第7話 僕のトラウマ過去その2

さて、ヨアの話。


僕が、彼女に惹かれた、というか興味を持った理由。それは、中1の4月初め。

同じクラスになり、決められた座席も近かったこと。

ただ、僕にとって彼女は、印象が薄かった。というか、休み時間になると彼女だけ一人ポツンと孤立していた。

僕の遊び仲間のひとりが、ポツンとつぶやいた、それが彼女が孤立していた主な原因。

「あの子、顔はなかなか可愛いと思うんだけど、なんだか肌の色が黒々してるなあ…。気味悪いよ…」

僕の出身中学は、大都会に近い近郊住宅地にあり、ヨアみたいな南国的な雰囲気を持つ女子を誰しも見るのが初めてだったというのもある。大人になってからこの国の南西方面に初めて旅行に行ったが、ヨアと同じように肌の黒っぽい女子がわんさか、いた。


ヨアに対するクラスや校内の見方が一変したのが、ある日の、体育の授業の時。

体育の時間というのは、その学年のクラスの半分が同時にすることが多く、その日も半分に当たる4クラスの男女それぞれの体育の授業が同時間に行われるはずだった。

ところがその担当の4名の体育教師全員が、なんと?15分も遅刻する事態となった。教師がいないと、中学生というのはハチャメチャなことになる。

しかし、そのハチャメチャになる状況は未然に防がれて、みごと秩序が保たれた。

それは、このヨアの行動があったせいだ。


みんながグラウンドの各所に集まったが

「先生が来ない」

「せんこーのいないすきに…」

と騒ぎ始めようかとしたとき、ひとりの女子の弾けたような声が響いた。

「演芸を、しま~す!」

グラウンドのトラックのなか、中央に、ヨアが現れた。低身長で細身、胸もほとんど膨らんでいない、幼い感じのする、半袖体操着と短パン姿の女子。ただ、他の女子とは明らかに違う、黒々とした肌の色。


「え…?」

みな、息をのんだ。

やがて、ヨアはパントマイムを始めた。

みな息をつめて、何も言わずじっと見ってみていたが、やがて

「おおおおー?」

とか

「上手い!」

とか言う声が各所で起こった。

そして10分余にわたる絶妙な形態模写が終わると、もう、グラウンドは拍手と喝さいに包まれた。

見ると、校舎の教室の窓からもグラウンドを見ている生徒が何人か、いた。


以来、ヨアはたちまち、校内有数の人気女子になっていた。

ただ男子たちからの求愛行動は、思うようにいかない。例の番長ヤスオがもちろんヨアに注目し、呼び出してはその演芸を披露させ笑いころげて楽しんでいた。

ヨアは、校内ビッグ5の美少女でありながら、ヤスオが囲っている女子という認識が広まった。同じくヤスオから異性の同輩として一目置かれていたモエが、ヨアと友だちになったのも、ヤスオの意向あってのことだ。


しかし当のヨアは、ヤスオなど眼中になかった。

僕の色目に、夢中になり反応してきたからである。

男子たちは、ヨアにアタックすること自体を制約されていた。その結果、ヨアは、美少女なのにまったく男子にモテないという悲惨なことになっていた。

そんな<番長の女>によくも、ちょっかいをかけたものだ、僕は。大胆というか、無謀というか。

中1の秋の日の放課後、体育祭の休憩場所になっていたテントで微熱を出した身体を冷やしていたヨアの姿を、僕は、ほんの出来心で見つめてしまった。


恋に激しく憧れていた乙女のヨアは、僕がじっと見つめてくる視線に気づいた瞬間、驚いたように僕を見、やがて僕の視線が自分の顔から全く外れていないことを知ると、その場で突然立ち上がった。

近くには、番長のヤスオもいた。

「おい、ヨア、どうした?」

ヤスオの声で、ヨアははっとしていすに座り込んだ。

しかし、その後、ヨアは、ヤスオの視線をかいくぐって、僕をめちゃくちゃに見つめ返してきた。


実はこのとき、僕の友人が、僕がしているトンデモなことに気づき

「おい、ケイタ。何してる?やめとけ!」

と小声で注意してくれてた。

でも、僕はなぜだか見てしまった。


その3日後の昼休み、僕とヨアは、いまモエといるまさにこの場所、B棟1階の女子トイレで秘かに会っていた。

「わたし、ケイタくんのこと、好き…」

「ぼくも、好きだ」

いや、完全な浮気だったし、それにヨアのことが本当に好きかどうか、自分でもわからなかった。ただ、ヨアが僕の視線に答えて恋心を激しく燃え上がらせたことは事実。

告白はし合ったが、キスはしなかった。まだDC(童心中学生)だったし。

ただ、お互い、顔と顔を寄せ合い、近づけ合って、ヨアはウットリとした表情になっていた。


その後は、僕は、ミカの目を盗んでは、ヨアとの逢瀬を楽しんだ。

逢瀬といっても、ヤスオらの目があるので、廊下ですれ違う時に手と手を触れ合うといった程度である。人が少ないときは、ヨアが僕の背中にそっと手のひらを触れさせてきたときも、あった。

デートしたり、一緒に勉強や遊びをするなどの、普通の関係は築けなかった。


さて、ここからは、実人生での、その後の僕とヨアのこと。

中3になって、ヤスオらの学校支配が強まり、やがてヨアがヤスオに犯され完全にヤスオの囲い者にされたという情報が校内に知れ渡り、僕は、非常なショックを受けた。中3になって、ヨアとヤスオが同じクラスになったと知った時、危ないのでは?という予感はあった。

本当はこういう場合、僕がヨアを助けに行かないといけないのだが、僕はヤスオらが怖くて行動を起こさず、そのまま時が経った。間もなく受験勉強体制となり、僕とヨアは音信不通状態になっていた。


高校に進学し通学していた頃、駅でヨアと偶然、会ったことがある。ヨアは、僕に助けを求めるような表情を見せていたが、僕は、ガン無視してしまった。その場にはヤスオらの姿はなかったが、そこはヤスオらの監視下にありそこかしこにスパイが目を見張らせているというのもあった。

そして、ヨアとは、完全に音信不通になった。


*****回想、終わり*****


「ここでデートすればいいのに、ね~?なぜケイタくんは、ヨアちゃんをここに誘おうとしないのかなァ~?1度ここで会えたということは、ここが番長らの監視下にないということでしょ?ねえ、ヨアちゃん?」

モエがあらぬほうに向かって、ヨアちゃん?と呼びかけた。

すると、ギギギーと、目の前の個室のドアが開いた。中から出てきたのは…。

体操着と短パンの姿の、ヨアだった。

「わああーっ!?」

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