第167話 不毛な激闘
ノエインとヴィオウルフの戦いは、既に5分以上は続いていた。どちらも一歩も引かない激戦だ。
ヴィオウルフが土の塊を生成して放つと、ノエインのゴーレムたちはそれを紙一重で躱す。そのまま後方に飛んだ土塊が民家に激突して爆発したかのように飛び散る。
突進してくるゴーレムの行く手を阻むようにヴィオウルフが地面を盛り上がらせて防壁にすると、ゴーレムは一体がもう一体を踏み台にその壁を飛び越えてヴィオウルフに迫る。
しかし、そのときにはヴィオウルフは後方に下がり、さらに土の段差を生み出して近くの家屋の屋根に逃げる。
その家屋の柱の一本をゴーレムがへし折り、家屋は斜めに崩れ落ちる。そこから転がり降りたヴィオウルフは、目の前まで迫っていたゴーレムを一瞬で土で埋める。
もう一体のゴーレムがその土に突撃をかまして突き崩し、埋められていたゴーレムは脱出する。
「す、すげえ……」
「まるで英雄譚の戦いだ……」
両者の激しいぶつかり合いを、兵士たちは唖然としながら見守る。ヴィキャンデル男爵配下の者はもちろん、手を縛られて抵抗力を削がれた南西部陣営の兵士もその横に並んで戦闘を眺めていた。
ノエインもヴィオウルフも、昨年の戦争では砦ひとつの戦局に単独で大きな影響を及ぼしたほどの魔法使いだ。尋常でなく素早いゴーレムが駆け巡り、土の大質量による破壊力と防御力でヴィオウルフがそれに対抗する。その戦いはあまりにも派手で、あまりにも現実離れしていて、周囲の者からはまるで歴史に刻まれる戦物語の一幕のように見えた。
しかし、戦っている当事者たちの心の中は、手に汗握る戦闘の様相とは裏腹に冷めきっていた。
(……あほくさ)
ノエインは本気を出していない。というよりは、本来のかたちでは本気を見せていない。
ゴーレムたちの動きには、普段はない無駄が多分に含まれている。これから殴ろうとするのがヴィオウルフに伝わるように大仰に腕を構えさせたり、過剰に跳躍させたり、着地の際に無意味に一回転させたりしている。
ノエイン自身はほとんど動かず、たまに飛び散った土塊が飛んでくると、マチルダが小盾でそれを防ぐ。
戦いに勝とうとするのではなく、戦いがなるべく派手に、なるべく激しいものに見えるようにノエインはゴーレムを操っていた。
(……なんと虚しい)
対するヴィオウルフも、見栄えを重視して魔法を放っていた。
土塊をぶつけて攻撃するなら本当は土の密度を高め、先端を細くして放つ方が破壊力が生まれる。しかしヴィオウルフはあえて雑に固めた円柱状の土塊を飛ばし、着弾点で派手に飛び散るようにしていた。
ゴーレムの足を止めるなら足元の地面を陥没させて転ばせる方が早いが、逆に地面を盛り上げさせて土の壁を作るという、無駄に大迫力な手段でゴーレムの突進を阻む。
ゴーレムを土で埋めるときも、あえて崩しやすいようにあまり固めずに土を生み出す。
一進一退の激戦がくり広げられていると周りから思われるように、ノエインとの戦いをできるだけ長引かせるために、ヴィオウルフは魔法をくり出していた。
とにかく派手に見えることだけを意識した、見栄えだけを重視した戦い。周囲で観戦している兵士たちはさぞかし楽しかろうとノエインもヴィオウルフも思う。
(いつ頃まで続ければいいかな……)
ノエインのゴーレムが近くに放置されていた荷車を足場に跳躍する。
(そろそろ終わっていいだろうか……)
ヴィオウルフが大仰なモーションで土塊を生成する。
(ああ……)
(まったく……)
((面倒くさい……!))
二人は戦いの最中にあるまじき思いを交錯させながら、ゴーレムと土の塊を激突させる。
ド派手に土が飛び散り、吹き飛ばされたゴーレムが教会の石造りの屋根に激突した。運悪く屋根の角に直撃した腰の関節が破損し、ゴーレムの下半身が落ちる。
ヴィオウルフが残るもう一体のゴーレムを目で探すと――斜め後ろの死角から、そのゴーレムが突進してくるところだった。
左肩を突き出しながらの突進は、「これでとどめってことにしましょう」というノエインからの合図だ。教会の中で話し合った際に決められていた。
ヴィオウルフは咄嗟に目の前に土壁を生み出す。その土壁は上部に比べて根元がもろく作られていたので、ゴーレムの突進に耐えられない。これもわざとだ。
土壁もろとも突っ込んできたゴーレムによって、ヴィオウルフは弾き飛ばされた。ぶつかったのはあくまで土壁であり、激突の瞬間に自らも少しだけ後ろに飛んでいたので、ヴィオウルフの受けるダメージは見た目よりも大きく軽減されている。
吹き飛んだヴィオウルフは地面に落ちると、そのまま派手に二転三転して見せた。傍から見ればさぞ痛そうに見えたことだろう。
倒れ伏したヴィオウルフにノエインが近づく。万が一ヴィオウルフが起きて反撃してきたらいつでもノエインを守れるよう、マチルダがそのすぐ横に続く。
「ロズブローク閣下、もういいでしょう。あなたはよく戦いました。降伏を」
もう終わろうや、とノエインが言う。
「……ああ、これ以上悪あがきはしない。私の負けだ」
そうだな終わろうか、とヴィオウルフが応える。
その言葉を聞いて、ノエインはほっとしたようにため息をつくと、後ろを振り返った。
「ロズブローク男爵は降伏されました! 拘束を!」
あまりにも激しい戦いに見とれて時が止まったかのように固まっていた兵士たちが、ノエインの呼びかけで動き出す。
ヴィキャンデル男爵に指示を受けたらしい数人の兵士が、ヴィオウルフを縛るためのロープを手に走ってくる。他の者も捕虜を移動させたり村内の状況を確認したり、避難させた村民を呼び戻したりと、あわただしく戦闘後の片づけのために立ち回る。
「お疲れさまでした、ノエイン様」
「ありがとうマチルダ。どうだった? 僕かっこよかったかな?」
「ええ、素晴らしいご活躍でした。ノエイン様にお仕えする身であることをあらためて誇らしく思いました」
ようやく戦いが終わって気を抜いたノエインは、傍らのマチルダとそんな話に興じる。そこへユーリとラドレー、グスタフとセシリアが近づいてきた。
「随分と暴れたものですな」
「馬鹿みてえに派手な戦いでしたね」
先ほどの戦いが茶番であったことを知っているユーリとラドレーは、からかい口調でそう言う。周囲にヴィキャンデル男爵配下の兵はいないので、聞かれる心配はない。
「見応えがあって面白かったでしょ? あとで観戦料をちょうだいよ」
「じゃあ、帰路の宿で酒でもおごってやりましょう」
「それは楽しみだね」
ニヤリと笑って軽口を返すユーリに、ノエインもヘラヘラと笑った。
「……ノエイン様の技量は凄まじいです。あらためて心から尊敬します」
「ほんとに、凄すぎて度肝を抜かれました……!」
「ありがとう、ゴーレム使いの師匠として面目躍如を果たせてよかったよ」
キラキラした目で見つめてくるグスタフとセシリアに、ノエインは少し誇らしげに応える。
「……でも、ゴーレム一体が真っ二つになったのは参ったな。ダフネに修理を頼まなきゃ」
運が悪かったためとはいえ、まさか頑丈なゴーレムが壊れるとはノエインも思わなかった。魔道具職人のダフネに依頼すれば冬のうちに修理は終わるだろうが、それまではゴーレム一体で過ごさなければならない。
「頑丈なゴーレムが大破するほどの勢いで吹き飛ばされるなんて……相手の土魔法使いもとんでもない強さでしたね」
「僕も驚いたよ。こういう事態も起こるなら、ゴーレムも予備機くらい作っておいた方がいいかな……」
ダフネにはグスタフたちのゴーレムも順に改修してもらっているが、それが終わったら予備のゴーレムもいくつか製作を依頼しようとノエインは決意する。
そうしている間にも戦闘の後片付けは進み、翌日にはヴィキャンデル男爵によって事態の一応の収束が宣言された。
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