第2話 天才魔法使いアーファリーズ

 

 ジャンプする。

 魔法[飛翔]と[加速]、[空気抵抗無効化][重力操作]を使い、軽々学生寮までたどり着く。

 まだ昼前なので、とりあえず寮の管理人室に行ってみることにした。

 大きな庭を通り、ざっと周囲を[探索]で把握する。

 現在地は門を潜った庭。

 この庭を中心に東に校舎、校舎横に男子寮。

 庭正面が勇者特科学生寮管理室と男子寮、女子寮へ続く共同通路。

 その奥が管理人部屋のようだ。

 そして共同通路の西側が女子寮。

 女子寮の西側に訓練用の校庭がある。

 さらに地下には、ここの敷地内と同じぐらいの大きさの訓練施設があるようだ。

 感知しただけでもかなり強力な結界が幾重にもに重なって、厳重に守られている。

 下の訓練施設はアーファリーズが全力で暴れない限り、壊れることはなさそうなレベル。


(ふむふむ、女子寮と柵の間に大きな校庭を作ることで侵入者などが柵をよじ登って覗きなどを行えないように配慮はされてるな。その代わり管理人棟と男子寮、校舎は柵と近い)


 ならば、と即座に柵の四方に侵入者避けと侵入者感知の結界を張った。

 感知した限り勇者候補たちは全員敷地内に反応がある。

 空を見上げて眉を寄せた。


「にゃー」

「ああ、全員バラバラの場所にいるな。しかも、教師もいない」


 教員免許を取って、勇者候補たちを教えるつもりだったがそもそもこの敷地内には勇者候補以外アーファリーズとベルしかいないようだ。

 では彼らは自主練や自主勉強をしている?

 こうして『勇者特科』と呼ばれる勇者候補専用の敷地に押し込められているだけでも、かなり特殊な扱いをされているというのに……。

 彼らはここで、どんな生活をしてどんなことを学んでいるのだろう。


「ふむ、まずは生徒たちのことを調べてみるか。任されたのは寮の管理人だから、勇者に必要なものの教えは……しなくてもいいだろうけど……」


 勇者特科は非常に特殊だ。

 同じ王立学園の生徒だというのに、こうも隔離されて教える教師もいない。

 腰に手を当てがい、敷地内を見回すようにゆっくり体を回転させて、ふう、と溜息を吐く。


「管理人棟に生徒の記録くらいあるだろう。まずは荷物を置いてくるとするか」

「にゃーん」


 もふもふの頰を擦り寄せて、鳴くベル。

 玄関を潜ると、まずはカウンターがあった。

 どうやらここが管理人の担当する両玄関受付。


「ベル、お前にはここを任せる」

「にゃ!」

「今度昼寝できるベッドを買ってこような」

「んにゃーぁん」


 そうして一度受付にベルを置き、管理人棟に向かう。

 玄関ホールを通り、扉を潜ると左右と正面に扉がある。

 左が女子寮、右が男子寮、正面が管理人棟だ。

 棟といっても管理人棟は平屋だ。

 扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気がついた。

 これは登録した魔力紋で開く仕組み。


(ふむ……)


 以前の管理人の魔力紋が残っている。

 書き換えるには管理者立ち合いの手続きが必要だが、どうせ奴らは立ち合いには来ないだろうし本来立ち会うべき『管理人』はすでにここを去っている様子。

 ならば遠慮する必要はない。


(なるほど、地脈から魔力を得て使っているのか。よい仕掛けだな。百年前の技術者は素晴らしい。では、その管理権をすべて我が物としよう)


 八歳女児とは思えない、邪悪な笑顔で「にしししし」と笑いながら[接続]を行う。

 この『勇者特科』学生寮のすべての管理権を、管理人……アーファリーズ・エーヴェルインのモノへ——!


「ほほう」


 十秒ほどで完了したその管理権上書きの際に生じる魔力の流れ。

 その発祥地を感知し、特定し、駆けつける。

 その間も、およそ十秒。

 ゆっくり振り返ったアーファリーズの真後ろには、武装した六人の若者がいた。

 どこか怯えた様子の茶色い髪と青い目の少女。

 弓を構える紫髪と赤目の少女。

 剣を構える気の強そうな金髪で紫色の瞳の女性。

 大剣を構える黒茶色の髪と瞳の男。

 槍を構える利発そうな赤髪緑目の少年。

 一番後ろに濃い色の金髪緑目の男は杖を構えている。

 全部で六人。


「お前たちが勇者特科の勇者候補たちか。十秒で全員集まるとは、存外悪くないな」


 腕を組み、ニヤリと笑う。

 見たところ大剣を持つ男と剣を構える女、この二人がリーダー格のように見える。

 茶髪の少女と黒茶色の髪と目の男は杖を持っているため後衛。

 魔力量から、少女は回復役、男は魔法使い。

 問題は弓使いの娘だろうか。

 構えているだけで撃つ気がない。


「何者だ? 子どもの姿はしているがその魔力量……そしてこの敷地内の管理権に、なにかしたな?」


 おそらく最年長と思われる大剣の男が告げる。

 勘も悪くない。

 ふふん、と鼻を鳴らして、アーファリーズは踏ん反り返る。


「ボクの名前はアーファリーズ・エーヴェルイン! このシーディンヴェール王国始まって以来の天才魔法使い! いくら隔離されていても名前くらいは聞いたことがあるだろう? シーディンヴェール王立学園、魔法科の八年かかるすべての単位をたった一年で取得して飛び級し、二年で卒業した天才! 六歳で『賢者』の称号を得た最強最高の魔法使いの、このボクの噂くらいは!!」


 ドヤァ!!

 と、すごく自信満々に告げる。

 しかし、そこそこ長い沈黙が流れてアーファリーズはゆっくり片目を開く。

 驚きすぎて言葉が出ないのか?

 だとしても少しくらい反応が欲しい……というかそろそろ三十秒くらい沈黙が続いている。

 さすがに長すぎやしないか。


「…………」


 困惑の表情。

 彼らは「誰か知ってる?」「知らない」「君は?」「初めて聞いた」みたいな困惑のアイコンタクトを行っていた。

 ダァン! と、派手に地団駄を踏む。


「嘘だろ! 誰か一人くらいボクの噂聞いたことないの!? ボクだよ!? アーファリーズ・エーヴェルインだよ!? なんなら大陸の歴史始まって以来の天才だよ!?」

「うっ……」

「お、おい、子どもの扱いに長けたやつはいないのか?」

「わ、わたくしは無理ですわよ……。フリードリヒ、あなたが一番年齢が近いのではなくて?」

「え、ええ〜? い、いえ! わかりました、やってみます!」

「扱いに困るな!!」


 信じられない。

 最年少らしい槍使いの赤毛の少年が近づいてきたのを回し蹴りで振り払い、ちょっと泣いてしまったのを袖で拭う。

 興奮しただけで涙が出るとは、まったく幼い体は正直だ。


「世俗に疎くなりすぎだろう! もう! ばか! ……こほん! まあいい、それならこれからはもっと敷地内から出て、情報収集などにも気を配るように!」

「あ、ああ……まあ、確かに最近施設内から出ることは……ないからな」

「そ、そうね」


 顔を見合わせる大剣の男と、剣を持つ女。

 二人はいかにも育ちがよさそうだ。

 頰を膨らますアーファリーズに、ますます困り果てたような顔をする。

 杖二人と、弓矢の娘も武器を下ろし、警戒を解く。


「ところで、そのなんかすごいらしい君はなんでここにいるの? 迷子かな? 出口はあっちだよ。門まで連れてってあげる?」

「子ども扱いするな!!」


 槍使いの赤毛の少年はどうも馴れ馴れしい。

 手を差し出されたのを叩き落とし、また腕を組む。

 まさか迷子扱いされるとは思わなかった。


「今日からお前たちの住む寮の管理人になったから、部屋を確認しに行こうと思っただけだ! 管理権譲渡の説明も受けていなかったから、とりあえず自分で上書きしただけ!」

「な……」

「なんだと? 君が? こ、この広い敷地の管理人に……!?」

「待ちなさいよ、あなたいくつ? さすがに子どもが一人で管理できる広さじゃないわよ?」

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