逃亡と祭壇
「はあ!?」
ロイスは間抜けにも声をあげてしまった。
それほどの驚き。
そこにいたのはいわゆるゴーレム。
石でできた動く怪物で、人形。
それが、ついさっきまでロイスがいた、アーチ状の門の向こう側にいる。そして身をかがめて、こちらを覗き込んでいた。
屈んで、このサイズ。
──でかい……!
思わず叫びそうになる。
冷や汗が額を伝った。
見たこともない。これほどに大きなゴーレムは。
手には棍棒。
ロイスの胴回りの、これまた三倍はありそうな太さの棍棒だ。
ロイスは無意識のうちに、必死で声を押し殺していた。
音を出さないからと言ってゴーレムを退けるわけではない。
ゴーレムというのはその多くが無機物を操る魔術によって動く人形。
基本的に簡単な命令によって動き、複雑な命令を与えると、誤作動を起こす。
そういう代物だ。
それを考えると、簡単な行動しかとれない。はずだ。
あらゆる感覚も薄い。
視力も
──目は、ない。が、耳が彫られてる……となると。
声には反応するようになっているかもしれない。その可能性が否定できない以上、声を出すのを
しかし──。
ブンッと風切り音がして、ゴーレムが棍棒を振り上げた。腰をかがめて、こちらを
目を
アーチの縁を
ロイスは
「──っ!」
受け身をとって転がる。
それから顔を上げて
「──は……」
棍棒の直撃をうけたアーチのフチはごっそりと石が削られ、床は半径一メートル以上の円状に
──こんなもん、あたったら、即死だ!
想像しただけで背筋に嫌な汗が流れる。
ロイスはゴーレムに視線を戻す。とほぼ同時に、そのゴーレムがこちらを
びくりと
みっともないと自らを
──ゴーレムは彫刻。ないものはない。目がないなら視力はあるはずがない。なのに場所を完全に把握している。ということは……。
魔力だ。
魔力を感知し動いている。
魔力とはいわば大気の一部。魔術師とはそれを呼吸する生き物であり、体に蓄えることができる存在。
このゴーレムは、魔力濃度が高い魔界にあって、魔力を使って動いている物体、あるいは魔力の濃度が高いものを感知しているのだ。
ロイスは息を吐いた。
今更声を押し殺しても意味はない。
「感知能力の優秀なゴーレムだな……」
魔力を消せばいいと言いたいところだが、残念ながらそれは不可能。呼吸するなとは言われても無理だ。
ロイスはゴーレムの動きが
唯一の出入り口にはゴーレムが仁王立ち。一見万事休すだが……。
ロイスはゴーレムに向かって全力で走りよると、そのまま転がるようにゴーレムの足元をぬけ、部屋を出た。
間一髪、ゴーレムとの体格差が功を奏した。ともかく部屋を抜け出したロイスは、そのまま来た道を全力で引き返した。
数秒後、背後から聞こえたのは巨大な破壊音。
そして規則正しい
後ろからゴーレムが追いかけてくる。体格差を考えれれば、間違いなく逃げるのは不可能。
──この遺跡、無駄にでかいのはこいつがいるからか!
どこを見てもゴーレムが通れないような狭い空間がないのだ。
さっきの部屋以外。
「っ! 誘い込まれたってことだな」
落ち着いた声音を
鈍い音を立ててゴーレムが追ってくる。正直言って、振り向いて確認した目測よりも近くにいるような気がしてならない。
ロイスは悲鳴を上げたいのを必死に抑えて走り続けた。
正直言うと、ロイスが逃げる必要はあまりない。
なんといってもロイス得意な魔術は防御系統の魔術。とにかく防御に特化した魔術全般を極めている。
ロイスはこれらの魔術を総じて【結界魔術】とよんでいるわけだが。
この結界。石の
しかし例えば攻撃を受けた余波で遺跡がもし壊れてしまったら?
それに、ゴーレムの攻撃は周囲を気にしないらしい。
それは壊された先のアーチを見るにあきらかだ。そんなもので暴れられたらたまらない。
だから逃げる。必死に逃げる。自らの目的のためならば逃げることも
ロイスの頭の中での作戦は単純だ。
ゴーレムから
いくらか走ったところで、横道を見つけたロイスは、そこに身を滑り込ませた。
といってもその道もゴーレムが余裕で通れそうな道幅があるのだが。
その奥に、大空間があった。思わず速度を緩める。
巨大なゴーレムが大暴れしても問題のなさそうな大空間。
──ここは……。
天井の高さは驚くほどに高い。高すぎる。
ロイスの身長で比較できる高さではない。
空間を支える数本の柱は驚くほどに太く、円形の巨大な部屋はまるで闘技場だ。
間違いなく何か、ゴーレムの動きを
部屋の奥には舞台のような小上がりがあって、その中央に
おそらくそこは
──王者の部屋。本当にそうならな最悪だな。
妙な想像をしてしまった。
ロイスは周囲を見渡し、障害物が本当にないことを確認すると、そこで籠城作戦を実行することにした。逃げるのにも申し分ない広さ。万が一戦うことになっても、遺跡を破壊せずに済むかもしれない。そんな広さだ。
そう思いながら祭壇に近づき、ロイスは一瞬硬直した。
少女がいた。
祭壇と思わしき場所に横になって眠る少女。
年齢は十二、三歳程度だろうか。
肩は上下しており、すやすやと眠っているのがわかる。
すやすや。
──なぜ?
ロイスは今度こそ悲鳴を上げそうになった。主に嘆きの方向で。
目の前には少女。後ろからは轟音が聞こえてくる。近づいてくるゴーレムの足音だ。
決して前方の少女が虎というわけではないが、前後を恐ろしい何かに挟まれ身動きの取れない状況。そんなふうにロイスは思った。
──この少女を見捨てていいものか?
そんなことで悩んでいる間に、背後から響いた轟音。飛び跳ねるように振り返れば、ゴーレムが部屋へと入ってきていた。
籠城作戦をいまからとっても間に合うだろうか。と悩むが時間はない。まっすぐ奴は近づいてくる。
ロイスは少女とゴーレムを交互にみて、目を閉じて数瞬、カッと目を見開いた。
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