自分が体験した話。1

※まえがき

 今回と次の話は、拙作同人誌『カラスノコ』の『知らない人の家に上がる。』という作品で公開した内容となります。

 書き出しなど改変している部分がありますこと、ご了承ください。


 私の祖母が亡くなった。丁度大学文芸部の部誌に載せるため『知らない人の家に上がる。』という作品を書き始めようとした頃、師走が目の前に迫った、比較的穏やかな日の午前11時43分、彼女はあの世へと旅立った。


 亡くなった母方の祖母はもう何年も前から身体が弱くなり老人ホーム、そして看取りをメインとするような病院で暮らすようになっていた。

包み隠さず祖母の死因を申せば「老衰」である。劇的な変化があったわけでもなく、祖母は静かに、その生を全うした。


 家族、特に喪主である私の母はすでにある程度覚悟を決めていたのか、それほど取り乱すこともなく、粛々と式の準備を進めていた。


「――ところで、何か故人様の思い出の品などはありませんか?」


 我が家に来て、葬式の手続きなどを担当してくれていたTさんが唐突に言った。曰く、「式場の入り口に故人の思い出の品などを並べられるスペースがつくれる」ということだった。

 母は頭を捻った。祖母が老人ホームなどに入所するようになってからすでに結構な時間が経っており、自宅には彼女の私物をあまり置いていなかった。隣町にある祖父母が元々住んでいた家になら何かあるかもしれないが、今すぐには……と母がTさんに伝えていたとき、一緒にその場にいた私はふと、あるモノを思い出した。


「お母さん、時計あるじゃん。おばあちゃんの。止まっちゃったやつ」


 数年前、おばあちゃんに腕時計をもらった。というよりは、祖母が使っていた腕時計を勝手に母が持ってきて使っていいと渡してきたのだ。その頃もう祖母は心身が弱ってきて介護施設に入っていたため、腕時計はしていなくても問題なかった。「使えるものを使わないよりは」と、丁度その時使っていた腕時計が壊れてギャーギャー言っていた私にくれたのだった。

 そして半年ほど前、その腕時計も針が示す時刻にずれが出てくるようになった。電池を使い終わったのかと入れ替えようとしても、どうやらそれはソーラーか何か電池以外の動力で動いていたらしく、出来なかった。祖母が昔から使い手入れもされていた高品質の腕時計だが、それでも寿命というものには耐えられなかったのだろう。次第に動きが鈍くなり、最後にはほとんど動かなくなった。

 個人的に腕時計に頼っていた私は、まともに動かない祖母のそれを手放しまた新しい腕時計を使い始めた。手放す、と言っても物を捨てられない性分我が家ではどこかに放置されるだけなのだが。


「ああ、あれね。どこにやったっけ……?」


 母は立ち上がってリビングから出て行った。多分玄関だろう。私は家に帰ってくると外した腕時計をよく玄関に置いておいたから。

 母がいなくなってTさんと世間話をしたか、それとも何か話すほど時間があったわけではないのか、その間の記憶は曖昧だ。ただ母がどこか興奮した様子でリビングに戻ってきたことを私は覚えている。


「ちょっとあんたこれ見て!」


 慌てるような、しかしどこか楽しそうな様子で私に腕時計を見せてきた。私の目には針が完全に止まってしまった普通の腕時計にしか見えない。何を見るのかわかっていない娘に、母は簡単にその答えを教えてくれた。


「おばあちゃんの死んだ時間で止まってるの、この時計」


 改めて腕時計をのぞき込んだ。11時43分。一分の狂いもせず、時計の針は合っていた。祖母の死亡時刻に。

 ぞっと血の気が引いた気がした。私が半年前に祖母の腕時計を手放したときにはまだ少しは動いていた。それが丁度、祖母が亡くなった時間で止まるとは。


 しかしちょっとわくわくしていたのも私の本心であった。私はほどほどにホラー小説や怪談話は好きであったが、それらを実際に感じるような体験をしたことはなかった。

 霊感の強い友達に「さっきエレベーターに幽霊が入ってきた」と言われても、特に何も感じなかった程度に鈍感な人間だった。

 それなのに「故人の死亡時刻と同じタイミングで故人の持ち物が壊れる」という、オーソドックスな怖い体験をするだなんて。


 きっと母も同じだったのだろう。私と母は性質が似ていた。故に驚きと楽しさが入り交じった妙な態度をしていたのだろう。

 Tさんは腕時計の時刻か、それとも私たちの反応にかに驚きつつも、問題なく手続きを続けた。通夜や葬式もつつがなく全てのことが終わった。


 そして春先のこと、私は先の「知らない人の家に上がる。」を文芸部の部誌に載せ、その品評会に出向いていた。品評会というのは私が所属していた文芸部の定番行事であり、大学の教室を借りて部員たちが互いの部誌に載った作品を読み合った感想やアドバイスを送るという会だった。


 一人の持ち時間は約一時間。朝早く、参加人数の少ない午前中に当たった私は、あとちょっと持ち時間が余ってしまったので、作品執筆中に起こった上記のことを「最近あった怖い話」として紹介した。反応は中々。生来自分が口下手で文章上のように流暢に話せないこととよくありそうな内容だったことを含めても、初めて自分で体験した「怖い話」を喋れただけで満足だったので、そんな反応でも構わなかった。


 さて、もう話すこともなくなったしと終わりの挨拶をしようとしたとき、後輩の女の子が「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。思わず女の子の方に目を向けると、彼女は壁に掛けられた時計を見つめていた。

 つられて集まっていた部員たちが全員、時計を見上げた。


 11時43分。ものの見事に祖母の死亡時刻と合っていた。


 特に図ったわけではなかったが、この偶然は怖いようで、また気分が良かった。きっと祖母が見に来たのだろう。そう締めくくって、私は品評会の出番を終えた。自分の怖い話で悲鳴を聞けたのがちょっと嬉しかった。


 その後、特に時計の針が合うことはない。

 夢に一度出てきて「里芋作れ」と示されたり、昨年の一年忌の前日に、母と階段を降りているときに耳元でパンッという手拍子が一回聞こえたりしたくらいで、何もない。

 きっと祖母はあの世で穏やかに過ごしているのだろう。そうだと思っている。


 私が書き下ろしでこの話をまとめたのは、「知らない人の家に上がる。」の品評会に祖母が来ていたからである。それを含め大学時代の作品だと思っている。


 またこの作品を読んでいるとき、もし時計の針が11時43分を示していたら、祖母があなたの元にお邪魔しているかもしれない。それは多分ただのお散歩か、孫の様子を見に来ているだけなので、怖がってもいいが、害はないので楽しんでもらいたい。

 もっとももう、祖母は命日付近とかお盆頃じゃないと此方に帰ってこないかもしれないが。

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