目覚と嫌悪

「ね、それに初めて聞いたんだけど? ロイスが勇者の仲間だって」

「……不都合でも?」

 

 ずるい言い方だと、ロイスは思った。カレンは魔族だ。魔族の王を殺そうとする勇者の仲間と知っていれば、ついてこなかったかもしれない。

 実際そうなのだろう。不安そうな表情を彼女は浮かべていた。

 しかしそもそも。

 

「人間が魔界にいるのがおかしいことくらい、わかっていただろう。理由を聞かなかったのは、わざとじゃ無いのか?」

 

 ロイスは剣呑けんのんに瞳をほそめてたずねる。あえて聞かなかった彼女に、ロイスもあえて言わなかった。それだけなのだ。それだけのことだが、互いの立場を思うと黙っていたことは互いに気まずさを生んだだけで。

  

 ロイスは言った。

 

「今はもう一緒に行動してない。俺は勇者の仲間じゃないから別にいいだろう」

 

 そう簡単な問題でも無いのかも知れないが、うつむくカレンに他にどう言葉を紡げばいいのかロイスにはわからない。

 やがてカレンは顔をあげると、意気消沈した様子ではあったが、曖昧あいまいに笑って「そうね」と言った。まったく子供らしさのない風情ふぜいに、ロイスは若干面食らって言葉を失う。

 

 次の瞬間、再びカレンはロイスの部屋に突入していた。

 

「いやいや、まてまてまて。って、今舌打ちしただろう!」

 

 その可愛らしさのない反応に再び驚かされる。

 実際舌打ちをかました少女は、肩をつかむロイスをふりほどいて、逆ギレに近い状態で叫んだ。

  

「いいじゃない。部屋に入れてよ!」

「いやだ」

「だめじゃなくて、いや? いやならいいじゃない!」

「意味がわからん!」


 ──本当に意味がわからない。

 

 困惑こんわくしつつ、ロイスはカレンを外になんとか追い出そうとする。一方のカレンは中に入ろうとする。熾烈しれつな攻防──というかただの押し問答の末、ロイスはカレンの首根っこを再びつかんで部屋の外に放り出した。

 

「ちょっと、乙女の──」

「はいはい。乙女の服をつかむなってな。わかったわかった。じゃあな」

 

 バン! と音を立ててカレンを部屋の外に出す。

 扉の向こうでカレンが叫ぶ。


「村の人には優しかったくせにぃ!」

「それはそれ、これはこれだ!」

「ちょっとはいいやつかと思ったのに!」

「勝手に解釈すればいい! とにかくおとなしくしてろ!」


 扉越しに叫ぶと、ロイスは結界を張って音を遮断した。

 ついでに展開している事象防御の結界『無名ニヒツ』からも追い出してしまう。これでカレンは人間界の薄い魔力に脅かされ、眩しい朝日に目を痛めるかもしれないが、そんなことはたいしたことではない。要するに、カレンを助けてやる気が今はないのだという意思表示のようなものだ。

 さらに最後の仕上げとばかりに、オリジナルの侵入禁止の結界を二重ではると、これで誰も近づけなくなった。


 そうしてようやく一人の時間確保したロイスは、まるで糸がきれたかのように、ぼすりと音をたててベッドに突っ伏した。


 最後に魔界で見た遺跡のことを思い出す。

 あの美しい構造。美しい石積みの壁。大空間と、清泉のような魔力。

 もうすこし、あとすこしだけでも、あの場所にいたかった。ロイスはまた魔界に行こうと、そんなことを思う。


思いながら、うとうとと眠りに体をゆだねた。

 

 ──今日はいい夢がみたいもんだ……。

 

 眠りに誘われるように夢の中に意識に引きずられ、ロイスは深い眠りに落ちていった。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

   

   

   

 

 『辛気臭い顔してるわね』

 

 

 『あんた、だれ』

 

 

 『だれでもいいじゃない。ね、もしいく宛がないならーー』

 

 

 

 ふっと意識が浮上した。

 

 朝のひんやりとした空気が頬をくすぐる。


 よくない夢を見た。そうロイスは思った。

 しばらくぼーっとしていたロイスだが、ぼんやりとした意識を無理やり叩き起こして、起き上がった。

 首を回すとポキポキと音がなる。

 昨夜の寝方がわるかったのだなと思うと、面倒を押してきがえればよかった。そうすれば夢見も悪くなかったかもしれない。と若干後悔する。

 窓の向こうはほのかに明るくなったばかりというところか。

 さっと周りを見渡して、荷物を手に持ち部屋を出る。

 まだ日がのぼってから時間はそれほど立っていない。ちょうど良い時間に起きられたと言っていいただろう。

 今のうちに宿を出よう。

 あの少女がいないうちに。

 そんなロイスの思惑は、扉を開けた瞬間に打ち砕かれた。

 

「おはよう」

 

 カレンの一言に、ロイスは従面をつくる。

 

 ──そういえば魔界には朝もあったのだろうか。いや、それはどうでもいい。

 

「朝から辛気臭い顔やめてよね」

「あ?」

 

 どこか、最近、いや、今朝方夢のなかで聞いたセリフを聞かされて、ロイスは不機嫌さを隠さずに唸った。

 

「ガラ悪」

 

 とカレンの一言。

 ロイスはさらに顔を歪めると、手に持っていた外套がいとうを肩に羽織はおりながら尋ねた。

 

「お前、なんでいる」

 

「なんでそんなに置いて行きたがるの? つれてってくれてもいいじゃないの」

 

 膨れ面でカレンがつぶやく。

 ロイスはというと、答えるつもりはなく、無視を決め込んで、そばを通り過ぎた。なんでいるのかと聞いたが、別に答えは帰ってこなくてもかまわない。そんなロイスの心境を察しているのだろうか、焦った様子でカレンがロイスの前に滑りでた。

 

「置いてったら、後悔すると思うけど!」

 

 ──必死か。

 

「どうでもいい」

 

 本当にどうでも良いのだ。後悔と言われても、具体的にどう後悔するかいえないあたり、彼女が適当に、あるいは焦って出した言葉であることは察せられた。ならば無駄な希望を持たせるものでもない。

 適当にあしらうロイスの態度に、さらにあせった様子で、カレンは言葉を続けた。

 

「私は、結構な身分なんだから。絶対連れていかないと後悔するわよ!」

 

 ピクリと、こめかみが動く。

 正直、聞きたくない言葉だった。

 

「……それは、権力で後悔させてやるという意味か?」

「え」

  

 立ち止まって、ロイスはカレンを見下ろした。

 睨みつけた。といってもいいだろう。

 そのくらい高圧的に彼女を見る。萎縮いしゅくした様子のカレンのことなど気にもならない。

 ロイスはただじっとカレンを睨みつけた。

 

「いいか」

 

 じっとりと低い声でいう。

 

「俺がこの世で一番嫌いなものを教えてやる」

 

「う、うん」

 

「身分を笠に着るやつと、裏切り者。俺はこの二つが大嫌いだ」

 

 怒りで頬をひくつかせて、ロイスは唸るように吐き捨てた。

 びくりと、少女が肩を震わせる。

 しかしどうでもいい。

 身分を出してきた時点で、ロイスはもうカレンのことを意地でも連れていくつもりはなかった。正直言って、最悪な気分だった。それほどに、ロイスは例に上げたふたつが嫌いだった。

 ロイスはカレンの横をさっととおりすぎる。

 金輪際関わりたくもない。そんな思いだった。


「ま、まって……ちがうのっ」


 それでもなお、追いすがろうとするのは、彼女なりの意地なのだろう。そんなカレンを無理やり振り解こうとした時だった。

 巨大な魔力の気配。そして、複数人の悲鳴。

 

 ロイスはその悲鳴を聞いた瞬間、カレンを強引に押しのけてけ出した。

 嫌な予感。

 

 明確な理由は不要だ。

 ただ、ロイスの魔術師としての勘が、ロイスを走らせた。


 

 

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