第8話 冒険家になろう!【後編】


(貴族らしいけれど……)


 それが爆発している。

 平民の彼らに貴族の教育は耐え難かろう。

 たまのガス抜き、ということで今日は存分に喋り倒させるのがいいかもしれない。


「ほら、そろそろ冒険者協会だぞ。しゃんとしろ」

「うん!」

「はいだ!」


 ダメだ、完全にガスと共に気も抜けた。

 肩を落としつつ、扉を開ける。

 賑わいが急に静まり返るのは、どこの冒険者協会建物も同じらしい。

 気にすることなく受付に進み、浮遊魔法で浮かんでカウンターの上に手を乗せる。


「この二人の冒険者登録をしたい」

「ひっ! ……あ、あ、ア、アーファリーズさんっ……! わ、分かりました!」


 この受付嬢はリズのことを知っている人物だったらしい。

 それなら話は早いな、と床に足をつけて二人を呼び寄せる。

 だが、隣接する酒場にたむろう冒険者が、みんなリズを知っているようではない。

 何人かはこちらを見ながら「誰だあのガキども」と訝しんでいる。


「管理人さんはもう冒険者登録を済ませているのか?」

「済ませてるよ。在学中に登録したんだ。学費稼がなきゃいけなかったからね」

「え! 自分で学費稼いでたんか!? すげーだべな!?」

「冒険者は日雇い労働者みたいなものだから、割りのいい仕事をするにはもってこいだったんだよね。キミたちもこれからは自分で稼いで、将来のために貯めておくなり、たまの贅沢をしたりするといい」


 ボクは実家に仕送りしなきゃいけないけど、と心の中でつけ加える。

 この二人にそれを言うと、なんだか「自分たちも仕送りしたい」とか言い出しそうだったからだ。

 それ自体は悪くないと思うが、まずこの二人の実力が分からない。

 受付嬢が差し出した書類にサインをする程度の学力はあるようだが、では、自分の実力を正しく理解した上で自分の実力相応の依頼を選び取ることができるのかどうかは怪しいところ。


「書類に不備はありませんね。では、こちらが冒険者証となります」

「おおー!」

「ありがとうございます!」


 細いカード状の冒険者証を受け取って、はしゃぐ二人。

 冒険者証は皮のカードケースに入れて、腕に巻きつける。

 それもセットでもらって、早速二人は腕にそれを装備した。


「かっけー!」

「ちなみに、冒険者に関して説明は必要ですか?」

「そうだな……フリードリヒ、モナ、聞いておくといい。ボクは依頼を探してくるから」

「「はーい!」」


 二人とも非常に素直である。

 まあ、冒険者に関しての説明といってもリズにとっては一般的な範囲。

 冒険者は上はAから下はDまでランクがあり、さらにその中でカラー分けされている、という内容。

 優秀になればプラチナ、その次がゴールド、その次がシルバー、一番下はブロンズ。

 登録したら『Dランクブロンズ』からスタートだ。

 その後、達成した依頼内容によってランクアップを申請できる。

 依頼の過程は冒険者証が記録するので、ズルはできない。

 腕につけるこの冒険者証は、記録媒体になっているのだ。

 こう見えて、これは魔道具である。


「よう、アーファリーズ。また定期的な荒稼ぎか?」

「おう、ストルス・ロスド。そうだぞ。なにか割りのいいやつはないか?」


 話しかけてきたのは、全身鎧の大男。

 名をストルス・ロスド。

 王都を拠点にする最大クラン『太陽の玉座サン・グ・ディロネ』のリーダー。

 常に兜をかぶっているので、彼の顔はリズも見たことがない。

 声で男だと判断している。


「それならボアの群れ討伐をやらないか? うちのクランで何度もやっているんだが、最近復活の速度が速い。……いや、速すぎる。他にも群れない魔物も群れていたりする。ギルドが騎士団に報告して調査を頼んだが、国は動く気配がない」

「む……」

「お前ほどの魔法使いなら、なにか分かるかもしれん。同行してくれないか? 調査依頼も兼ねてだ。その分割増して払う」

「いいだろう。とりあえずボアの群れ……それから、本来群れないはずの魔物の群れとやらだ」


 騎士団……国が動かない。

 それを聞いた時眉を寄せた。

 あからさまだったたろうが、仕方ない。

 国に所属する騎士団の職務は国民の安全ではあるが、それは主に貴族階級の者たちを指している。

 他国との戦争や、それこそ魔王が現れれば国家の危機としてその武力や潤沢な予算で前線を任されるだろうが、彼らは日々を必死に生きる平民を、魔物から守ることはない。

 魔物から弱く、身分の低い人々を守るのは、彼らのような冒険者だ。

 冒険者の中でもストルスのような『Bランクシルバー』以上の者たちは、自警団としての役割を自ら担い、『クラン』を立ち上げる。

 クランは複数のパーティーが参加しており、ある種の目的のために徒党を組む。

 そしてそれらのクランや、個人ソロが一つの協会として助け合い、情報共有の場となるのがここ『冒険者協会』というわけだ。

 ストルスの『太陽の玉座サン・グ・ディロネ』は王都でも最大クラン。

 五つのパーティーが参加している。

 この規模となるとクラン専用の建物があったりするのだが、今いるこの場は冒険者協会本部の建物。

 つまり、ストルスは魔物の数の変化や群れない魔物が群れること、そして討伐したボアの群れが再び群れを作るくらい数を増やす異常を相談しに来た……ということだろう。

 そのくらいの異常事態ならば、最大とはいえ一クランにすぎない『太陽の玉座サン・グ・ディロネ』からではなく、冒険者協会から国に伝えるべきだと判断した。

 だが、それでも国は……動かなかったと。


(まったく、なにをやっているのか)


 役割が違うのは分かる。

 しかし、騎士とは弱きを守るもの。

 第一や第二騎士団が動かせないなら、第三騎士団なり魔法騎士団なりを動かせばよいだけのこと。

 また、調査ならその末端でもできる。

 それを、やらない。

 まして魔物の数に関わることならば、調査しておいてなんの損もないだろう。

 数を放置すれば次は魔物の強さに影響が出始める。

 強さに影響が出たあとは個体の大きさだ。

 これらの変化が順に起きるとなれば——。


(魔王が復活する兆し……)


 調査は必要だ。

 数が増えている時点で、絶対に。

 それを無視するとは、完全なる平和ボケではないか。


(それに、もし万が一特殊個体や突然変異個体が現れれば……!)


 数、強さ、大きさ……そして特殊個体や突然変異個体が現れれば、数が増えていることは最悪『大群』とそれを率いる『将』の出現となる。

 そうなればどれほど厄介なことになるか。


(魔王を舐めてる。完全に)


 リズの『前世』は知っている。

 魔王はまさしく魔物の王だ。

 知恵があり、知性があり、カリスマがあり、率い、統治する能力がある。

 それこそ調査を渋ったり怠ったりするようなものではない。

 人間の王が無能ならば国は呑まれ、人々は『新種の魔物』として家畜に堕ちる。

 人間種は繁殖に非常に適した種であり、特に魔力に優れた者は上位の魔物種に好まれる傾向にあった。

 この世界の魔物や魔王がリズの『前世』と同じとは限らないが、もしも同じであるのならばどれほど世が荒れるか……。


(ああ、嫌だなぁ)


 思い出すだけでも、リズの『前世の世界』は地獄だった。

『前世の世界』の、リズの故郷は悲惨だった。

 女は地下へ。

 魔力を持つ女は殺せ。

 そういう国。

 その実、とうに魔物……魔王の部下に乗っ取られており、魔力の高い女は魔王の直属の配下に下賜されていた。

 王は傀儡。

 家臣は薬漬け。

 それを知った上で、異世界の勇者と旅に出てあんな国でも故郷だからと救おうとした。

 法に照らし合わせて処刑される日も、不思議とその国で生きる人々を哀れんだのを覚えている。


「リズー!」

「説明聞き終わったか」

「はい!」


 明るい声に、顔を上げた。

 外の世界に出てはしゃぐ二人の勇者候補たちに、微笑みを返す。

 酒を煽る冒険者。微笑みながら仕事をまっとうする受付嬢。掲示板に貼られた『薬草採集』の依頼。

 そのすべてが今の『アーファリーズ・エーヴェルイン』にとって現実。

 そう、こちらが現実だ。

 外に出れば上等な服を着た男女が仕事に励んで笑い合い、談笑する。

 平和ボケ、結構ではないか。

 地獄のような前世の現実を知っているから、今の世界がどれほど平和か分かるのだ。


「じゃあ行こう。今日はこのストルスと魔物の群れを狩る。あと、色々調査にも協力することになった」

「おお! 魔物討伐だな! おれっちすげーがんばるぞ!」

「う、うちも! 回復は任せてけれ!」

「ほう、回復魔法使いヒーラーか。助かる」


 鎧兜でくぐもった声。

 二人の勇者候補はその大男にほんの少し緊張の面持ちを見せたが、すぐに頷き合う。

 彼の仲間数人と合流し、いざ、ボアが群れなす平原へと向かった。

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