君と重ねるモノローグ
@maruco07428
第1話
また会おう、
ありがとう。
「だーかーらー、何度ここに来てると思ってんだよ」
窓口に怒声が響き渡る
「申し訳ありません、ここに印鑑が必要になるんです。印鑑というのはシャチハタではなく実印でお願いしてるんですよ」
「シャチハタだかシャチホコだか知らねぇけど、手間とらせんなよなっ」
と吐き捨てて老人は去っていった
僕の脳スマホに「も」と打ち込めば「申し訳ありません」と予測変換が一番最初に出てくるだろう。窓口の対応は最も心労があるので好きではない、パソコンと一緒に仕事をする方が確実に性にあっていると自分でよく思う。まだ新米ではあるが、性格的にそのように感じるのだ。僕が学生の頃、当時は就職氷河期がひと段落していたが有名大学以外の就職活動は厳しくて何か資格を取らないと就職が難しいと思い込んでいた。結果的にはその思い込み通りに試験を受けて今の生活をしているのだが、何も迷いがなかったわけじゃない。
「ちょっと高橋さん、またあのおじいさんきてるよ、申し訳ないんだけどお願いできるかしら?」
「はい、わかりました」
お局さんという人はどのこの職場にもいると言われている。僕は仕事の経験が浅いからそんなものかと思っているが、仕事を押し付けられたと主張する人が多い。僕は何事も経験は必要で、やってみてわかることというものは案外多く、自分で実感しないのに、さも当然のように物事を決めつけるのはよくない。そういう風に考えている、いや、厳密にいうと考えが変わったのだ。
「先輩、部品の発注リストで、昨日出たチェーンが抜けてるんじゃないですか?確認お願いしまーす」
「いやだから、先輩じゃねぇし同期だし」
静佳は年下だがほぼ同期、むしろ向こうのが数ヶ月早くバイトを始めていたはず。
「先輩A型ですか?細かい男は煙たがられますよ、もっとおおらかにならないとね。あと、お客さんの前ではもうちょっと笑顔の方がいいですよ、作り笑顔でも、ほら、営業スマイル」
不躾でデリカシーがないヤツだが、仕事のことで言っていることは合理的なので反論の余地はない。仕事以外のことについては、はっきり言って理解に苦しむ、学校であったらまず友達になれない、正直苦手なタイプだ。静佳という名前が全然合っていないと感じる。
「俺はメンテナンスが専門だから、接客はいいんだよ。それより組み立て方の続きを教えてくれよ」
「何言ってんですか、その自転車は何のためにメンテナンスするんですか?お客さんが安心して乗るためでしょう?そしたら笑顔で渡してあげた方が、もっと安心するに決まってるでしょう。物事を本質を見てくださいよ、先輩っ」
うちの店では自転車を分解して、部品から組み立てる時間を計測する取り組みがある。時給upはもちろんそれだけでなく勤務態度や勤務時間なども考慮されるのだが、腕前を評価するシステムがあるのは自分に合っていると思う。この日も閉店前に自転車の組み立てのコツを教えてもらおうと思っていたのだが、どうもそうはいかないようだ。
「高橋よ、静佳ちゃんの言うとおりだぞ。確かにうちは閉店前はかなり暇で、お客さんも大手より少ないが、その分リピーターのお客様が多いんだ。そういうお客様は大切にしないといけないだろ?」
「さすが店長!先輩にもっと言ってやってくださいよ」
店長は40代って言うけど見た目は若々しくてフレンドリー、30代のスポーツ選手って言われても違和感はないくらいに引き締まった体つきをしている。趣味も仕事も自転車だけど色々な世の中のことを知っている。そして、静佳に弱い。静佳は性格がさっぱりしていて肌の色は浅黒く健康的、体育会系な見た目なのだが一応美大生をしている。そんなギャップが店長にハマっているのだろう、僕は最初、店長と静佳はデキているのだと思っていた。僕はというと四年制のそこそこの大学に通っているが、特にやりたいことや将来の目標はなく、かといって特別危機感や焦りもなく学生生活を過ごしていた。高校の時の友人は専門学校に通ってやりたい仕事のための勉強をしており、そういった話を聞くと自分も何かやらないといけない気持ちになるのだが、大学に来るとそういった気持ちは徐々に冷めてしまいあまりやる気が続かない。ただ、バイト中はなぜか充実していてあっという間に時間が過ぎてしまう感覚があった。
「先輩、今週の土曜日暇ですよね?デートしませんか」
青天の霹靂、ある日僕は静佳からデートに誘われた。
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