5-4 裏切りと感謝

 

 四時十五分。

 植村は携帯で時間を確認し、頃合いと判断して歩き出した。

 

 どうして自分は未だに連上に与しているのか──植村は、はっきりと明確に答えることができない。

 立候補者総会──すべてが計算されたあの舞台で連上の思惑が寸分違わず実現されたと知った時、植村は心底震えた。

 潰した生徒会の構成員達がどんな感情の動きを経てどんな行動に出るか、その一切を読み切っていた先見性に──暴行犯の剥き出しの悪意を自分の道具のように易々と利用してしまう知謀に──そして何よりも、目的達成のために梁山をためらいなく生贄に差し出す、その切れるような冷たさに。

 彼女の策略は芸術的だが──しかし同時にこの上もなく苛烈だ。表に出る部分には計算し尽くされた美しさがあり、それでいて根っこの部分は信じがたいほどに汚い。

 本当なら、一番近寄りたくないタイプの人間だ。臆病な植村ならば余計にそう思う。

 なのに──植村が連上のもとを去ろうとしていないのは、言葉ではとうてい言い表せない何かが植村を引っ張ったからだ。

 連上には何か、不気味な引力のようなものがあって──心底恐ろしい、おぞましい面を見ていながらもついていきたいと思わされてしまう。

 うまく言語化できない。こんな感覚的な文章じゃ、他人の共感は到底得られないだろう──つまり、大勢の人に読ませることを前提とした新聞記事としては不適格ということになる。最初からする気もないのについそんな風に考えてしまうのは、新聞部部員に染み付いた習性なのかもしれない。

 そんなことを考えながら。

 植村は島崎にメールで指定された体育館の二階にある第二倉庫へ向かっていた。

 校舎を出て校庭の脇を抜け、体育館に至る。

 階段を上がって、倉庫の重い引き戸を開けると──真正面の奥に、島崎が窓を背にして立っていた。

 

「島崎君」

「植村さん……よかった。来てくれないかと思ったよ」

 

 ジャージ姿の島崎は植村の姿を見て幾分ほっとしたようだったが、まだその身には緊張の雰囲気を十二分に纏っている。

 まだ作戦は完了していないんだから当然と言えば当然か──と思いながら、植村は鞄から意思確認票を取り出した。

 

「今日はたまたま用事があって校内に残ってたの。はい、お望みのものだよ」

「助かったよ、ありがとう」

 

 島崎は用紙を受け取るとすぐにさらさらと名前を記し、大事そうに二つに折りたたんだ。

 

「…………っ」

 

 裏切っている。

 植村は、必死に戦おうとしている眼前の少年を──裏切っている。

 騙し、謀っているのだ。

 でも──そんな植村に、島崎は。

 すべてを晒して。

 すべてを委ねて。

 すべてを託して。

 植村の手から卑劣な罠を受け取って──お礼の言葉を、言った。

 身を切るような後ろめたさから、同じ場所にいるのが辛かった。植村は島崎に背を向け、戸口に向き直る。

 

「じゃあ……私はこれで」

「待って、植村さん」

 

 おそるおそる植村が振り返ると、島崎と視線がかち合った。

 島崎は真剣な表情で植村の目を見据えている。

 その手に持った最後の生命線──意思確認票をぎゅっと握りしめて。

 

「な、何?」

「もう一度言わせてほしい──本当に、ありがとう」

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