その2
「今日も、またいい獲物が見つかるといいな」
「見つからなければ、また村まで行けばいいさ」
このとき、俺は森のなかで、周囲にいる仲間たちと気楽に会話をしていた。その仲間たちとは、額に角を生やした、青い肌の者どもである。
すぐにわかった。魔族だ。
「しかし、村の連中は、最近うるさいですぜ。休戦協定とかなんとか言いだして」
「でかい雄叫びでも上げてやればいい。それであいつらは大人しくなる。あとで上が何か言ってきても、俺たちは休戦協定なんて聞いてなかったととぼければ済む話だ」
言いながら、俺は仲間たちから目を背け、自分の両手を見た。ほかの連中とは違い、紫色である。昼間に会ったエイブラハムや、エイプリル様と同じだ。
そして、さらに、いまならわかる。これは上級魔族の肌の色だった。青い肌――中級魔族との力の違いは、よくこのようにたとえられる。
猫と虎。
「それにしても、アニさんがきてくれて、俺たちは大助かりですぜ」
かつて俺は、この肌の色と力を、何よりも誇りにしていたのだ。考える俺に、仲間のひとりが声をかけてくる。
「アニさんのおかげで、俺たちだけは食うのに困りませんからね」
「魔王様がやられたあと、上の連中はすっかり大人しくなっちまったけど、俺たちは人間相手にやりたい放題できるし」
「まあ、そのへんは俺に任せておきな」
胸を張って言う俺だった。――そうだ。魔界大戦が終結し、休戦協定が結ばれたあと、魔王軍を飛びだした俺は、この辺境で徒党を組んでいる中級魔族たちと出会ったのだ。
そして俺は生まれながらの絶大な力を駆使して、こいつらの頭目となった。世間の目から見れば、魔界大戦は終わったことになっているらしいが、だからなんだというのだ。そんなものを気にせず、好きに行動することこそが魔族の本性ではないのか。
「また、物を知らない旅人がきたら、適当にさばいて食えばいい。こないのならば、こっちから出むくまでの話だ」
この俺にとって、村の人間は保存食のようなものだった。外で気楽に食い、獲物がなければ村に行って食う。全て食い尽くすのだけはなしだ。適当に残しておけば、また数が増える。
そうだ。俺は思いだしながら、かつての俺の行動と考えに心から震え上がった。
俺は魔族で、しかも、休戦協定を無視し、人間を食っていたのだ。
「アニさん、また人間がきましたぜ」
考える俺――ではなく、何も考えていない、べつの俺に、やはり、青い肌の仲間が駆け寄ってきた。
「男です。ひとり。武器を持っているようです。年をとっちゃあいるようですが、なかなかでかい身体をしてますぜ」
「おう、そうか」
俺でありながら、絶対にいまの俺ではない魔族の俺が嬉しそうに返事をした。戦い方を知っている奴が相手か。これは楽しみが増えたな。あいつらは無駄に抵抗する。どうも、死にものぐるいに暴れたら俺たちに勝てると勘違いをしているらしい。だから、食う前に、少しからかってやると愉快なことになる。少し前に食った、川まで水汲みにきた村娘は、何もする前に力尽きてしまったからおもしろ味がなかったが。
「ひとりだという話だからな。喧嘩をせず、仲良くわけて食うんだぞ」
俺は立ち上がった。ほかの仲間たちに目をむける。
「「「アニさんが言うなら」」」
仲間たちが俺の言葉にうなずいた。意見するものなどひとりもいない。なかなかいい気分だ。俺が上級魔族で、こいつらは中級だから当然の話なのだが。
そして、今日の狩りも楽に終わるだろう。俺はそう思っていた。
そうはならなかった。
「なん――だと――」
ひとりで歩いてるという、その人間の男を仲間たちに囲ませた俺は、数秒後、呆然とした声を上げた。
ありえない。この俺の仲間たちが、すべて胴のあたりでまっぷたつにされ、息絶えている。
「なるほど。村で話を聞いたときはまさかと思っていたが、本当だったのか」
俺の目の前の男は剣を抜き、不愉快そうに俺を見ながら、そんなことを言っていた。
「言葉も通じないような下級魔族ならともかく、中級魔族が休戦協定を破って人を襲うとはどういうことかと思っていたが、さらにその上の奴がこいつらを束ねていたとは思わなかったぞ」
その男が俺に剣をむけた。
「聞いておこう。なぜ休戦協定を守らんのだ? 魔王軍からの伝達がなかったわけでもあるまいに」
「ししし知らん。休戦協定など、俺は知らん!」
俺はそう返事をするしかなかった。俺の声は悲鳴のようにひきつっていなかっただろうか。
「それよりも貴様だ。なぜ貴様は俺たちを屠れる!?」
「――ああ、辺境の地だしな。魔王軍の伝達が遅れることもあるか」
俺の質問など意に介さぬといった調子で、男が森のなかを見まわした。
「ただ、そんな辺境の地にも上級魔族がいるとはな。魔王が倒されたあとは、魔王軍も部下の動きを統制できなくなったということか」
「うるさい! そんなことよりも貴様だ! なぜ貴様は俺たちを屠れる!? 何者なのだ!」
怒鳴りつけた瞬間、俺の前で、その男がぐらっと傾いた。いや、そうではない。俺の身体のほうが傾いたのだ! そのまま、ばたりと倒れた俺は身体を起こそうとして気づいた。
腹から下が切れてなくなっている。
「なななんだ!? 何がどうなっている!?」
「ほう? ほかの連中とは違って、これでも死なずに、平気でしゃべるか。さすがは上級魔族だな。大した生命力だ」
いつの間にか、男は持っていた剣を水平に構えていた。それで俺は切られたらしい。おかしい。距離はとっていたはずだ。あの剣が俺に届くはずが――
「どうして切られたのか、不思議に思っている顔だな」
男が剣を下ろしながら、俺に近づいてきた。
「これは俺の家に伝わる術でな。おまえたち魔族にも対抗できる――まあ、そんな説明はいいか」
言って、男が俺に剣をむけた。
「生きている間に聞いておこう。この辺りに、おまえたち以外の魔族はいるか? ついでだから、まとめて片付けておきたいんだが」
「知らん! 俺は何も知らん! そんなことより貴様だ。なぜ貴様は――」
言いかけた俺の見えている景色が、またもや傾いた。どさ、という音とともに、俺の顔に土がつく。
俺は首を切り落とされたのだ。
「知らんのなら、このまま死んでもらうしかないな」
男が剣を振りかぶった。
「最後に答えておくぞ。俺はおまえたちの首領である魔王を倒した勇者たちのひとりだよ」
「な――」
「もう年で、とっくに引退してはいるがな。それでもこれくらいのことはできる。ではさらばだ」
そして、俺は目も見えず、音も聞こえなくなった――
「どうでした?」
気がつくと、俺は自室に戻ってきていた。いや、戻ってきたのではない。最初から、俺はここにいたのだ。いままで見ていたものは過去の記憶だったらしい。
いや、過去の記憶だと?
「ご想像通り、過去の記憶ですよ。正確には、いまのあなたの過去ではなく、前世ということになりますが」
シルヴィア様の声は透き通るように美しかったが、その内容はとてつもなく残酷だった。
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