第227話 混乱④

 盗賊団は隊列を左右に広げつつ突っ込んできたが、その隊列が広がりきる前にど真ん中を一気に埋めたのだ。優に半数以上は倒したはずだ。


 そう考えたヴィオウルフの思考を、またもや領軍兵士の声がかき消す。


「右側から敵が一気に突っ込んできます! 30人以上!」


「っ!」


 悲鳴のような報告を聞いてヴィオウルフは右前方を見る。確かにそちらから30人を超える敵歩兵が迫っていた。


 敵は隊列の左側に兵を寄せ、それを馬で隠しながら突っ込んできたらしい。これでは先ほどの大技も思っていたほど戦果を挙げていないだろう。


 こちらはヴィオウルフを中心に左右に広がるような陣形。右手側にはわずか10人ほどしかいない。このままではまずい。


「くっ!」


 咄嗟にヴィオウルフは魔力を放ち――右側から迫る敵を足元の土ごと宙へと吹き飛ばした。


 まるで地中で爆発が起きたように地面が盛り上がり、その真上にいた敵もろとも地上5m以上まで土が吹き飛ぶ。


「うお……」


「すげえ……」


「あの高さでは落ちても死なない者も多いはずだ。それを仕留めるんだ」


 現実離れした光景に呆然とする兵たちへ指示を出し、ヴィオウルフは今度は左手側を見る。


 そちらで味方と交戦している盗賊はわずか4、5人。多勢に無勢で今にも全滅しそうだ。


 さらに、勝ち目がないと見て逃走していく敵も十人以上。逃がしたらまたどこかで人を襲うだろう。そう思ったヴィオウルフはそちらへ手を向け、できるだけ硬く鋭く、槍のような形状に固めた土塊をいくつも飛ばした。


 土の槍は逃げる盗賊にぶつかり、距離や角度によってはその体を貫く。しかし、ヴィオウルフが一度に生成して飛ばせるのはせいぜい数本なので、射程内にいるうちに倒せたのは5人程度だった。あとの者は逃げおおせたが、仕方がない。


 敵をあらかた倒したのを確認して南西の方向を振り返ると、従士長の指揮下の兵たちが声を張りながら前進していくのが見えた。あちらも数の有利を活かして押しているらしい。


 これで自分たちの勝ちだ。


「うわあっ!」


「まだ生きてやがるっ!」


 そのとき、農民兵たちが声を上げた。


 ヴィオウルフが咄嗟に正面を振り返ると――最初に突撃の先頭に立っていた手練れと思われる男が、土の中から這い出てくるところだった。先頭にいたために他の者ほど土を被らず、自力で脱出したらしい。


「離れろ! そいつは私がやる!」


 この男は他の農民崩れの盗賊とは明らかに違う。農民兵や若い領軍兵士に相手をさせるのは危険だ。そう考えてヴィオウルフは他の者を下がらせ、盾を拾う。


 男が剣を構えて走ってくる。ヴィオウルフは盾を構えつつ、再び土の槍を生成しようとして――


「なっ!?」


 男が背中から風を放ち、爆発的に加速して突っ込んできた。どうやら風魔法が使えたらしい。魔法使いは南西側の一人だけではなかったようだ。


 土槍の生成は間に合わない。咄嗟にヴィオウルフは持っていた盾を男に投げつけた。


「!!」


 唯一の武器となり得る盾を投げるというヴィオウルフの行動に男は目を見開く。今さら突撃を止められないのだろう。咄嗟に左腕で身を庇った。剣を使わなかったのは、折れることを危惧したのか。


 ヴィオウルフの投げた盾と男の左腕が激突し、男は衝撃で半回転して倒れる。その左腕はあり得ない方向に折れ曲がっている。


 一瞬の隙をついて、ヴィオウルフは今度こそ土槍を生成して飛ばす。速さを優先したため、生成したのは一本だけだ。


 本物の槍の投擲と変わらぬ速度で飛翔する土槍を、しかし男は片手で剣を振って切り伏せた。いくら固めても所詮は土。鍛えられた鉄の剣には勝てず、あっけなく折れて地に落ちる。


 そのまま男は片手で剣を構え、鋭く突進してくる。


 しかしヴィオウルフは、それを見越して魔法を行使する準備を整えていた。先ほどの土槍は時間稼ぎの囮だ。


 男がちょうど足をつく位置の地面をタイミングよく陥没させる。踏み込む足場を失った男は、前のめりに無様に倒れる。


 そんな男の体を埋めるように、ヴィオウルフは空中に土を生成し、固めた。男は咄嗟に足元に風を起こしてその場から抜け出ようとする。


 が、ヴィオウルフの魔法の方が早かった。男は生き埋めにこそならなかったものの、下半身が完全に埋まる。


「ぐおうぅっ!」


 男が呻く。固めた巨大な土塊を叩きつけるように落とされたのだ。足も腰も、腹も潰れたはずだ。もう動けまい。


 気づけば男の剣も取り落とされている。ヴィオウルフは男の傍まで駆け、剣を離れたところへと蹴り飛ばした。


 観念したのか、男は力なくヴィオウルフを見上げる。体を半分潰されているためか、口から血を吐いているようだ。


「……この土魔法、あんたあれだろ。四年前の大戦の、英雄の一人だろ。ロズブローク準男爵とか言ったか?」


「……正解だ。今は男爵だがな。そういうお前は傭兵崩れか?」


「おう、南東部出身のな。食うに困って仲間と北西部の方に行こうとしたんだが、途中で食い物も金も尽きてよ。農民崩れの盗賊どもに声かけられてこの村の襲撃に参加したが……よりによって英雄の領地かよ。ついてねえ」


 ぼやきながら、男は口の中の血を吐き捨てる。


「……これでもよ、元は真っ当な傭兵だったんだ」


「だろうな。魔法まで使えるほどの手練れだ。国内がこんな有り様にならなければ、雇い先には困らなかったのだろう」


「ああ。ついこないだまでキヴィレフト伯爵家に雇われてたが、クビ切られちまってよ。とにかく運がなかった……ゴホッ、ゴブフッ……こりゃもう死ぬな。おい男爵様、ひとつ頼んでいいか」


「私に聞けることなら」


「ガキがいるんだ。ここには連れてきてねえがな。まだ八歳の息子だ。そいつを拾ってくれ。扱いは奴隷でもなんでもいい。死なせたくねえ」


「……いいだろう。これも何かの縁だ。うちの小間使いとして育てて使ってやる。その子どもはどこにいる?」


「ありがとよ。場所はここから二日……」


「……おい」


 ヴィオウルフは声をかける。反応はない。男は死んでいた。


 男の子どもの居場所はここから二日以内の距離なのだろうが、それでも半径何十kmに及ぶ。探しようがない。


「……本当に運がなかったな。お前も、お前の子どもも」


 ため息をついて、ヴィオウルフは男の死体にそう声をかけた。


「閣下、ご無事で何よりです」


 そこへ、騎乗した従士長が近づいてきた。ヴィオウルフもそちらを振り返り、答える。


「お前もな、セルジャン。そちらはどうなった?」


「南西の敵は20人に満たない小勢で、既に全員殺しました……こちらは領軍兵士が2人、農民が5人、戦死しました。重傷者も10人以上います」


 従士長の言葉を聞いて、ヴィオウルフは数秒だけ目を閉じて黙り込む。


「そうか……敵には魔法使いまでいたんだ。仕方ない。よくぞそれだけの損害に抑えてくれた」


 目を開けると、ヴィオウルフは従士長に労いの言葉をかけた。実際、ほとんどが素人の農民ばかりの隊で、魔法使いを擁する敵を殲滅するのに犠牲者を7人しか出さないというのは、なかなかできないことだろう。


「さて、あとは片づけだな……兵士たちも疲れただろう。今日戦った者には、領主家の蔵から備蓄の干し肉と、少しだが酒も振る舞うことにしよう」


 努めて明るい声で、周りの男たちにも聞こえるようにヴィオウルフは言った。


 年の初めから息の詰まるような日々を送って、おまけに今日は同郷の者が何人も死んだのだ。領民たちも少しくらい気の晴れる楽しみが必要だろう。

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