第15話 Ⅱ-⑤
彼はとても悲しそうな声でそう言った。おそらく本心なのだろう。涙こそなかったが、悲しそうな瞳を向ける春川君は、王子様と別れるサン=テグジュペリを想起させた。
「…」
返す言葉が見つからず、私が黙っていると、
「訳わかんないこと言っちゃってごめんね。北原さんは何故だか分からないけどきっと分かってくれるって、そんな気がしたんだ。」
春川君が続けた。そう言う彼の瞳はとても澄んでいた。彼はきっと根はとてもいい人なのだろう、なぜだか私にはそう思えた。
私たちはコーヒーを飲み終え、店を後にした。伝票は約束通り彼が持って行ってくれた。私は彼の優しさに甘え、財布は出さない。もちろん払えるだけのお金を持ち合わせていないのだが、それ以上に払うつもりもないのに、財布だけ取り出し払うふりをするような嫌な女にはなりたくなかったからだ。
「ごちそうさま。」
店を出ると私はありったけの感謝の気持ちを込めて、春川君に言った。ただ、伝えるのが苦手な私だから、おそらくあまり伝わらなかったとは思う…
店を出ると、春川君はもう一軒バーに誘ってくれた。だけど、これ以上その気もないのに彼の私への好意に甘えたくなかったし、恵のことも心配だったので丁重に断った。すると、彼は帰り道を途中まで送ってくれると申し出てくれた。私は家を見せる訳にはいかないが、途中までありがたく彼の優しさに甘えることにした。
気がつけばもう星の見える夜空が広がる時間だ。半月とも三日月とも取れるクレセントムーンが、明るく夜道を照らしてくれる。私たちは今度はあまりしゃべらず、ゆっくりと帰路を進んでいった。
「ねぇ、もしも私がお客さんだったら、春川君は私の事お金持ちにしてくれることができるの?」
ふいに私は前から聞いてみたいと思っていた質問を、多少嫌らしい表現だと思いながらも彼にぶつけてみることにした。彼はしばらく考えた後にこう答えた。
「北原さんがお客さんだったら、多分無理かな。でも北原さんがうちの会社の社長だったら確実に儲けさせる自信があるな。こんな答えじゃだめかな。」
「…十分な答えだと思うわ。」
私は恥ずかしい気持ちを抑え込めるために、電柱の数を数え始めながら答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます