ノーラの死

第26話 ラモンの秘密

 「なんとういうことだ。あれほどの巨大なアマラ神殿が、これほどまでに簡単に崩壊してしまうとは…」

 ゴルドバ将軍は、目の前の光景が全く信じられないという思いで、茫然と、崩壊したアマラ神殿を見つめていた。

 それは、これまで丘陵の上に悠然ゆうぜんそびえ立っていたアマラ神殿が、すでに沈み始めた日の光に、無残に崩壊した姿をさらすように悲しげに横たわっているようにも見えた。

 「お母さんが…お母さんが…」

 轟音が止んで辺りが静まりかえると、地面にしゃがみこんで怯えていたティナが、ゆっくりと立ち上がり、崩れ去ったアマラ神殿を見つめながら、震える声で呟いた。

 「大丈夫だよ。きっと、ロイや、あのお姉ちゃんがノーラを助け出してくれているさ」

 アバトが、ティナの肩に優しく手を添えた。

 しかし、ティナは目に涙を浮かべながら、再びしゃがみこんで、それ以上何も言わずに黙り込んでしまった。

 「特殊な地下振動でも起きたのかもしれませんな」

 ラモンにも、何が起きたのかは全く分からなかったが、やや狼狽ろうばいした顔で、とりあえずの推測をゴルドバ将軍に伝えた。

 「馬鹿なことを申すな。もし神殿を崩壊させるほどの地震が起きたのであれば、この場所も大きく揺れるはずではないか。あの神殿の崩壊は、何か別の力が働いて起こったに違いない」

 「では、何らかの理由で地下に空洞が出来、地面が陥没したという理由も考えられますが」

 ラモンは、考えられる可能性を再び口にした。

 しかし、ゴルドバ将軍は、ラモンの言葉は無視し、頭上に滞空している臥神に目を向けた。

 「まさか、これは、そなたが起こしたのではあるいまいな」

 ゴルドバ将軍は、心の底ではまだ臥神のことは信じてはいなかったが、臥神が羽扇うせんを振り上げた途端に、アマラ神殿の崩壊が始まったことを思い出し、化け物でも見るかのように臥神を見つめながら尋ねた。

 「他に誰がいるというのだ」

 臥神が表情一つ変えずに答えた。

 「本当にそなたがアマラ神殿を崩壊させたというのであれば、どうやってあれ程巨大な神殿を崩壊させたのか説明してはくれぬか」

 ゴルドバ将軍は、臥神が本当に天下の奇才で、そのあざなの通り、神ほどの能力ちからを有しているのかどうかを見極めるために、説明を求めた。

 「簡単なことだ。劈開へきかいを利用したのだ」

 「劈開へきかい?劈開とは何のことですかな」

 「劈開とは、簡単に言えば、特定の方向に割れやすい性質のことである。そなたも、クラーグ・ストーンという石のことは知っておろう。トラキア公家の所有するアマラ・アムレットに使われている宝石の原石のことだが、それは、世界で最も硬い物質と言われている。しかし、それを宝石に加工できるのは、劈開という性質を利用しているからなのだ。アマラ神殿に使われていた石材は、堅儚石けんぼうせきという岩石で、堅牢けんろうな岩石なのだが、その岩石にも、クラーグ・ストーンと同様に、脆性ぜいせい破壊の起きやすい性質があるのだ。アマラ神殿は、やむを得ぬ場合に、その性質を利用して崩壊させることが出来るように、緻密ちみつに計算されて設計されていたのだ」

 臥神の自信に満ちた威厳のある堂々とした態度は、とても子供のものとは思えなかった。

 「崩壊させることが出来るように設計されていたというのは、どういうことですかな。アマラ神殿を建造したランドルという巨人族が、何らかの意図をもって、神殿を崩壊させることが出来るように設計したと申すのか」

 「さよう。アマラ神殿は、神をまつるだけの単なる神殿ではないのだ。そこには、人類が喉から手が出るほどほしいと欲するようなものが隠されていたのだ」

 「人類が欲するようなもの?それは、どのようなもののことを申しているのですかな」

 「そなたたちが探し求めている巨人族の種子もその一つだ」

 「巨人族の種子?」

 ゴルドバ将軍は驚いた。かつてライーザ公妃が生涯をかけて探し求め、それを引き継いだステイシア姫が、グランダルの古代遺跡を調査し続けて探し求めている巨人族の種子が、まさかトラキア公国のアマラ神殿に隠されているとは思わなかったからである。

 アマラ神殿は、トラキアの考古学者が調査し尽したと考えられていたが、まだ発見されていないものがあったのである。

 「それは、どこにあるのかご存知ですかな」

 「神殿の地下に隠された貯蔵庫の中だ」

 臥神がラモンに視線を移しながら答えると、ラモンは、すぐに目を逸らした。

 「そこにいる男がよく知っているはずだ」

 ゴルドバ将軍は驚いてすぐさま問いただした。

 「何?どういうことだ、ラモン。説明してみよ」

 ラモンは、説明をためらったが、隠しきれないと思って観念したのか、重い口を開いた。

 「はい。ある日、アマラ神殿の地下にある貯蔵庫へ通じる隠し通路があることを偶然発見したとの報告を部下から受けたので行ってみると、そこには、様々な種類の種子がたくさん保管されていました。その貯蔵庫内で発見された石版に記録されていた内容の解読結果によると、いにしえの時代に、世界が滅亡するような大規模な災害か何かが起こったようです。生き残った巨人たちの食糧とするための、様々な作物の種子が保管されていたようなのですが、ほとんどの種子はすでに死んでいました。私は部下に命じて、まだ生きていそうな種子を選ばせて、発芽を試みましたところ、たった一つだけですが、発芽に成功したものがあったのです」

 「何だと!?お主は、それを隠しておったのか?」

 ラモンは、返答に困り、黙ってしまった。

 「その男は、その種子から作った作物を、トラキアの国境近くの比較的安全なランドルの森の中に、立ち入り禁止区域を設けて密かに栽培し、グランダルの金持ちたちに高値で売って大金を稼いでいるのだ」

 臥神は、事実をそのまま話した。

 「それはまことか?」

 ゴルドバ将軍は、厳しい目をラモンに向けた。

 「いえ、それは違います」ラモンは、臥神の言ったことをすぐさま否定した。「嘘を言うでない!わらしの分際で、何を知っているというのだ!」

 ラモンは憤慨して臥神を非難し、将軍への釈明を始めた。

 「私は、人々を救おうと考え、その種子の発芽を試みて、作物を栽培したのです。そして、かつて、ライーザ公妃が、囚われの身となったロイを救うために、向こう十年間の食糧の無償供給をグランダルにお約束になったときには、喜んで作物を差し出しました。それで、グランダルの国民は飢えから救われ、ロイも救われたのです。それだけではありません。それにより、トラキアは、グランダルとの戦争を回避することができたのです」

 ラモンの釈明は、自分の功績を自負するかのようでもあった。

 「では、なぜその後もその種子のことを黙っておったのだ?」

 「それは、国にデスペリアという病が蔓延し始めたからです」

 「どういうことだ?」

 「軍医のアレンによれば、美食や過食がデスペリアの原因なのではないか、とのことでしたので、その種子のことは公表しないことにしたのです」

 「だが、その種子から作った作物をグランダルに売って金儲けをしているということは、本当ではないのか?」

 「いえ、そのようなことは決してありません」

 ラモンは、毅然きぜんとした態度を示して否定した。

 「では、その栽培した作物から取れた新たな種子はどうしたのだ?」

 「はい。神殿の地下の貯蔵庫に厳重に保管してありました」

 「もしや、グランダル軍は、アマラ神殿を攻め落として、トラキアに上陸するための道を切り開くことだけが、アマラ神殿に攻め入った目的だったのではなく、その隠された貯蔵庫に保管されている巨人族の種子のことを知って、それを奪おうと攻め入ったのではあるまいか」

ゴルドバ将軍の推測に対して、ラモンは何も言わなかったが、臥神が代わりに口を開いた。

 「そのとおりだ。そして、私はその男の大事なものを、グランダル軍から守ってやったのだ」

 「何を言うか!神殿が崩壊してしまった今となっては、もはや貯蔵庫に保管した種子を取り出すことは出来なくなってしまったではないか!」

ラモンは、臥神の言葉に怒りを露わにして叫んだ。

 「私は、争いの種を取り除いてやったのだ。感謝するがよい」

 臥神の上からものを言う態度が、ラモンの怒りをさらに増長させた。

 「誰か、彼奴あやつを引っ捕らえろ!」

 ラモンは、近くにいた兵士たちに臥神を捕えろと命じたが、頭上に滞空する臥神をどうやって捕えればよいのか分からず、兵士たちは戸惑いながら顔を見合わせた。

 「まあ、待たぬか」

 ゴルドバ将軍が、ラモンを制するように言った。そして、再び臥神に尋ねた。

 「そなたは、先程、アマラ神殿には、人類が欲するものが隠されていると申したが、神殿を簡単に崩壊させられるように設計されていたというのは、それが略奪されるのを防ぐために、そのように設計されていたと申すのか?」

 「さよう。そして、神殿に隠されていたものは、巨人族の種子だけではない。かつていにしえの時代に栄華を極めたランドルという巨人族の文明の叡智えいちが、神殿の地下深くに眠っているのだ。彼らは、万が一、それらを悪用しようとする者が略奪を試みるようなことがあれば、それを守るための最終手段として、神殿を崩壊できるように設計して、建造したのだ」

 「その叡智というのは、どのようなものなのですかな」

 「それは、人類を滅亡に導くことも平和に導くことも出来る、我々の想像を超えた叡智だと聞くが、私にもそれ以上のことは分からぬ」

 「では、それを掘り起こせば、この世界から戦争を一掃し、平和な世界を実現できるのだな」

 「残念だが、今の我々人類の能力ちからでは、それが地下のどこに眠っているのかを割り出すことも、掘り起こすことも、不可能なのだ」

 ラモンは、臥神のその言葉を聞いて、高々と笑い始めた。

 「笑止!神ほどの能力ちからを有する者と称しながら、その程度のことが出来ぬと言うのか」

 ラモンは、形勢が逆転したかのように、臥神を嘲笑した。

 「閣下、彼奴あやつめは、臥神ではありませぬ。きっと偽者にせものに違いありません。あのように空中を浮遊する妖術を使って我々をあざむいて、軍師という地位を狙っておるのです」

 ラモンは、必死にゴルドバ将軍に訴えた。

 「だが、面白いではないか。あのようなわらしが、豊富な知識を有し、本当にアマラ神殿を崩壊させたというのであれば、わしは、あの童の能力ちからを借りたいと思うぞ」

 「閣下、何を仰るのですか。トラキア軍が子供なぞを軍師に迎えたとなれば、この先末代まつだいまでの笑いものになりますぞ」

 「それもよいではないか。それで、攻め寄せるグランダル軍を撃退し、国を護ることが出来たとなれば、永遠に語り継がれる伝説となろう」

 ゴルドバ将軍は、アマラ神殿が崩壊し、多くの農民や兵士の犠牲者を出してしまったものの、グランダル軍の進撃を阻止し、海軍を撤退させられたことを喜び、臥神を軍師として迎えることに決めたのだった。

 「臥神殿の戦果を祝して、祝宴を挙げようぞ」

 ゴルドバ将軍は、負傷していない兵士たちに、祝宴の準備をして、皆に酒を振舞えと命じた。

 日はすでに沈み、東の空に見え始めた満月が、辺りを神々しく照らし出し、臥神の戦果とトラキア軍の勝利を祝っているかのようだった。

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