きっかけ【3】
「こうして寝ている姿を見ると、ニコラは可愛いですね」
「そうですね。儚くて、脆くて、だから赤ちゃんって可愛いんですよね」
御國の言葉に、旦那様は「いいえ」と即答したのだった。
「ニコラの母親である貴女が可愛いからです。私には勿体ないくらいの素敵な女性で……」
旦那様の言葉に、みるみるうちに御國の顔が赤面していくのがわかった。
「そんなことは……。どちらかと言えばニコラは旦那様に似ていると思います。ほら、この顔の形とか」
御國はニコラの柔肌の頬をそっと指で突く。
ニコラの顔はどちらかといえば細面寄りであり、丸顔の「モニカ」より旦那様に似ていた。
「今は寝ていますが、瞳の色も旦那様と同じ綺麗な紫色なんですよ!」
「そ、そうですか……」
御國がくるりと旦那様の方を向くと、頬を赤くして、目を大きく見開いた旦那様の顔が目の前にあった。
「あ、あの。すみません……!」
「い、いえ。私は気にしていません……!」
御國は慌てて旦那様から離れると、距離をとったのだった。
「そ、そこまで体調が万全そうなら、そろそろ歩く練習をしてみますか? まずは屋敷内を歩けるように」
一か月間、意識不明で寝ていたというモニカの身体は、ベッドと部屋の中を歩くので精一杯であった。
元々、妊娠と出産で体力が落ちていたところに、一か月も寝てしまったことで、更に体力が衰えてしまったかもしれない。
「そうですね。そろそろ体調も良くなってきたのでやりたいです」
「わかりました。それならペルラにお願いしておきましょう」
「ペルラさん……ですか?」
ペルラというのがメイド長の名前――この世界で目覚めたばかりの頃、旦那様になぜニコラを見せたのかと聞いて来たメイドの名前だと、ニコラを返してもらいながら、旦那様に教えてもらったのだった。
「それでは、モニカの身体に障るのでこれで失礼します。何かありましたら、また呼んで下さい」
「わかりました。あの、旦那様……」
椅子を元の場所に片付けて、立ち去ろうとしていた旦那様は、御國に呼び止められて振り返った。
「おやすみなさい。今日はありがとうございました」
「モニカ……」
目を見開いた旦那様は何かを言おうと口を開きかけたが、やがてポツリと呟いたのだった。
「……おやすみなさい」
そうして、パタリと扉が閉まったのだった。
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