74.グランドワーム

 砂漠の夜は通常、冷え込むことが多いと聞く。

 しかしサリバン大砂漠は、昼夜問わず苦しい暑さが続く地帯だ。

 日照時間の長さも暑さを持続させる一因となっている。

 夜を過ごした僕たちを、いつもよりも早起きな太陽の光が照らす。


「ぅ、うーん、砂漠の外でもこの暑さ。さすがというべきですか」

「……そ、そうだね」

「どうしたんですか? 師匠?」

「な、何でもないよ!」


 と言いながら、師匠の顔は真っ赤だった。

 明らかに暑さとは無関係な汗も書いているし、照れているのも伝わってくる。

 

「顔が赤いですよ師匠。やっぱり暑さは苦手ですか?」

「そうじゃないよ」

「え? じゃあ何でそんなに顔を赤くして」

「わかってるくせにイジワルしないでよ!」


 師匠はアワアワしながら両手を上下に振る。

 もちろんどうして照れているのか、顔を赤くしているのかはわかっている。

 わかった上で聞いて、師匠の可愛い反応を楽しもうとか。

 そんなことは当然思っている。


「昨日も言ったけどさ。一応ここって敵地なんだよ? もっとこう緊張感とか」

「そんなこと言って。昨夜は師匠のほうがノリノリ――」

「あーもう! わかった! わかったからもうこの話はなし!」

「師匠から始めたんじゃないですか」


 照れる師匠も怒る師匠も全部可愛い。

 お陰で完全に疲れも吹き飛んでくれた。

 今なら魔神が相手でも笑いながら圧倒できそうな気分だ。


「じゃあ行きましょうか」

「うん」


 気を取り直して、僕たちはサリバン大砂漠に足を踏み入れた。

 昨日と同じかそれ以上の暑さが襲う。

 極度の乾燥も相まって、全身から水分が飛んでいく感覚も襲ってくる。


「そういえば聞いていませんでしたけど、ここって昔から砂漠だったんですか?」

「違うよ?」

「ですよね」


 王都や火山がそうだったように、ここも数千年かけて変化した。

 いや、魔神との戦いで変わってしまったのだろうと予想していた。

 師匠は一度立ち止まり、右と左を交互に見てから話し出す。


「この辺りは川と森があって、すっごく落ち着いた場所だったんだ」

「今とは大違いですね。それも魔神と関係があるんですか?」

「そうだよ。風の魔神は乱暴な戦い方が好きみたいでさ。魔神の大規模攻撃に呑み込まれて、この辺りは更地になったんだ」

「それ以降、植物が育たない地になったんですね」


 師匠はこくりと頷いた。

 気候も今のように暑くはなく、涼しくて過ごしやすかったそうだ。

 その変化に関しては魔神との戦闘が原因ではなく、純粋に時間の経過で変化したのではないかと師匠は語る。

 僕らは砂漠をひたすらに歩き続けた。

 

「魔神を倒した位置ってわかりますか? 砂漠は広いうえに何もなさすぎて、これじゃ探せません」

「うーん……地図でいうと~ 真ん中あたりかな? さすがに場所までハッキリ覚えてないよ」

「真ん中、とうことは赤砂のエリアかな」

「一番危険な場所だったよね? サンドワームとかもいるっていう」


 サリバン大砂漠の中心部、赤砂のエリアに踏み込んだ者は燃え上がる。

 日差しの暑さと砂の暑さ、燃えるような赤色も相まって、血の一滴すら蒸発してなくなりそうになる。

 という感覚を、僕たちは身をもって体感することになった。


「暑っ……なんてレベルじゃないねこれ。火山よりきついかも」

「きついですよ。水分が、全部飛びますから」


 僕と師匠は術式で氷を生成し、関節部と顔を覗くすべての表皮に厚めの氷幕を纏う。

 空気中の水分がほぼなく、熱で溶けてもすぐに蒸発する。

 熱から魔力を吸収することは出来ないから、戦闘中よりも消費は激しい。

 なるべく早く心臓を見つけたい僕たちだったが、四方を見渡しても同じ景色。

 魔物の気配すら感じない。


「まさかもう……先を越されたんじゃ……」

「可能性はありますね」


 僕と師匠は半分諦めかけていた。

 探索を中止しようと、どちらかが言い出しそうになった瞬間。

 歩いていた地面の砂が雪崩のように崩れ始める。


「なっ、何?」

「これはまさか」


 砂が一か所に吸い込まれていく。

 大雨の後、激流となる川よりも激しく凄まじい力で吸い込まれる。

 

「師匠!」

「うん! お願い!」


 僕は師匠に手の伸ばし、師匠がその手をとる。

 勢いよく抱き寄せたら、背中に氷の羽を生成し上空に退避した。

 空から見える地面は円を描くように、全ての砂が中心へと吸い込まれていく。

 中心には巨大な丸い顎が開いていた。


「サンドワーム?」

「少し違います。あれはこの地の主と言われる魔物……グランドワームだ」


 直後、砂が爆発したように舞い散る。

 吸い込んでも食らえないストレスを発散するように、グランドワームは真紅の生々しい姿を露にした。

 大きさだけで言えば、炎の賢者様の隠れ家で戦った巨人より……


「大きいな」

「そ、それに赤くて筋張ってて……気持ち悪いよぉ」

「本当に嫌いなんですね、ワームのこと」

「だって気持ち悪いんだもん! ほら見てよ! 口からベトベトの液体流れてるよ」


 グランドワームは僕たちを見つけ、大きく口を開き涎を垂らしていた。

 師匠はそれを見ながら眉を顰める。


「うぇ~ ドロドロしてるし……体のテカってて太いし」

「し、師匠、これ以上その表現はやめましょう」


 何だかちょっと卑猥に聞こえてきた。


「だって~」

「ちゃんと僕が倒しますから」

「うん。任せた」


 僕はグランドワームに視線を向ける。

 この時にはまだ、僕たちは気づいていなかった。

 ワームの心臓が……もう一つ増えていることに。

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