第16話 邪泉
[追跡]の魔法がかかっている個体を[探索]の魔法で調べる。
孤児院から見て北東に位置する森に、それらはいた。
そう、
バラバラに逃したはずの大型個体たちは、揃って同じ場所に逃げ込んでいたのだ。
腕につけた冒険者証の記録機能をオンにして、森の側へと瞬間転移する。
匂いも気配も魔力も感知されないように[存在遮断]の魔法で消して、[浮遊]の魔法で足音も立てないよう進む。
ぶひ、ぶひ、という鼻息と大量の気配。
木の影に隠れて“巣穴”を見ると、それは思いもよらない姿をしていた。
(あれは……! 邪泉……!)
一見すると非常に美しい泉だ。
中央からコポコポと湧水が溢れている。
だが、その中に大型の魔物が入ってふごふごと興奮気味に腰を振り続けていた。
それに呼応して水面が揺れ、端に波が到達すると二、三匹のウリボアが泉から出てくる。
透明な水から瘴気が溢れ、それを浴びるとウリボアはバキバキと音を立てて成長していく。
「っ……」
これは、まずい。
完全に魔王復活の前兆だ。
やはりリズの前世の世界に現れた魔王とは、別の性質を持つ魔王のようだが……魔王であることに変わりはない。
危険の度合いに大差はないだろう。
魔物の王……それが魔王だ。
どこからともなく現れて、世界を危機に陥れる存在。
あんな速度で魔物が増え、成長し、巨大化するなんて冗談ではない。
この近くにはあの孤児院もある。
ただ、厄介なのは瘴気だ。
リズに瘴気を消す魔法や力はない。
(……勇者がいれば)
前世のリズが関わった勇者は、ものすごく弱かった。
それこそ、前世のリズよりも。
まあ、前世からリズは天才だったので、その辺の騎士や兵士より天才魔法使いとしてめちゃ強だったのでそれは当たり前だが。
それにしたって世界を救う勇者として召喚されたくせに、リズより弱くてがっかりしたのを覚えている。
そうだ、めちゃくちゃがっかりした。
こんな弱い奴が勇者。
こんな弱いのが魔王を倒せるわけがない。
嘘だろ、なんでこんな奴を、と。
……でも、弱かったけれど、諦めない男だった。
弱かったけれど、努力を惜しまない男だったから瞬く間に強くなって、瘴気をものともせず、人を救う『勇者』になっていったのだ。
「…………」
反対に前世のリズはどんどん置いていかれた。
どんなに元から強く、天才と呼ばれても——勇者としての才能がなかったからだ。
当たり前のことを当たり前にできる者。
そんな当たり前のことができない人間だったのだ。
勇者は誰にでも才能があると言われたけれど、前世でも今世でもリズにその才能はない。
当たり前のことができない。
そもそも、当たり前のこととはなんだ?
才能のある者が才能のない者、弱い者を助けるのは当たり前だと思っていた。
そうではないと、勇者は言っていた。
『信じてくれれば、それでいいんだ』
その言葉の意味が、今もわからない。
(信じてやるってなに? 弱い者を信じろってどういうこと? わからない……わからないよ……)
別に疑っているわけではないのに、そうではないと言われる。
少なくとも自分のそういうところが原因で、リズは“勇者にはなれない”。
決定的な、その部分。
瘴気の溢れる『邪泉』。
それを目の前に、拳を握るしかできない。
魔物を倒すことならできる。
ここから、広範囲魔法で魔物だけならば。
でも魔物を生み出す原因となる『邪泉』はどうすることもできない。
あの部分に巨大岩を生み出して落っことして、封じることくらいはできるだろうけれど……。
(消すことはできない……溢れる『邪泉』の水はいつか地面を削って岩から溢れ出す。もっと大きく、広く、深い『邪泉』になる……)
一時凌ぎにしかならない。
暴力的な方法ではダメだ。
ならば、と手を合わせて魔力を手のひらの間で組み合わせ、属性を複数かけ合わせる。
ゆっくり合わせた手のひらを離し、複数かけ合わせた属性に魔法陣で命令と制御を書き加えていく。
(ならボクはボクにしかできない方法で『邪泉』をなんとかするしかないじゃないか。やってやるよ! ボクは天才なんだから!)
魔法に関してなら——アーファリーズ・エーヴェルインはこの世界で誰にも負けない自信がある。
かつて最弱の勇者を導いた、世界最強の魔法使い——『賢者』。
その魔法に関する知識、今世でも存分に活かされ、天啓ではなく自らの努力で『賢者』となった少女。
それがアーファリーズ・エーヴェルイン。
「
四色の光が空中から回転しながら落下する。
四角形に光線を撒き散らし、流星を降らせながら辺り一帯のボアを一掃した。
ボアは素材にも肉にもなる。
だが、邪魔なのですべて消した。
売ればお金になっただろうが、世界の安全のためならお金がどうとか言っている場合ではない。
「
次にごぽ、と音を立てる『邪泉』を、真四角の結界で包みあげる。
空間をズラして、“そこにあるけれどここではない場所”を作り、それに『邪泉』と瘴気を封じ込めた。
残りの瘴気は風に乗って消える。
長時間、一定量を吸い続けるか、濃度の濃い瘴気を吸い込んだ場合は瘴気病に罹るが、今のようなごく少量ならば、近くの町や村に流れても問題はない。
あの程度ならば病になることはないだろう。
「根本的な解決には、至らないけれど……」
リズができるのはここまでだ。
いつか、瘴気を浄化するほどの勇者が現れればその者に頼んで完全に消滅してもらえばいい。
歯痒いとは思う。
だが仕方ない。
勇者ではないのだ、リズは。
力ですべてを解決することはできるけれど、浄化できねばいつか『邪泉』は同じ場所にまた湧き上がる。
時間稼ぎしか『賢者』にはできない。
「……勇者が必要だというのか……この世界も」
見上げた空はあんなに青くて澄んでいるのに。
この世界は、魔王復活のカウントダウンが始まっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます