雪解けまで待って

天崎 剣

待ってでの(庄内弁ver.)

 今年こどしは珍しぐ、ゆぎがごんげど降て、高校まで電車通学つうがぐのあたしは久しぶりに死んだ。

 地吹雪じふぶぎあても、大雪はそったげね庄内さ、なんたって、こったげごんげど降んなやって、みんなだして駅舎で電車待て、


「あ、今日はあれが、運休が」


 無人えぎだんどもボランティアで来てるたばこ屋のじじが、


「電車来ねって、バスだバス」


 象潟駅きさがだえぎがら伝言来たな聞ぐど、やけにテンション上がたもんだ。

 庄内の冬で、電車運休は別に珍しぐもね、大抵一冬何回がは止まる。何年前だが特急の横転事故あてがらは、特にスピードど風さ気ぃ遣てるらしぐ、超ノロノロ運転、下手へだしたら、自転車レベルだんねっぐらいゆっくり走る。冬場はとぐに、日本海のある西側がら突風吹いで、歩ぐなさえ容易よぃでない。小学校中学校の頃はよぐ、通学つうがぐ途中で田んぼさ飛ばさいるヤヅが何人がいで、その度に、


「あいづまだ落ぢだんぜ」


 って、みんなして笑たなを思い出す。

 去年は暖冬で、そげだごどはまずがったんども、今年は一晩げで三〇センチ積もる日もあるもんだがら、ちゃんは朝、日も出はらねうぢがら雪のげしねばねし、あたしはあたしで、電車っがねがわがらねんども、駅さ二〇分ははぇぐ行ぐ。なづ場はチャリでサッと行ぐみぢも、冬場どなれば歩ぐしかね、なんたって滑るんだもん、いづだったが、丁字路で転げで危うぐ轢がぃるどこだった。あれ以来、余裕もて、とにかぐ早ぐ行ぐ。

 そんだこんだで、久々に晴れ間覗いだ日曜日にぢようび、あたしは電車さ乗て一人、酒田さがださ向がた。いぢ両編成の鈍行、乗る人もまばらだ。一週間降り積もた雪で一面真っ白、凹凸ね田んぼの上どご、白鳥が群れで最上川のさ飛んで行ぐ。ふぅっと、しいいぎ吐いで、あたしはいっつもの気に入りの、運転せぎの真後ろさ立た。

 部活、遊び、いや違う。私服で買い物、それも違う。

 長靴ながぐづババシャツホッカイロ腹巻ぎ、軍手さ、おやつたないで、友達ともだぢど駅で待ぢ合わせ。汗かぐぞって、由子ゆうこったけな。タオルも持た。ちり紙も。

 駅さ着ぐど、案の定、由子が改札のおぐがら、普段やながて履がね長靴で、ぴょんぴょん跳ねで合図した。あっげ毛いどの帽子がら、なんげストレートの茶髪はみ出でで、ジャンプする度、顔さ当だる。


「ごめん、史乃しの。みんな呼ばたんけんど、時間なても来ねなやの」


「なんだなやぁ。根性、ねなぁ」


 言いながら改札口がら出はて、すぐ見えだ自販機で缶コーヒー買おうどするあたしに、


馬鹿ばが、タガ、あど来ったんよ」


 由子はがして、あたしの手どご無理やり引いだ。

 駅の正面出入り口がら右さ出で、駅裏さ通じる地下道くぐる。昼間でも薄みぢ、長靴のカポカポでゅうおどがやだらど響いだ。


「タガ、かなりはぇぐ来てだんけぇ」


「十分位前がな。電車、微妙におぐっだよの」


「んだがも。鉄橋のあだりゆっくりだけし」


 地下道抜げで駅裏さ来っど、ロータリーの隅さ人影が。こっちの声さ気づいで、


「史乃、おっせぞ」


 っぐ声で、無愛想に手ぇ振てくる。タガ、高田哲治だ。黒いダウンジャケットさニット帽に黒長靴、積もた雪の中では結構目立づ。如何にもこれがら出動って感じだ。


「ごめんごめん、わざどでねってば」


 両手擦り合わせであだま下げで、


「電車のせいだがらの」


 二人揃て言いわげすっど、


「それより、おめだ美術部は。まさが、これで終わりでねんでろの」


 タガはギロリこっち睨んだ。

 由子ど二人顔見合わせで、実はのって詫びる。


「来ねヤヅ待っても仕方しかだね。ヤスだぢさぎ行たがらはえぐ合流すっぞ」 


 シャーベット状の雪の上どご、タガの後どご、のっそのっそど歩いで行ぐ。

 あんまり駅裏さ来ねなもあて、こんだげ積もてしまうど、どごがどごだがわがんねぐなる。どのぃえの屋根さもえっぺ雪が覆い被さて、あたしんちもだけど、庭も道路も、あたもんでね。車道は綺麗に除雪じょせづしてでも、小道こみぢや歩道は除雪車ののごした雪が山なった。

 休みだなもあて、あっちでもこっちでも、大人だぢが雪のげしてる。のげだがのげでねがで、歩ぎ按配あんべや運転し按配が違うもんで、せっせせっせどやるわげだ。

 ト一屋のよごどご、それこそ、よじ登るよして歩道の雪山ゆぎやま越えで、公園のさ向がうど、話し声ど一緒に雪のげするおどが聞げできた。

 シャリ、シャリ、シャリ、リズムいぐ動がしたスコップ。ギュッギュ、ググッ、スノーダンプが雪運ぶ音。

 あっちこっちでタガの友達、漕艇ボート部のヤヅらが十人位せっせど稼いでる。


「うンわ。すごいの」


 予想以上の光景さ、ちょっとおぼげでしまたけど、やるってたがらにはやるしかね。ビビて強張た顔、バレねよに、毛糸の帽子目深に被て、両手さ持てきた軍手をはめる。


「ホレ、史乃、由っち。スコップ」


 タガがこっちさ二つ、投げで寄越よごす。アルミのスコップは雪のげるに按配いのだ。


はだらげよ、おめだがやるって言い出したんがらな」


「あ、あだりめだろ! 美術部の底力そごぢがら見せでやる」


 そもそも、こどの発端は学校の帰り道、暇だ暇だど彷徨うろづいでっどごを、タガがら見らっでしまたごどだった。電車の発車時間までどうやて過ごすが、悩みまぐた挙げ、結局やるごどねぐて、ロックタウンのあだりウロチョロしてんなを見らっでしまた。


「おめだ帰宅部は暇でいの」


 馬鹿さっで、そっから先、売り言葉に買い言葉、


「おめだぢ漕艇部だって、寒ぐなたら川さ入らんねもんだ、暇だんでろ」


「なにてんなや。俺だぢ、どんだごどしてんながも知らねクセして」


 言い争てるうぢ、なんでが、漕艇部やてる冬期トレーニング兼ボランティアさ、同行するごどなてしまた。

 当然、無駄に巻き込んでしまた美術部仲間ながまは来る気配もね。唯一親友の由子だげは、あたしさ同情する形で無理矢理来てくっだんけんど、


「なんでこうなてしまたんが説明せづめいしてくんねど困る」


 それが出来でぎればなんも困らね。

 第一だいいぢ、体力勝負の漕艇部ど違て、集中力しゅうちゅうりょぐどセンスで油絵ばっか描いでる美術部女子が、男子さ混じて雪のげするってのはどうだなや。普通に考えでも無理がある。んだけんども、言い争いながら、


「ボランティアぐらい、美術部のあたしだぢさだって出来っがら!」


 そんだ感じで啖呵切てしまた手前、体力云々関係ねぐ、行ぐしかねがったのだ。

 タガだぢ漕艇部の男子共の真似して、雪をかいではフタ開げだ側溝さ流し、側溝さ流ししたり、除雪車のつぐた雪山さ更に雪重ねだりした。雪はなんぼしても、ねぐならね。

 最初は寒ぐでかじかんだ手も、そのうぢぽっぽどねづ帯びでくる。十分も経づど、身体全体汗ばんできた。背中さ貼たホッカイロもだんだん邪魔くせぐなて、剥がしでなとは思たけど、あだりみんな男子ばり、流石にはばがた。軍手で汗拭ぎ何とか頑張てるうぢ、まだ汗滲んで、シャツ濡れる。あたしは完全防備どご、後悔してくる。


「あれ、史乃、顔赤っげよ。まだババシャツ着ったんろ」由子が手止めで、こっそり耳打ぢ、


「んだ。まさが、こったげあっちぇぐなっどは思てねがったもん」


 ぽろっと本音。

 にしても、こったげ身体動がすな、久しぶりだ。体育たぃぐだって、汗かぐほどな、動がねし。啖呵切たとはいえ、真面目にすんなもなって、思いつつも、意外なくらい黙々ど雪のげする漕艇部のヤヅらさ、馬鹿さっでぐね一心で、あたしはとにかぐ、黙々どスコップ動がした。

 んだごど考えながら雪かいっだなを、タガはどうやら察しだらしぐ、こっち見でニヤッと笑た。したら、何だがまぐまぐでゅうなて、顔はますます赤ぐなる。これ以上、しょし顔見らっでたまっが!


「いやぁ、いいダイエットなったんねがぁ」


 顔上げっど、それはタガでねぐ、すぐそごの家さ住んでる七十ぐらいのじさまだった。


「今年はおなン子もいっだんねが。まじのぉ」


 面白もしぇがて、白髪のじさまは、わざわざこっちまで足向げる。


「女ン子の力だば、容易でねろ。もっけだごど」


 ほっほど、顔さ、えっぺシワこさえで笑いながら、じさまはすっと、あたしど由子の前さ、コンビニのビニルぶぐろ差し出してきた。


「くたびっだろ、なんぼが休め」


 中身ながみは、ほかほかのにぐまんだった。

 手止めで、軍手取りながら、


「もっけです」


 軽ぐ頭下げる。疲れ切っでだあたしさとっては、正直しょうじぎ本当ほんとでありがだがった。

 やっと雪の中がら出はたばりの縁石えんせぎさケツ据えで、あたしど由子はただわつわつど肉まんくぢさ突っ込んだ。あったこぐで、慌てで食たら、肉汁がヨダレみでしてはみ出でしまて、でも、そんだなさかまけでる場合でねくらい、んめがった。


「おめさんだも漕艇部が」


 じさまもよいしょど声出して一緒腰掛げっど、あたしだぢどご、改めで覗きこんだ。


「んんね、美術部。今日は手伝てづで来ただげだよ」


 言たなは、タガだった。ザグッとスコップ雪の山さ刺して、ふぅとおっきぐ息を吐ぐ。


「今日ばりだし。来週がらは今まで通り俺だだげで」


 その、『今日ばり』が、妙にカチンときた。

 じさまが、


「ほれ、おだも」


 タガだぢさ肉まんやんなよご目で見ながら、最後のひとかけらパクッと口さ突っ込んで、ギロッとタガどご睨み付けだ。


「何、まさが来週も来る気が」


 ケラケラッとタガはこっち見下してくる。

 だがらって、すぐに反応するごども出来ね、プイとそっぽ向いで、あたしはしばらぐ、タガのごど見ねようにした。

 雪降ったり、みぞれ降ったり、かと思えばビガッと今日みでして晴れだり、そうやて、だんだん春なていぐ。東北とうほぐの冬はかなりなんげぐで、早えば十一月じゅういぢがづ下旬、遅ぐっても十二月ながせには雪のシーズン到来、三月まづ、四月はじめまで雪はね。この長んげ長んげ季節きせづ年寄としょり世帯増えだ地方では、こげだボランティアが一番よだんだってごどは、もちろんおべでだ。でも、自分の知らねどごで、あの、普段脳天気だタガが、部活のトレーニングがてらボランティア真面目にやてだってごどは、あたしさとて、かなりショックだった。

 あの、ロックタウンふらふらしてだ日、いや、ホントはあの日だげでねぐ、いっつもふらふらしてだんども、ムキなて突かがてしまて、こんだどご見せらっだ挙げ、『今日ばり』『まさが来週も』でらって、まぐまぐでゅったらありゃしね。結局けっきょぐ、あたしは次の週も次の週も、懲りずにボランティアさ行た。


「まだ来たなが」


 タガは何週目がには、とうとう呆れだぃだ顔して、肩落どした。


「うるせ。ほれ、やんなんばやろ」


 反省して、ホッカイロはやめだ。ババシャツもやめで、薄着なた。

 今週は一丁目、次二丁目……って、少しずづ場所変わても、あたしは懲りずに付いで行た。毎週顔出してるうぢ、肉まんのじさまだげでねぐ、そごらのじじばばど顔見知りなて、ホレ、あったこコーヒーだの、握り飯だの、貰てはもっけだのと、これもまた、楽しみだった。

 由子は最初の日以来、来ねぐなた。元々もどもど、無理言て来て貰たのさ、強制は出来ねし。


「いづまでやるつもりや」


 期末テスト終わて、もうすぐ卒業式だって頃なても、まだボランティア通いしてるあたしさ、由子はとうとうそんだごど言い出した。


「んだなぁ、いづまですっがなぁ」


 放課後、美術部の部室で課題やりながら、まださンむ窓の外眺めだ。二月下旬、ボランティア始めで、二ヵ月近ぐ。絵描ぐより、雪のげする方さ遣り甲斐感じ始めだ頃だった。


「まぁ、雪消えれば、やらねたっていぃわげだし。とりあえず、今年は最後までやっがなぁ」


 絵の具どシンナーの臭い充満した教室で、作業用の机いっぱいさ広げだ課題は、思たほど進まねがった。毎週末の雪のげで、あちゃこちゃ筋肉痛、急に言われだ『いづまで』って言葉は、意外にずっしり来た。


「まぁ、いけんどや。あんたのごどだし。でも、なんぼなんでも、のめりこみ過ぎだんねがな。最初はただの意地だったみでぃだけど、近頃そっちの方ばっかだし。あたし誘わねがったら、部室だって来ねじゃん。一応部長だべ。四月なれば今みでして、余所の部のごどさ突っ込んでるわげさいがねぐなるよ。絵だって、そろそろ真面目に描がねばねだろうし」


 あぎの文化祭終わる前までは、一応、文化部は三年でも活動はある。県美展には出品するごどなてっがら、そのための一枚は油絵仕上げねばね。技量はどうせ大したごどねし、入選はあり得ねどしても、形どして、キッチリやらねばねごどぐらいは、あたしだってわがてだんけど。

 油絵は、ホントはあんまり好ぎでねなだ。やりでごどねぐで、とりあえず入ったような部活だ。普段は帰宅部。タガが言た通りだ。部長だって、無理矢理押し付けらっだだげだし。だらだらした雰囲気が好ぎで、そりゃ偶にはピリッとなる時もあっども、イラスト描いでみだり、練習って言てカンバスさ自由に色乗せてみだり、みんなでワイワイ言いながら、ああでもね、こうでもねやってんなは、他ではねし、いなんけど。

 漕艇部のヤヅらみでして、集団で合致してやる……なんてごど、あるわげねんだ、美術部どんで個人競技みでぃだもんだし。それが何だがむなしっていうが、何ていうが、自分が高校でやりでがったごどって、こんだもんだったんがなって。

 思たどごで、由子さ言ても、どうにもならね。あたしはただ、


「んだんよの……」


 中身ながみの抜げだようだ声だして、ぼんやり、窓のそど、北さ帰る白鳥どご眺めるしか出来ねがった。

 毎朝教室さ行けば、タガはタガで、


「筋肉痛治たがぁ。何キロぐらい体重減た?」


 挨拶代わりにそんだごど言て、肩をバシバシ叩いてくる。


「うるせちゃ。身体中いでぇあんがら、触んなちゃの」


 ボランティアの時どは違て、ムカつぐぐらいのアホ面だ。髪は寝癖だがカッコつけだがわがらねもしゃもしゃだし、口元くぢもどは緩みっぱなしでシャキッとしねし、詰襟の制服せいふぐはボダン留める気もね。リーダーぶて指示出したり、黙々どスコップ動がしたりしてる日曜日どは、全然違う。


「次の日曜、最後だぜ。来んなんが」


 クラスのみんなだので、タガはいぎなり、大声出した。

 ザワッと声立て、目線が集中する。


「何や、何しったなや」


「何、最後って」


 興味本位で口突っ込んでくるヤヅも。


「行ぐよ」


 ボソッとこだえると、


「え、デート? おめだ、付ぎ合ったなが」


 野次飛ばすヤヅまで。


「雪のげだよ、雪のげ。漕艇部の。史乃、あんたよぐやるよの」


 由子のフォローがねがったら、完璧、付ぎ合ったごどされっどごだ。もっけだ、耳元で礼言て頭下げっど、由子は呆れだよだ顔して、ゆっくり息吐いだ。

 それでも、『雪のげ』の言葉聞きそびれだ何人がは、『タガと史乃は付ぎ合ったらしい』わげわがらね噂信じでが、真相はどげだんやと何度かわざわざ確かめ来る始末、終いには、


「おめだは『付ぎ合った』がどげだ状況だがわがて喋てんなんが」


 逆切れしてアゴしゃくて、蹴飛ばしてやっても、


「あれはしょしなだ」


 そう捉えらっで、面倒くせぐで、もうどうにでもなれど、放っとぐごどした。

 ボランティア最後の日曜は、三月、啓蟄けいぢづも過ぎだなさ、雪だった。生憎あいにぐの天気だったんども、気温たっげぐなたごどもあて、地面さつぐ頃には、雪はすっと解げでぇねぐなる。二月ど違て、地吹雪なるほどな降らね。ただ、風は冷てぐで、久々にホッカイロ腰さ貼た。

 毎週毎週どなっど、だんだんそれが当たりなてくるもんで、『最後』ってのは、やっぱり寂しぃ気した。最初はごんげどあた雪も、今はすっかりぐなて、あどは、家や塀の陰さあるかっでぐなた雪、のげだ雪積んでだ角っこの辺りばり。平日の晴れだ日にだいぶ解げでしまたらしぐ、雪のげらしいごどは、ほとんどしねうぢに終わてしまた。


「ご苦労ぐろさん」


「くたびっだの」


「もっけだの」


 最後だど予告よこぐしったごどもあてが、そごらのじじばばだぢが、手土産用意してくっでだようだ。一人に一つずづ、アイラップさ入れだお菓子がしど缶ジュース。あたしさまで。


「今日はこちらこそ、土産まで貰てもっけでした。まだ来年、雪積もたら来っさげの。元気で待てでくれの」


 代表で、漕艇部の顧問が挨拶、車通りのね小路で、漕艇部の面々ど近所の人方、合わせで三十人ばかし、割れんばかりの拍手した。

 年寄り世帯、一人暮らしが増えだこの界隈では、若っげしょだほとんどいねもんだがら、ただ漕艇部来てくぃるだげでも、相当嬉しらし。肉まんのじさまも、行ぐ度昔話すっけ。話相手さなて欲しがったのだ。


「打ち上げ、『ぽんぽこぽん』だ。ちょっと遠いけど、史乃、おめも来っが」


「行ぐ行ぐ」


 歩ぎで三十分ぐれかがる、ゆたかのお好み焼ぎ屋さ、団体で歩て行た。だらだらど列崩しながら、くだらなね話して進む。二ヶ月以上、日曜だげだけど、一緒働いで仲間みでなた漕艇部の男子共どは、どうでもい話も出来るほど仲良ながいぐなた。大抵はテレビの話、学校がっこの先生の悪口、たまに、自分のごど。

 漕艇部の顧問の先生も、初めは美術部の部長……肩書ぎだげだけど、あたしが加わっごどを、あんまり良ぐは見でねみでぃだったけど、ひと月過ぎだ頃がらは、美術部の先生さも事情話してくれるよなて、「仕方ねちゃ」ど受げ入れでくっだ。


「史乃もよぐ働いだもんな」


 夏の日焼けが一年中とんねその先生が、最後に労いの言葉かけでくっだなは、やっぱり嬉しがった。

 あの、雪のげを始めた頃どは打って変わて、街がら雪はだ。どご見でも、真っ白で、灰色がかってだ風景も、少しずづだけど、色が付ぎ始めだ。道路も歩道もすっかりアスファルトのグレーがるし、街路樹にも、よぐ見ればつぼみがある。車だって、前は雪被たまま走てだのが、すっかり車体出はて、赤やら青やら、グレー、白、シルバーど、いろんだ色が飛び込んでくる。どごまでが庭だが道だが境目もねがったあの雪山が、どげだったがさえわがらねぐらい、今はすっかり雪が消えでしまた。土の色、解けだ水の匂い、しんしんど降る雪の間から、僅がに子供だのはしゃぐ声も聞げできた。

 ゆたかのロックタウンさあるお好み焼ぎ屋は、タガだぢが予約してだらしぐ、いつもの「いらっしゃいませ~ぽんぽこぽーん」の声で迎えでくぃる。奥の座敷さ行て、テーブル三つ占拠して、コースだがなんだが注文し、届いだジュースで乾杯した。


「今年もご苦労さん。史乃も」


 顧問の先生は、一人、ノンアルコールビールだ。

 女子はあたし一人だげだったんども、お好み焼ぎは全部男子が焼いでくっだ。ご丁寧に切り分けで、皿の上さのせでくぃる。次がら次へど、皿が空になる度に、


「ほれ史乃、もっとぇ」


「腹減ったろ」


 つくづく、らぐちんだ。

 別のテーブルさついでだタガも、面白おもしぇがてやて来て、あたしど別の男子どの間さ割り込んだ。


「よぉ、食ったが」


「食ったよ。腹くじぐなて来た」


「ダイエットも意味ねがったな。今日で元さ戻たんでね」


 横腹さ指突いで、嫌がらせ。


「うっせーなぁ。今日は特別とくべづだって」


 気分は上々だ。なんたって、お姫様扱いの如ぐ、みんなだが何でもやてくぃる。香ばしソースの匂い、ジュウジュウど耳さ響ぐお好み焼ぎの焼げる音、鰹節は踊るし、ジュースは飲み放題、パクンと口に入れる度、身体中どご旨さが駆け巡る。

 こういうなは、まず美術部さはねぇな、と、急にそんだごど思い浮かべだ。絵が描けだがらって、打ち上げするがったら、んだごどはね。誰がが賞とたっても、おめでとの一言ぐれで、これといてお祝いもねがった。競争するようなもんでもねし、技術、センス、ほだなばっか。


「いなぁ、漕艇部は。試合の後どがも、やっぱり、こんだごどすんな?」


「まぁの」


 タガは言いながら、あたしの皿さお好み焼ぎ追加した。


「毎回とは言わねけど、結構やるよ。カラオケさ行たりな」


「へぇ」


「美術部は、ねな」


「ねなぁ。去年はお花見スケッチやたけど、それだげだったな」


「物足りねってが」


「まぁの。羨ましわ」


 だがらって、美術部の部長が、漕艇部のマネージャーさ鞍替えするわげにもいがね。今日でホントの最後だなだ。


「部活だげが全てではねぜ、史乃。部活は学校のついで、だど思うしかねべ。やぐ付いでる分、ある程度責任せぎにんはあんでろけど。あど半年、部長の役割果たしたら、受験地獄じごぐ待ってんなんだ。そっちが一番大事でんじだんがら」


「あんただは気楽でいよ。六月で引退だろ。こっちはまだ、進路もあやふやだなさ」


 タガがくっだお好み焼ぎは、既に皿がらねぐなてだ。もぐもぐど口動かしながらため息吐ぐのを、タガは隣でハハンど笑た。


「美術部はぃやんだ、進路は来まらね、おめはつくづく面白ぇな」


「何や、喧嘩売ったなが」


「いやいや。ただの、こんだ話、聞いだごどあっが。『客が欲しい商品は売るな』ってやづ」


「は、何それ」


「客が『これください』ってきた品物は、ホントでその客がよだもんだが、客本人は、実はわがてねって、そういうごどらし。実際、別の商品勧めらぃれば、そっちの方がよだぐなるごどもある。ホントでよだがどうがは、商品勧めらっでみねばわがらねと、そんだごどらしなや。つまりの、おめは美術部さ入った。自分で選んだはずだなさ、面白ぇぐねがった。部長までしてるくせにだろ。ところが、漕艇部のボランティアさ来たら、そっちの方面白ぇがった。端がら見だだげではよ、ホントで自分がやりでごどがどうがなんて、わがらねわげよ。やてみで、初めで面白ぇどが、面白ぇぐねどが、わがるわげだろ。進路悩むぐれだば、誰だって出来る。やてみねば、自分さ合ったがどうが、わがらねわげだがら、合わねど思えばそごでやり直そうぐれぇ、気楽に考えでみればいんでね」


「……おめ、偶には良いごど言うな」


 長ぇ台詞最後まで聞いで、ま、んだなと、あたしは目の前のオレンジジュース手さ取て、ゴグリゴグリと飲み干した。すかさず、別の男子が、


「史乃、おかわりもオレンジでい?」


 グラス持ってってくぃる。


「偶にはでねぐ、いっつも良いごど言ってんなんぜ。でや、話は変わんなんけど、どうだ、ものの試しに付ぎ合てみねが、俺ど」


 有線の音楽おんがぐど、あだりのガヤガヤでよぐ聞こえねがったけど、確かにタガはそう言った。サラッと、大事だごどを。

 あたしは思わず、誰もその台詞さ気づいでねごどどご確認しようど、眼をキョロキョロさせだ。


「付ぎ合おぜ。教室で『付ぎ合ったなが』って言わっだどぎ、ふと思たわげよ、それもわりぐねなって。どだ、いっぺん」


 ポカンとなた。

 ホッカイロのせいでも、お好み焼ぎの鉄板のせいでもね、身体の芯がら、火が出で、耳まで真っ赤なた。

 この、大勢の前で、しかも、サラッと、こんだ大事だごど言いやがって……!


「史乃、オレンジおかわりどーぞー」


 届いだグラスぶんどて、あたしはグビグビど飲み干した。


「おかわり!」


 持ってきた男子さ、も一回グラス突きつけで、あたしはタガをガンと睨んだ。


「こ、この、アホが!」


 ……とまぁ、これが切っ掛けで、タガとは付ぎ合うごどなたわげだけど。世の中、何が何だがさっぱりだ。

 春になて、あたしは相変わらず、日曜にも電車さ乗る。今度は図書室でタガど勉強するためだ。田んぼがらすっかり雪も消えで、畦の緑が眩し。車窓がら鳥海山もくっきり見える。気に入りの運転席の後ろさ立て、あたしはううっと背伸びした。

 防寒着やめで、薄手の春色ニット羽織た。

 日差しは暖け。桜の季節ももうすぐだ。



<庄内弁ver.終わり>

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