雪解けまで待って
天崎 剣
待ってでの(庄内弁ver.)
「あ、今日はあれが、運休が」
無人
「電車来ねって、バスだバス」
庄内の冬で、電車運休は別に珍しぐもね、大抵一冬何回がは止まる。何年前だが特急の横転事故あてがらは、特にスピードど風さ気ぃ遣てるらしぐ、超ノロノロ運転、
「あいづまだ落ぢだんぜ」
って、みんなして笑たなを思い出す。
去年は暖冬で、そげだごどはまず
そんだこんだで、久々に晴れ間覗いだ
部活、遊び、いや違う。私服で買い物、それも違う。
駅さ着ぐど、案の定、由子が改札の
「ごめん、
「なんだなやぁ。根性、ねなぁ」
言いながら改札口がら出はて、すぐ見えだ自販機で缶コーヒー買おうどするあたしに、
「
由子は
駅の正面出入り口がら右さ出で、駅裏さ通じる地下道
「タガ、かなり
「十分位前がな。電車、微妙に
「んだがも。鉄橋の
地下道抜げで駅裏さ来っど、ロータリーの隅さ人影が。こっちの声さ気づいで、
「史乃、
「ごめんごめん、わざどでねってば」
両手擦り合わせで
「電車のせいだがらの」
二人揃て言い
「それより、おめだ美術部は。まさが、これで終わりでねんでろの」
タガはギロリこっち睨んだ。
由子ど二人顔見合わせで、実はのって詫びる。
「来ねヤヅ待っても
シャーベット状の雪の上どご、タガの後どご、のっそのっそど歩いで行ぐ。
あんまり駅裏さ来ねなもあて、こんだげ積もてしまうど、どごがどごだがわがんねぐなる。どの
休みだなもあて、あっちでもこっちでも、大人だぢが雪のげしてる。のげだがのげでねがで、歩ぎ
ト一屋の
シャリ、シャリ、シャリ、リズムいぐ動がしたスコップ。ギュッギュ、ググッ、スノーダンプが雪運ぶ音。
あっちこっちでタガの友達、
「うンわ。すごいの」
予想以上の光景さ、ちょっとおぼげでしまたけど、やるって
「ホレ、史乃、由っち。スコップ」
タガがこっちさ二つ、投げで
「
「あ、あだりめだろ! 美術部の
そもそも、
「おめだ帰宅部は暇でいの」
馬鹿さっで、そっから先、売り言葉に買い言葉、
「おめだぢ漕艇部だって、寒ぐなたら川さ入らんねもんだ、暇だんでろ」
「なに
言い争てるうぢ、なんでが、漕艇部やてる冬期トレーニング兼ボランティアさ、同行するごどなてしまた。
当然、無駄に巻き込んでしまた美術部
「なんでこうなてしまたんが
それが
「ボランティアぐらい、美術部のあたしだぢさだって出来っがら!」
そんだ感じで啖呵切てしまた手前、体力云々関係ねぐ、行ぐしかねがったのだ。
タガだぢ漕艇部の男子共の真似して、雪をかいではフタ開げだ側溝さ流し、側溝さ流ししたり、除雪車の
最初は寒ぐでかじかんだ手も、そのうぢぽっぽど
「あれ、史乃、顔赤っげよ。まだババシャツ着ったんろ」由子が手止めで、こっそり耳打ぢ、
「んだ。まさが、こったげ
ぽろっと本音。
にしても、こったげ身体動がすな、久しぶりだ。
んだごど考えながら雪かいっだなを、タガはどうやら察しだらしぐ、こっち見でニヤッと笑た。したら、何だがまぐまぐでゅうなて、顔はますます赤ぐなる。これ以上、しょし顔見らっでたまっが!
「いやぁ、いいダイエットなったんねがぁ」
顔上げっど、それはタガでねぐ、すぐそごの家さ住んでる七十ぐらいのじさまだった。
「今年は
「女ン子の力だば、容易でねろ。もっけだごど」
ほっほど、顔さ、えっぺシワこさえで笑いながら、じさまはすっと、あたしど由子の前さ、コンビニのビニル
「くたびっだろ、なんぼが休め」
手止めで、軍手取りながら、
「もっけです」
軽ぐ頭下げる。疲れ切っでだあたしさとっては、
やっと雪の中がら出はたばりの
「おめさんだも漕艇部が」
じさまもよいしょど声出して一緒腰掛げっど、あたしだぢどご、改めで覗きこんだ。
「んんね、美術部。今日は
言たなは、タガだった。ザグッとスコップ雪の山さ刺して、ふぅと
「今日ばりだし。来週がらは今まで通り俺だだげで」
その、『今日ばり』が、妙にカチンときた。
じさまが、
「ほれ、お
タガだぢさ肉まんやんな
「何、まさが来週も来る気が」
ケラケラッとタガはこっち見下してくる。
だがらって、すぐに反応するごども出来ね、プイとそっぽ向いで、あたしはしばらぐ、タガのごど見ねようにした。
雪降ったり、みぞれ降ったり、かと思えばビガッと今日みでして晴れだり、そうやて、だんだん春なていぐ。
あの、ロックタウンふらふらしてだ日、いや、ホントはあの日だげでねぐ、いっつもふらふらしてだんども、ムキなて突かがてしまて、こんだどご見せらっだ挙げ
「まだ来たなが」
タガは何週目がには、とうとう呆れだぃだ顔して、肩落どした。
「うるせ。ほれ、やんなんばやろ」
反省して、ホッカイロはやめだ。ババシャツもやめで、薄着なた。
今週は一丁目、次二丁目……って、少しずづ場所変わても、あたしは懲りずに付いで行た。毎週顔出してるうぢ、肉まんのじさまだげでねぐ、そごらのじじばばど顔見知りなて、ホレ、
由子は最初の日以来、来ねぐなた。
「いづまでやるつもりや」
期末テスト終わて、もうすぐ卒業式だって頃なても、まだボランティア通いしてるあたしさ、由子はとうとうそんだごど言い出した。
「んだなぁ、いづまですっがなぁ」
放課後、美術部の部室で課題やりながら、まだ
「まぁ、雪消えれば、やらねたっていぃわげだし。とりあえず、今年は最後までやっがなぁ」
絵の具どシンナーの臭い充満した教室で、作業用の机いっぱいさ広げだ課題は、思たほど進まねがった。毎週末の雪のげで、あちゃこちゃ筋肉痛、急に言われだ『いづまで』って言葉は、意外にずっしり来た。
「まぁ、いけんどや。あんたのごどだし。でも、なんぼなんでも、のめりこみ過ぎだんねがな。最初はただの意地だったみでぃだけど、近頃そっちの方ばっかだし。あたし誘わねがったら、部室だって来ねじゃん。一応部長だべ。四月なれば今みでして、余所の部のごどさ突っ込んでるわげさいがねぐなるよ。絵だって、そろそろ真面目に描がねばねだろうし」
油絵は、ホントはあんまり好ぎでねなだ。やりでごどねぐで、とりあえず入ったような部活だ。普段は帰宅部。タガが言た通りだ。部長だって、無理矢理押し付けらっだだげだし。だらだらした雰囲気が好ぎで、そりゃ偶にはピリッとなる時もあっども、イラスト描いでみだり、練習って言てカンバスさ自由に色乗せてみだり、みんなでワイワイ言いながら、ああでもね、こうでもねやってんなは、他ではねし、いなんけど。
漕艇部のヤヅらみでして、集団で合致してやる……なんてごど、あるわげねんだ、美術部どんで個人競技みでぃだもんだし。それが何だが
思たどごで、由子さ言ても、どうにもならね。あたしはただ、
「んだんよの……」
毎朝教室さ行けば、タガはタガで、
「筋肉痛治たがぁ。何キロぐらい体重減た?」
挨拶代わりにそんだごど言て、肩をバシバシ叩いてくる。
「うるせちゃ。身体中
ボランティアの時どは違て、ムカつぐぐらいのアホ面だ。髪は寝癖だがカッコつけだがわがらねもしゃもしゃだし、
「次の日曜、最後だぜ。来んなんが」
クラスのみんなだの
ザワッと声立て、目線が集中する。
「何や、何しったなや」
「何、最後って」
興味本位で口突っ込んでくるヤヅも。
「行ぐよ」
ボソッと
「え、デート? おめだ、付ぎ合ったなが」
野次飛ばすヤヅまで。
「雪のげだよ、雪のげ。漕艇部の。史乃、あんたよぐやるよの」
由子のフォローがねがったら、完璧、付ぎ合ったごどされっどごだ。もっけだ、耳元で礼言て頭下げっど、由子は呆れだよだ顔して、ゆっくり息吐いだ。
それでも、『雪のげ』の言葉聞きそびれだ何人がは、『タガと史乃は付ぎ合ったらしい』わげわがらね噂信じでが、真相はどげだんやと何度かわざわざ確かめ来る始末、終いには、
「おめだは『付ぎ合った』がどげだ状況だがわがて喋てんなんが」
逆切れしてアゴしゃくて、蹴飛ばしてやっても、
「あれはしょしなだ」
そう捉えらっで、面倒くせぐで、もうどうにでもなれど、放っとぐごどした。
ボランティア最後の日曜は、三月、
毎週毎週どなっど、だんだんそれが当たり
「ご
「くたびっだの」
「もっけだの」
最後だど
「今日はこちらこそ、土産まで貰てもっけでした。まだ来年、雪積もたら来っさげの。元気で待てでくれの」
代表で、漕艇部の顧問が挨拶、車通りのね小路で、漕艇部の面々ど近所の人方、合わせで三十人ばかし、割れんばかりの拍手した。
年寄り世帯、一人暮らしが増えだこの界隈では、若っげしょだほとんどいねもんだがら、ただ漕艇部来てくぃるだげでも、相当嬉しらし。肉まんのじさまも、行ぐ度昔話すっけ。話相手さなて欲しがったのだ。
「打ち上げ、『ぽんぽこぽん』だ。ちょっと遠いけど、史乃、おめも来っが」
「行ぐ行ぐ」
歩ぎで三十分
漕艇部の顧問の先生も、初めは美術部の部長……肩書ぎだげだけど、あたしが加わっごどを、あんまり良ぐは見でねみでぃだったけど、ひと月過ぎだ頃がらは、美術部の先生さも事情話してくれるよなて、「仕方ねちゃ」ど受げ入れでくっだ。
「史乃もよぐ働いだもんな」
夏の日焼けが一年中とんねその先生が、最後に労いの言葉かけでくっだなは、やっぱり嬉しがった。
あの、雪のげを始めた頃どは打って変わて、街がら雪は
ゆたかのロックタウンさあるお好み焼ぎ屋は、タガだぢが予約してだらしぐ、いつもの「いらっしゃいませ~ぽんぽこぽーん」の声で迎えでくぃる。奥の座敷さ行て、テーブル三つ占拠して、コースだがなんだが注文し、届いだジュースで乾杯した。
「今年もご苦労さん。史乃も」
顧問の先生は、一人、ノンアルコールビールだ。
女子はあたし一人だげだったんども、お好み焼ぎは全部男子が焼いでくっだ。ご丁寧に切り分けで、皿の上さのせでくぃる。次がら次へど、皿が空になる度に、
「ほれ史乃、もっと
「腹減ったろ」
つくづく、
別のテーブルさついでだタガも、
「よぉ、食ったが」
「食ったよ。腹くじぐなて来た」
「ダイエットも意味ねがったな。今日で元さ戻たんでね」
横腹さ指突いで、嫌がらせ。
「うっせーなぁ。今日は
気分は上々だ。なんたって、お姫様扱いの如ぐ、みんなだが何でもやてくぃる。香ばしソースの匂い、ジュウジュウど耳さ響ぐお好み焼ぎの焼げる音、鰹節は踊るし、ジュースは飲み放題、パクンと口に入れる度、身体中どご旨さが駆け巡る。
こういうなは、まず美術部さはねぇな、と、急にそんだごど思い浮かべだ。絵が描けだがらって、打ち上げするがったら、んだごどはね。誰がが賞とたっても、おめでとの一言ぐれで、これといてお祝いもねがった。競争するようなもんでもねし、技術、センス、ほだなばっか。
「いなぁ、漕艇部は。試合の後どがも、やっぱり、こんだごどすんな?」
「まぁの」
タガは言いながら、あたしの皿さお好み焼ぎ追加した。
「毎回とは言わねけど、結構やるよ。カラオケさ行たりな」
「へぇ」
「美術部は、ねな」
「ねなぁ。去年はお花見スケッチやたけど、それだげだったな」
「物足りねってが」
「まぁの。羨ましわ」
だがらって、美術部の部長が、漕艇部のマネージャーさ鞍替えするわげにもいがね。今日でホントの最後だなだ。
「部活だげが全てではねぜ、史乃。部活は学校のついで、だど思うしかねべ。
「あんただは気楽でいよ。六月で引退だろ。こっちはまだ、進路もあやふやだなさ」
タガがくっだお好み焼ぎは、既に皿がらねぐなてだ。もぐもぐど口動かしながらため息吐ぐのを、タガは隣でハハンど笑た。
「美術部は
「何や、喧嘩売ったなが」
「いやいや。ただの、こんだ話、聞いだごどあっが。『客が欲しい商品は売るな』ってやづ」
「は、何それ」
「客が『これください』ってきた品物は、ホントでその客がよだもんだが、客本人は、実はわがてねって、そういうごどらし。実際、別の商品勧めらぃれば、そっちの方がよだぐなるごどもある。ホントでよだがどうがは、商品勧めらっでみねばわがらねと、そんだごどらしなや。つまりの、おめは美術部さ入った。自分で選んだはずだなさ、面白ぇぐねがった。部長までしてるくせにだろ。ところが、漕艇部のボランティアさ来たら、そっちの方面白ぇがった。端がら見だだげではよ、ホントで自分がやりでごどがどうがなんて、わがらねわげよ。やてみで、初めで面白ぇどが、面白ぇぐねどが、わがるわげだろ。進路悩むぐれだば、誰だって出来る。やてみねば、自分さ合ったがどうが、わがらねわげだがら、合わねど思えばそごでやり直そうぐれぇ、気楽に考えでみればいんでね」
「……おめ、偶には良いごど言うな」
長ぇ台詞最後まで聞いで、ま、んだなと、あたしは目の前のオレンジジュース手さ取て、ゴグリゴグリと飲み干した。すかさず、別の男子が、
「史乃、おかわりもオレンジでい?」
グラス持ってってくぃる。
「偶にはでねぐ、いっつも良いごど言ってんなんぜ。でや、話は変わんなんけど、どうだ、ものの試しに付ぎ合てみねが、俺ど」
有線の
あたしは思わず、誰もその台詞さ気づいでねごどどご確認しようど、眼をキョロキョロさせだ。
「付ぎ合おぜ。教室で『付ぎ合ったなが』って言わっだどぎ、ふと思たわげよ、それも
ポカンとなた。
ホッカイロのせいでも、お好み焼ぎの鉄板のせいでもね、身体の芯がら、火が出で、耳まで真っ赤なた。
この、大勢の前で、しかも、サラッと、こんだ大事だごど言いやがって……!
「史乃、オレンジおかわりどーぞー」
届いだグラスぶんどて、あたしはグビグビど飲み干した。
「おかわり!」
持ってきた男子さ、も一回グラス突きつけで、あたしはタガをガンと睨んだ。
「こ、この、アホが!」
……とまぁ、これが切っ掛けで、タガとは付ぎ合うごどなたわげだけど。世の中、何が何だがさっぱりだ。
春になて、あたしは相変わらず、日曜にも電車さ乗る。今度は図書室でタガど勉強するためだ。田んぼがらすっかり雪も消えで、畦の緑が眩し。車窓がら鳥海山もくっきり見える。気に入りの運転席の後ろさ立て、あたしはううっと背伸びした。
防寒着やめで、薄手の春色ニット羽織た。
日差しは暖け。桜の季節ももうすぐだ。
<庄内弁ver.終わり>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます