その4
「それで、シルヴィア殿は何を望まれるのかな?」
「望むも何も、だから、あなたの今後を確認しにきただけで。――というか、説明が足りなかったかな」
なんだか訳のわからないことを言いかけ、シルヴィア殿が、急に話を中断した。俺の目の前で、少し考えこむ。
「えーとですね。もう一回、最初からきちんと説明します。とりあえず、あなたは前世で人間でした。それで、残念なことになって。で、私は女神の眷属ですから、その流れであなたの魂を迎えに行ったんですよ。そうしたら、あなた、こんなことで死ぬなんて嫌だって言いだしたんです。なんの力もない人間として無意味に果てていくなんて我慢できない。今度は力のある人生が欲しいって私に言ってきましてね」
「――なんだと?」
俺には覚えがない。呆然と聞き返す俺に、シルヴィア殿が苦笑した。
「やっぱり、このへんのエピソードは記憶の混沌のなかってことなんですね。前のケースと同じパターンです」
「なんだそれは?」
「ああ、気にしないでください。私もいろいろあるもので。それで説明をつづけますけど、そういうわけで、私もできるだけ手助けしようと思ったわけなんです。で、そのとき、魔界の元老院の方が声をかけてきまして。バイロン様って言ってわかりますか?」
聞き覚えのある名前をシルヴィア殿が言ってきた。
「ひょっとして、魔界の宰相のオーガスト・バイロン様のことか? なら、面識はあるが」
俺が十歳のころにはじめて会って以来、結構な付き合いがある。その娘のエイプリルともだ。
俺の返事に、シルヴィア殿がうなずいた。
「その方ですよ。そのオーガスト・バイロン様が言ってきたんですけど。もう魔界大戦は集結した。休戦協定も結んだ。これからは和平の道を探ろう。まずは、その人間の魂を、こちらで預かろうではないか。――こういうことを言ってきたんです。ですので、天界の上もそれを信用して、あなたの魂を預けました。その結果、あなたは魔将軍フレイザー家の世継ぎとして生まれてきたんです」
「――それは真実なのか?」
疑うような調子で言ったが、これは俺の悪あがきに過ぎなかった。相変わらず、シルヴィア殿が笑顔でうなずく。
「もちろん真実です。だって、もう思いだしているでしょう?」
「――なんということなのだ」
この困惑をどう言葉にすればいいのか。俺はシルヴィア殿から目をそむけ、何もない壁を見つめることしかできなかった。その壁が、ぼっと派手な音を立てて火を噴きはじめる。
「家を焼き尽くすつもりなのですか?」
背後からのシルヴィア殿の声に、俺は自分を取り戻した。燃えている壁を、あらためてにらみつける。
見る見るうちに火が消滅した。
「そんなわけがないだろう」
振り返って言う俺に、つづけてシルヴィア殿が口を開いた。
「それで、さっきの質問に戻るわけなんです。あなたは前世で、十八歳で亡くなりました。その分の人生は、これでやり直しが効いたと思います。これ以降はどうしますか?」
「愚問だな」
俺は迷うことなく返事をした。もっとも、別件で、俺の頭は迷いに迷っていたのだが。
「いまさら人間に戻ろうなどとは死んでも思わぬ。俺は魔将軍フレイザー家の後継者として、これからも覇者の道を歩かせていただこう」
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