第439話 地竜討伐②

 地竜の全身を、大きな炎が瞬く間に包み込む。


「ギャオオオオオオオオッ!」


 いかな地竜と言えどやはり火炎に包まれれば熱いのか、苦しげな咆哮を上げながら暴れる。頭や尾を振り回し、周囲の家屋や納屋にぶつかる。


 木造の建物は、地竜の重い身体をぶつけられて容易く崩壊し、建材が周囲に飛び散る。


「まだだ! まだ距離をとれ! 地竜が弱り、アールクヴィスト閣下が動かれるまで待つんだ!」


 自身のゴーレムを地竜から遠ざけ、その陰に身を隠しながら、グスタフが叫ぶ。別の場所ではアレインや、全体の指揮を統括するユーリも同じように指示を飛ばす。


 竜の鱗は皮膚が硬化したものなので、鎧のように硬くとも火がつけば焼ける。地竜は散々暴れ続け、転げまわり、しばらく経って油と鱗の表面を焼き尽くした火はようやく消えた。


「グルウウウ……」


 火傷のダメージを負い、暴れまわったために疲れもしたのか、地竜は農村に突入してきた直後と比べると明らかに元気がない。それを見たノエインが行動を開始する。


「……っ!」


 大量の魔力を消費しながらノエインが動かした、自身専用の巨大ゴーレム。それが司令部代わりの村長家の陰から地竜の前へと姿を現す。


「グオッ! ギャオオオンッ!」


 明らかに敵と分かる存在が現れ、地竜は激しく威嚇する。そこへ、ノエインは巨大ゴーレムを疾走させる。


 拳を振りかぶりながら突き進む巨大ゴーレムと、それに立ち向かおうと前進する地竜。体高はゴーレムの方が高いが、全長は地竜が二倍以上。


 両者は激突し――押し倒されたのは巨大ゴーレムの方だった。巨大ゴーレムのくり出した拳の下を潜るように頭を動かした地竜は、そのまま巨大ゴーレムの腕に食らいつき、のしかかる。


 四足歩行の地竜よりも、二足歩行の巨大ゴーレムの方が重心が高く、バランスが悪い。巨大ゴーレムはあっけなく後ろに倒れ、地面が揺れた。


 しかし、ただではやられない。ノエインの操作によって無事な方の腕を動かした巨大ゴーレムは、その腕で地竜の首を締める。


 ゴーレムは人間と比べて腕が太く長いので、これで地竜はそう簡単には逃げられない。じたばたともがくが、大きく重いゴーレムが頭に絡みついていてはその場を動くことも難しい。


「今だ! クレイモアは動け!」


 ユーリが叫び、それをグスタフやアレインが伝達。傀儡魔法使いたちがそれぞれのゴーレムを動かし、地竜に四方から襲いかかる。そのうち何体かは地竜の尾に弾き飛ばされ、衝撃で破壊されるが、多くは地竜の身体に取りつくことに成功した。


 ゴーレムたちがまず狙うのは、地竜の鱗。火で焼かれたことで脆くなった鱗を掴み、力任せに引き剥がす。あるいは叩き割る。特に四本の脚を中心に鱗を破壊していく。


「グギャアアッ! グオオアアアッ!」


 地竜は痛みに叫び、より一層強く暴れる。その暴走に吹き飛ばされるゴーレムもいるが、破損のない個体はすぐに戦線に復帰する。


 数で圧倒的に有利なゴーレムは、まるで蟻のように地竜に群がってダメージを与えていく。


「……このまま」


 いけるか。とノエインが思ったそのとき。


「ゴガアアアアアアアアアッ!」


 やはりそこまで甘くはなかった。地竜はおぞましい絶叫を上げ、生存本能を爆発させる。自らの首にまとわりつく巨大ゴーレムを、なんと首の力だけで持ち上げた。


 地を這う生き物である分、地竜はワイバーンよりも筋力があるらしかった。相当に重いはずの巨大ゴーレムの身体が浮き上がり、地竜はそのまま頭を振って巨大ゴーレムを投げ飛ばした。


 地竜の首から巨大ゴーレムの腕が抜け、宙を舞った巨大ゴーレムはそのままノエインたちのいる場所目がけて飛んでくる。


「うわっ」


「退避!」


 ユーリが叫び、ノエインを抱えたマチルダと、ノエインを囲むペンスたち親衛隊は全力で横に飛ぶ。先ほどまでノエインたちがいた場所を通過した巨大ゴーレムは、村長家に突っ込んだ。


 その衝撃で二階建ての家屋は半壊し、一方の巨大ゴーレムは片腕がもげ、腰から真っ二つに折れる。上半身と下半身が泣き別れになってはもう使えない。


 巨大ゴーレムを投げ飛ばした地竜は、そのままノエインたちを見る。明らかにノエインたちを認識し、狙いを定めてきた。


「……まずい」


 ノエインが表情を強張らせて呟いたのもつかの間、地竜は軽くなった全身を振るってまとわりつくゴーレムたちを払いのけると、雄叫びを上げて突き進んでくる。


 それを止めたのは、リック率いる狙撃部隊だった。農村の西側入り口から距離をとって建物の屋根などに配置されていた彼らは、地竜の目を狙って狙撃用クロスボウの一斉射を浴びせる。


 地竜が頭を激しく揺らして動いていたこともあり、眼球を直撃する矢はなかったが、それでも目元を狙われた地竜はわずかに怯んで動きを鈍らせた。


 そこへ、左右から二体のゴーレムが襲いかかる。目印からグスタフとアレインの操る個体だと分かる二体のゴーレムは、両側から地竜の頭を挟むと、その目を殴り潰した。


「グギュオオオオッ!」


 よほど痛かったのか、地竜は奇妙な叫び声を上げる。視界を失い、その場でじたばたと無茶苦茶にもがく。


 そこへ再び、ゴーレムたちが殺到する。ノエインも自分が普段使っているゴーレム二体に魔力を注ぐと、地竜へと向かわせる。


 そこからは一方的な殺戮だった。ゴーレムたちは集中的に地竜の脚を狙い、鱗や爪を割り、剥がし、脆い肉を殴って骨を砕く。ときには弾き飛ばされながらもしつこく攻撃を続ける。


 四足歩行の地竜は、その四つの脚を潰されれば成す術はない。地面に腹をつけ、首と胴体と尾をくねらせる無残な姿になった地竜をゴーレムたちが総出で押さえつけ、最後にノエインのゴーレム二体が地竜の首をへし折る。


 地竜は身体をぶるりと振るわせると、それで動かなくなった。


「……一応、脳を完全に潰しておこうか」


 以前オークカイザーが半分死んだ身体で暴れ狂ったことを思い出しながら、ノエインは呟いた。


 ノエインは魔力供給中の巨大ゴーレムを破壊された直後に無理やり精神集中をしてゴーレム二体を操作し、集中力が限界だったため、地竜の脳を潰す作業はアレインに任せる。


 それと並行して、ユーリの指示のもとで大公国軍は損害の確認をする。幸いなことに死者はなし。地竜が破壊した建物の破片を受けて、軽傷者が十人ほど出たのみだった。バリスタは三台が修理不可能なほどに大破した。


 キューエル子爵やビアンカ・ランプレヒト女爵の軍にも、目立った損害はなかった。巨大な地竜を相手にした戦いの結果としては、最良と言える。


「――ゴーレムは大破が四体。部分的に破壊されたものが五体。共食い修理をすれば、三体はそのまま使える見込みです」


 クレイモアの隊長としてゴーレムの損害を報告するグスタフの話を聞きながら、ノエインは小さくため息を吐く。


「ってことは、使用不能は六体か……予備のゴーレムは残り四体まで減ってしまったけど、相手が地竜だったことを考えれば許容範囲内の損害かな」


「こちらが頼めばキヴィレフト伯爵家やビッテンフェルト侯爵家から領内のゴーレムの提供を受けられるので、問題はないでしょう」


 ノエインの横でユーリが言った。ゴーレムは質さえ問わなければ、規模の大きい貴族領には存在する。魔道具職人もいる。ダフネが製造し、整備したクレイモア用のゴーレムには及ばないだろうが、ないよりはましだ。


「そうだね。今のうちに何体かゴーレムの提供を頼んでおこうか……巨大ゴーレムに関しては、どうしようもないね」


 ノエインが視線を向けた先には、泣き別れになった巨大ゴーレムの上半身と下半身、そして外れた腕や割れた破片が並べられている。


「これはダフネさんにしか扱えませんからね」


「一体しかないし、予備部品もないし……ダフネが見たら悲しむね」


 巨大ゴーレムは整備も修理も時間がかかる。大公国に帰還しても、しばらくあれが動くところはお目にかかれない。


 ノエインがダフネへの申し訳なさを感じていると、そこへ別動隊として動いていたラドレーの隊の兵士が駆けてくる。


「アールクヴィスト閣下、報告いたします……地竜を操っていたと思われる敵の使役魔法使いと、その護衛の部隊を拘束しました」

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