおれた。


「なぁ、もう終わりか?」


 ガチャガチャと鎧の重苦しい音を響かせ、銀髪の少年はかぼちゃ頭のもとへと歩み寄る。


「早く立てよ。歯応えのない」


 騎士然とした佇まいの少年は、地に突っ伏す小さきモノを見下ろした。

 勇者の瞳には侮蔑ぶべつだけではなく、忌避きひ嫌悪けんお憎悪ぞうおなどの負の感情をにじませている。


 最後のダンジョンの最後の敵。こいつを倒せば世界の平和は取り戻せる。


 しかし――


「聞いて呆れるぜ。ラスボスの強さはこんなもんじゃないだろ? これじゃそこらにいるスライムの方が幾分かマシだ」

 

 勇者が見え透いたあおりをするも、かぼちゃ頭は肩で息をしながらじっと見つめてくるだけだった。


 勇者は憤懣ふんまんやるかたない気持ちでいっぱいだった。


 あれだけ苦労して敵を倒し、着々とレベリングしたにもかかわらず、〆の相手がインド独立の父よろしく非暴力の姿勢を貫き、されるがままに攻撃を受け続けるのだ。


 なぜ何もしないのか。なぜ無抵抗なうえに、恨み辛みも吐かないのか。勇者には、このモノの考えが理解できない。


「そろそろ終わりにしようぜ、いい子ちゃんぶんのはさ。それともなんだ? あいつらがお前を助けてくれるのを信じて何もしないのか? はっ、無理だな。俺様の結界は誰も破れやしない」


 銀髪の強者は、自分とラスボスを囲う赤黒い半円ドームの外を見やる。

 

 ドームの外では、鈍色の機械でできた二足歩行の大型の鳥と、うれいを帯びた壮年の男が、魔法や銃撃で必死にドームを壊そうと試みている。


 だが、かぼちゃ頭を慕う者たちの徒労は空しく、結界はビクともしない。


「ゲホッ……! そ、そんなんじゃ……ない」


 異形頭の初めての言葉の抵抗に、勇者は目を見開く。かぼちゃ頭は口許くちもとから流れ出る赤いしずくを拭い、ニコリと微笑んだ。


「おれはただ――。それだけだ」


 異形頭は命乞いをするわけでもなく、ただハッキリとそう言った。


 意表を突いた答えに、勇者は一瞬理解できず固まってしまう。やがて脳の処理が追い付くと、腹の底から笑いが込み上げてきた。


「……くっ、くくくく……あっはっはっはははははははは!!! この期に及んでそれかよ! あっはっははははははははははは!!!」

 

 銀髪の少年は涙が出るほどに嘲笑ちょうしょうを浴びせた。


 馬鹿だ。こいつは生粋きっすいの大馬鹿野郎だ。世界の為という大義名分で自分を殺しにかかってきた奴に対しても、友人になりたいとほざくのだから――。


「はぁ~あ……くっだらねぇな、最後の最後まで」


 先程まで笑っていた勇者の顔は、スンッと能面顔に戻る。


「まさか、とは、残念だよ本当に……」


 幕引きだと言わんばかりに、勇者は右手に持つ伝説の剣を、ゆらりと上に掲げた。


 数秒後には首と胴が泣き別れる――そんな状況になっても、かぼちゃ頭の小人は口角を上げ、透き通った瞳で勇者を見つめてくる。


 ラスボスの変わらぬ無垢むくな姿に、救世主は小さく舌打ちをした。


「――


 刹那せつな、勇者は無感情に剣を振り下ろした。

 

 獰猛どうもうな肉食獣を連想させる歪んだ口角と、底なし沼が如く暗く濁りきった瞳は、『世界を救う者』とは思えぬほどに禍々しい。


 なぜ銀髪の少年は勇者に似つかわしくない相貌となってしまったのか。


 キッカケは、彼が異世界に召喚された、あの大晦日の夜へと遡る――。

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