第22話 地下施設


 貴族らしからぬ世話好きな彼は、一週間それはもう丁寧にホーホゥをお世話してくれたらしい。

 目を覚ましたホーホゥは、リズのことなどまるで「存じ上げません」とばかりにロベルトばかりに擦り寄った。

 ちょっとムカついたが、ベルが謎の対抗心を燃やしてリズの肩から剥がれなくなる。


「いや、お前は受付カウンターにいてよ」

「にゃー! シャーーーッ!」

「なんてやつだ」

「ふふ、大丈夫よ管理人さん。門の前にペッシもいるんでしょう? 勇者特科に来るのはワタシの義母様くらいだし、なにかあっても知らせてもらえるわ」

「むーん。まあ、そうか」


 最近すっかり地下談話室での朝食、夕食が日課になってきた一同。

 しかし、エリザベートは今日も女子寮食堂を利用しているのでいない。

 あれ以来みんなと顔を合わせるのすら気まずくなってしまったのだ。

 ヘルベルトは「不遜だ!」とプンスコしていたのでエリザベートと本当に相性が悪いのだろう。


「そういえば地下施設を調査する、っていう話はどうするんですか?」

「うん、みんなで行こうと思って」

「おらも聞いたよ! 探検すんだべ?」

「行きましょう!」

「ワタシも行くわ。面白そうだし」

「こほん。無論、私も行く。鍛錬場があるというのは興味深い」

「エリザベートはボクが呼んでくるよ」


 しーーーん。

 沈黙が流れて、ホーホゥを肩に乗せたロベルトが眉尻と肩を下げる。

 エリザベートは、完全にみんなから浮いてしまった。


「管理人、エリザベートはいいのでは?」

「キミたちは勇者候補だろう?」

「?」


 突然なんの話だ、と案の定エリザベートが嫌いなヘルベルトが眉を寄せる。

 リズはエリザベートが自分に似ていると思っている。

 あの素直になれない、一言余計なことを言ってしまうところも。

 内側を知れば大変可愛らしいと思うのだが、その可愛らしさは自分にはないものだ。

 少なくとも、自分にあるとは思っていない。

 あれは彼女だけの可愛さだろう。


「勇者は仲間を見限ったりしない。そういうものだ。それをするのならキミたちは勇者にはなれないよ」

「…………」

「少なくともボクの知っている勇者はそういうやつだったもの」

「え?」


 それは、どういう。

 皆の疑問に答えることはなく、「扉の前で待っていて」とだけ告げて女子寮食堂に転移する。

 一人で食事を終えたエリザベートが、厨房ゴーレムにトレイを返すところだった。


「行くよ」

「あ……れ、例の地下探索ですっけ? わたくしは結構ですわ。……他の皆様もわたくしなどいない方がいいと言うに決まっていますし」

「エリー、勇者候補は現法二十歳になるまでここを出られない」

「っ」

「キミは残り二年を孤独に過ごすつもり? それならそれでも構わないけど、ここを出たあとキミには寄るべがない。家族も頼れないのだろう?」

「……そ、それは……」

「それは下の子たちも同じだよ。ここを出たあと頼るものはない。繋がりは持っておきな」

「ぅ」


 そうしてエリザベートも引きずって、地下の扉の前にやってきた。

 エリザベートの姿を見て、各々が複雑そうな表情をするが誰も文句は言わない。

 しかし居心地は相当に悪いだろう。

 ロベルトだけが、エリザベートを心配そうに見つめている。


「さて、ではまず赤い扉から行ってみるか」


 地上、管理人棟と男子寮、女子寮との分かれ道になっている建物の真ん中には、転移陣が設置されている。

 それをリズが来るまで知らなかった彼らだが、一度覚えてしまえば気軽に使う。

 転移陣から下に降りると最初に丸いホールに出る四方に扉があり、扉はそれぞれ赤、青、黄色、黒と色が違った。

 黒い扉が談話室。

 他の扉は、誰も開けたことがない。


「なんかワクワクするなー! 管理人さん! 早く早くーー!」

「やかましい。少し落ち着けフリード」


 ぴょんぴょん跳ねるフリードリヒを落ち着かせ、手のひらをかざす。

 リズが手をかざしたのは赤い扉の前。

 がちゃり、と開いて長い通路が現れた。

 そこを進むと、真っ白なだだっ広い空間。

 あまりにも広く……広すぎて果てが見えない。


「なん、だ、これは……」

「広すぎませんか? 広いとは聞いていましたが……」

「空間魔法が使われてるんだよ。へぇ〜、ここまでの固定空間を作れる魔法使いがいたのかこの国は〜。なかなかやるじゃん、悪くないよ」


 本当は今日中に全部屋を確認するつもりだったのだが、と思いつつリズはニヤリと笑う。

 空間の強度を確認するのも寮、及び施設の管理人としての責務だろう。

 長年使われていないのだから、しっかり隅々まで確認しなければ。


「ところでみんな武器はちゃんと持ってきたよね?」

「え? はい。鍛錬施設もあるんですよね?」


 マルレーネが弓矢を取り出して見せるので、他の五人も各々の武器を取り出す。

 それに笑みを深くした。


「オッケー、じゃあ空間耐久調査に協力してもらうねー」

「えっ!」


 ばたーん!

 と大きな音を立てて、扉が閉まる。

 その扉の前に転移して、出入り口を完全に塞ぎ、リズは手を六人の方へ突き出す。


「管理人さん!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと前に封印した『邪泉』をここに持ってくるだけだから。かなり溜まってると思うんだよね〜」


 誰の声だろう、「なにが」と聞こえた。

 それに邪悪な笑みを浮かべる。


「魔物が」

「え?」


 どっ、と溢れ出すボアの群れ。

 マルレーネの出身孤児院の側にあった『邪泉』を、ここに転移させた。

 あの邪泉はボアを産む。

 封印している最中も増え続けたそれは、この広い空間に一気に放たれて自由に駆け出し始める。


「な、なにをしましたの! 管理人さん!」

「この空間のどこかに邪泉を転移させた。邪泉は魔物を産む。みんなで力を合わせて邪泉を探し出し、浄化してね。でないと空間いっぱいにボアが駆けずり回ることになるよ。ボアに飽きたら言ってよ。他の魔物の邪泉も持ってきてあげる」

「なっ——」

「ボクは他のところを確認してくるから、みんな頑張ってね〜」


 しゅん、と転移で扉の外の廊下に戻る。

 鍵はない。

 この扉は管理人しか開閉ができないから。


「ま、キミたちならボア程度で遅れをとることはないだろう。期待してるよ、勇者候補たち」


 そう言い残して、青と黄色の扉を確認しに行くことにした。

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