第11話 現金を稼ぎに行こう
「畜生、腰が痛え」
ユーリはそう愚痴を呟きながら、領主ノエインが新しく土を掘り起こして作った農地にジャガイモという奇妙な作物を植えていた。
ノエインによるとこれは「救国の作物」らしいが、こんな黄緑色の塊から芽がウネウネと生えたものが、「麦と比べて手間もかからず大量に収穫できて栄養も豊富」などという都合のいい食物を実らせるとは俄かには信じがたい。それでも領主の指示なので従うが。
ユーリの周りでは、他の4人もそれぞれ別の畑で汗水たらしながら農作業に臨んでいる。
ユーリたちがこの居住地に受け入れられて1週間と少し。これまで己の腕と剣で人生を切り開いてきた彼らは、今は鍬や鋤を手に働いていた。
ユーリにとっては、実家で農作業の手伝いをしていた子どもの頃以来の、実に20年ぶりの農作業だ。腰をかがめて土に向き合うのは、傭兵や盗賊として駆け回るのとはまた違った疲労がある。
「精が出るねえ。皆ご苦労様」
そうヘラヘラしながら寄ってきたのは、我らが領主様であらせられるノエイン・アールクヴィスト士爵。
「自分は服を汚しもしないでよく言うぜ」
「汚れてないから働いてないみたいな言い草は酷いなあ。僕はこの領の誰よりも成果を出してるじゃない」
確かに、ノエインは服も手も土で汚すことなく、汗も流さず、一見するとまるで一人だけ遊んでいるように見える。
だが、実際はこの居住地で最大の働きをしているのは彼だ。彼が操るゴーレムたちは土を深く掘り起こして耕作地にするという最大の重労働を人間の何倍もの効率でこなし、今は森の木をいともたやすく伐採してさらに平地を押し広げている。
その圧倒的な働きぶりは分かっているが、自分たちが土まみれになりながら地面にはいつくばって作業しているのニヤケながら見下ろされると、憎まれ口のひとつも叩きたくなる。
「最初は手先もおぼつかなかったのに、ユーリもちゃんと農民らしくなってきたねえ」
「なんせ20年も農作業からは離れてたからな。やり方は段々思い出してきたが、まだガキの頃よりも下手だよ」
実家を出て以来、ずっと剣や槍ばかり握ってきたのだ。農具の握り方も半ば忘れていた。
ペンスやラドレーも同じようなものだったし、孤児だったところを傭兵団に拾われたバートとマイに関してはそもそも生まれてこのかた農作業の経験自体がなかった。
全員、ベテランの農民が見れば鼻で笑うような手際の悪さだろう。
「徐々に慣れていけばいいさ。領民たちの成長は僕としても喜ばしいよ」
「そうかよ……にしても、まさかこの年で小作農に戻るとは思わなかったな」
団に入ったときから一生を傭兵として過ごす覚悟を決めて生きていたし、盗賊に堕ちてからはそう遠くないうちにどこかで討伐されて死ぬと思っていた。
今さら貴族様の畑で農作業をして生きる身分になるとは、人生は分からない。
そんなことを思っていると、
「え? 何言ってるの? 君たちは自作農だよ」
とノエインが言った。
「……は? ここはノエイン様の農地で、俺たちは小作農としてここで働いて賃金をもらうんじゃないのか?」
「いやいや、僕は最初に土を掘り起こす作業をしただけだから。ここの農地は君たちにあげたんだよ。君たちがここで作物を育てて収穫したら、それは君たちのものだ。税は納めてもらうけどね」
「いいのか?」
「もちろん。ていうか、そもそも君たちをただの農民で終わらせるつもりはないよ。元傭兵の君たちには、ゆくゆくは僕の直属の従士として活躍してもらうつもりだからね。今はまだ人がいないから農作業をしてもらってるけど……いずれはその農地も小作農や農奴に任せて僕の下で働くつもりでいてね」
「……おお。感謝する」
あっけにとられてそう答えるユーリ。2人の会話を聞いていた他の4人も驚きの表情を浮かべている。
てっきり農地の持ち主に雇われて農作業をする小作農にされたのだと思っていたら、土地持ちの従士に内定してしまっていた。
これはとんでもないことだ。従士として領主のもとで働いて給料をもらい、さらに自分の所有する土地からの収入も発生する。おまけに従士の家柄と土地は自分の子や孫にも受け継がせることができる。
その日暮らしの傭兵の行き着く先としては、破格の待遇と言ってもいいだろう。嬉しくないはずがない。
ユーリたちは先ほどよりも力を込めて、先ほどよりも晴れやかな表情で農作業を再開した。
・・・・・
「じゃあ、アールクヴィスト領史上初の現金収入を稼いで来るね。マチルダ、マイ、留守番をよろしく」
「ノエイン様もどうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「留守は任せてください」
2人とそう言葉を交わすと、ノエインは残る男性陣を連れてレトヴィクへと出発した。
これまでレトヴィクへ向かう目的は物資を買いに行くことだったが、今回はついに「アールクヴィスト領で得たものを売る」という目的も込められている。
今回売るのは、魔物の毛皮と肉、そして魔石だ。ベゼル大森林の浅い部分には成人なら農民一人でもなんとか対処できる程度の弱い魔物しか出ないが、狩れば毛皮がとれるし、干し肉も作れる。魔力の結晶である魔石も体内から採れる。
それらは人口わずか7人の領地にとって、馬鹿にできない収入源になるだろう。
「これだけあればそれなりの額になるはずだよねえ。今後の食費くらいは賄えるかな?」
「グラトニーラビットだけじゃなくてプランプディアーの毛皮があるのがでかいな」
プランプディアーは鹿を丸々と太らせたような見た目の魔物で、その毛皮は富裕層向けの上着などの素材として人気が高い。
森の浅い部分では珍しい魔物だが、運よく1匹狩れていた。いい金になるだろう。
半日ほどでたどり着いたレトヴィクで、早速持ち込んだ毛皮と干し肉を現金化する。
「ノエイン様、どこに売るかは決まってるんでさあ?」
「干し肉はイライザさんの店で買い取ってもらえるように相談してあるから大丈夫。毛皮と魔石は……『マイルズ商会』ってところに持ち込もうかと思ってる」
「そこにした決め手はあるのか?」
「もちろん。レトヴィクの主な商会については出来る限り調べて、前にイライザさんからも詳しく話を聞いたけど、その中ではこのマイルズ商会が一番信用がおけるらしい。ぼったくられる心配がなさそうだなーと思って」
皆とそんな会話を交わしながら、マイルズ商会の建物を目指すノエイン。
ノエインは一応は士爵位を持っているが、領地とは名ばかりの森を所有しているだけの木っ端貴族だ。金に困っているだろうと舐められて毛皮を買い叩かれる可能性もある。
なので、「開拓は順調に行っていて、今後も発展の見込みがある」と示すためにも従者4人という大所帯で来たのだ。見栄えをよくするために彼らにはわざわざ朝に体を石鹸で洗わせて、洗濯したての服を着てもらっている。
その辺の意図を理解して「開拓を順調に進めている将来性のある貴族と今のうちに誠実に付き合っておこう」と考える程度の知恵がある商会と取り引きをしたかった。マイルズ商会の評判なら、そのあたりも安心だろう。
マイルズ商会は、3階建ての大店だった。レトヴィクの商会の中でも屈指の規模なのは間違いない。
「失礼、ノエイン・アールクヴィスト士爵と言います。うちの領で狩った魔物の毛皮と魔石の買い取りをお願いしたい」
店に入ったノエインが若い従業員にそう声をかけると、従業員は「少々お待ちください」と言って奥へと下がっていく。
ここで責任者である商会長が挨拶に来てくれたら、自分たちと仲良くする気があると判断できるだろう。
そう思いながらノエインが待っていると、人好きのする笑みを浮かべた40代ほどの小太りの男が出てきた。
「アールクヴィスト士爵閣下、ようこそお越しくださいました。このマイルズ商会で商会長をしております、ベネディクト・マイルズと申します」
ノエインの期待通り、商会長自らが応対のために出て来てくれたらしい。
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